41 決戦
閃光、一閃。
――真白の、二筋の光がリリオとアイリスの脇を固めるようにして武器を構えていた民を、音もなく灼いた。
「……は?」
悲鳴すら上がらなかった。血飛沫すら飛ばなかった。
つい数秒前までそこにいたはずの――閃光を浴びた民たちは、文字通り壁と床に焼き付いた、黒い影になっていた。
「嘘……でしょう……」
アイリスが呆然と、悲鳴も上げずに影となった民を見ている。リリオも、自分の目の前に明確に死が現れたのを肌で感じていた。
――これが、災厄級。
(今のは、まさか、火魔法、か……?)
熱を司る魔法を広義で火魔法とする学説もあるので、恐らくは火魔法なのだろう。エルメンライヒ公は火魔法の名手だったはずなので、公の体あってこそのあの閃光という訳か。
災害級と対峙した時も、死の危険を感じた。
だが、これは――その時とは、覚える恐怖の格が違う。
「こちらとしては、あまり派手には戦いたくなくてな。ここは我の城だ。時間をかけて手に入れたものを積極的に壊したくはなかろう?」
どうする。どうする? まずは隙を作らなければ。
あちらがリリオらを侮っていて、かつ、いつでも殺せると考えているうちが好機だ。取るに足らないものの抵抗、と思っているうちは、反撃しても激高してこない。
リリオはすかさず矢を三本番えると、水魔法を込めて放った。リリオはもはや、上級魔法の発動に、手間取ることはない。
水の槍に姿を変えた三本の矢は、青い光を纏って突進していく。――だが。
「悪くないが」
災厄級が両手を振り上げた。さながらオーケストラの指揮者のごとく。
「足りないな」
そして――水の槍が、生み出された白い光に掻き消された。
瞬間的に蒸発した水は白い水蒸気となって、災厄級の姿を覆う。
(正面からの攻撃じゃとても効かない!)
先程の――そう、身体の内部から破壊する水と土の混成魔法ならばあるいは、とも思ったが、そもそもあれは鏃が刺さらなければ意味がないのだ。矢を掻き消されてしまってはどうしようもない。
リリオは、ちらりとアイリスを見遣る。
(アイリスの火魔法なら、あるいは……?)
彼女の魔力の総量は恐らく、災厄級をも上回る。
だが魔法は魔力だけの問題ではないし、そもそも魔法を使い始めたばかりの彼女では災厄級と魔法の撃ち合いをしたところで勝ち目はないだろう。アイリスにもっと経験があれば、あの閃光すら再現できたかもしれないが――たらればを考えていても不毛でしかない。
「あんな怪物、勝てるはずないじゃないか」
「もう終わりだ。エルメルは墜ちた――」
(くそ……!)
民たちの絶望と悲痛に喘ぐ声が、耳にも心にも痛い。
目の前で仲間を消し去られ、圧倒的なまでの強さを見せつけられれば、無理もない。
だが、ここで諦めれば――本当に終わりなのだ。
リリオが死ねば聖騎士長にも情報が行かない。不審に思って新たな【銘】持ちを派遣してくださるかもしれないが、何も情報がなければ新たに同胞に犠牲者が増えるだけになりかねない。
災いの具現化が、嗤う。
「抵抗もそろそろ終わりか?」
考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。
考える時間を確保しろ!
「……【黑妖】」リリオは無理矢理、口から声をひねり出した。「質問がある」
「ほう。なんだ?」
「どうしてジークフリート公子を呪い殺した? 呪いなら黑妖の仕業だと証拠が残る。証拠を残さず、普通に殺した方が早かったんじゃないか」
隙をつけるとしたらどのタイミングだろうか。矢が届かなければ意味がない。厄介なのはやはりあの閃光だ。防御のしようがない、まさしく一撃必滅の魔法。
「呪い? ああ……」
奴はあの魔法を使う時、決まって手を振り上げていた。詠唱は無しでも使えるのだろうが、手を振るのが魔法発動の予備動作か? あるいは、詠唱の代わり――。
「やはり、お前も騙されていたのだな」
「……え?」
思考が止まる。騙されていたとは、一体――。
「リリオッ!」
その瞬間、アイリスに仰向けに引き倒されて床を転がった。
何を、と思う暇もなく、焦げた前髪が数本、自分の顔の上に落ちてくる。
あの魔法だ、とリリオはすぐさま理解した。アイリスが引き倒してくれていなかったら、自分も隙をつかれて壁のシミになっていた。
「大丈夫ですか⁉」
「あ、りがとう、アイリス……」
慌てて立ち上がる。隙を作るために自分が掛けた質問で、逆に不意を衝かれてどうする。
「ほう、よく避けたな。アイリスもいい反応だった」
リリオは改めて、公爵の顔をした災厄級を睨めつけるように凝視する。やはり、リリオの矢にしろアイリスの魔法にしろ、攻撃を当てるためには拘束しなければなるまい。
リリオが新たに使えるようになった混成魔法ならば、蔓で一時的な拘束が可能だ。しかしただ矢を放っただけでは、間違いなく防がれる。一瞬でも、目眩しが出来れば――。
(……あ!)
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