26 竜殺し
「聞きたいから聞いてるんだよ」
「簡単には教えられない。ここリーゼラではあまり大きな声では言えないことだ」
簡単には教えられない。つまりは対価を寄越せということだ。リーゼラではあまり口にできないような、隠し事があるから、と。
「ただで、なんて言ってねーだろ?」
そして、クラスが胸もとに手を差し込みながら、一歩前に出た。ずいと顔を近づけ、葬儀屋の胸に『何か』を押し付けた。葬儀屋が目を細める。
(今のは……賄賂、だよな)
リリオは唇をうちに巻き込んだ。……止めるべきか。以前の自分であれば止めただろう。道理に反していると。だが――。
「……ふふふ。うん。話す気になったよ。たまには医官見習いの力になるのも悪くない」
葬儀屋の声にはっ、と我に返る。
考えを巡らせている間に、もう彼はクラスからの賄賂を受け取ってしまったようだった。
「共通した特徴、だったね。少し前の【黑妖】の襲来の被害者に」
「ああ」
「それならよく覚えているよ。何せ『特徴的』だったから」
――犠牲者の身体には、剣を突き立てられたドラゴンにバツ印の刺青があったんだ。
葬儀屋は笑ってそう言った。
「……、なるほどな」
ややあってから、低い声でクラスが呟いた。
「だから憲兵がこの集落に押し寄せたわけか」
クラスの呟きを拾ったリリオは目を見開く。
犠牲者の遺体に共通した特徴が、殺されるドラゴンにバツ印の刺青というのはひどくシンボリックだ。【黑妖】によって殺される者が選ばれているというのは恐本当かもしれない。
しかしそれが憲兵による大量逮捕に関係しているというのだろうか。一体どのように?
「あの、クラス、」
「なんだ?」
「……いえ、なんでもないんです。申し訳ありません」
自分の頭で考えろ、という言葉がまたも頭に蘇り、リリオは今まさにクラスに質問をしようとしていた口を閉じた。
殺されるドラゴンにバツ印の刺青。――剣で殺されるドラゴンを否定している?
ドラゴンを殺すといって最初に連想するのは竜退治の伝説か。ドラゴンを殺す――竜殺しのジークフリート。英雄ジークフリートがドラゴンを剣で退治したという逸話は、この国でよく知られる逸話だ。
(待てよ、ジークフリート……? その上にバツ印ということは、)
顔から、ざ、と血の気が引いていく。
――ジークフリートは、公爵家の継嗣の名前だ。次男に比べ評判が芳しくなく、血統主義者であり差別意識が強いと言われていた長男の。
竜殺しの刺青が『ジークフリート』を象徴しているのなら、その上にバツ印となると。
(殺されたのは反ジークフリート公子のレジスタンスか……?)
バツは否定だ。つまり、刺青を入れていた者は、ジークフリートを否定している。
おそらく、リーゼラにはジークフリートがエルメンライヒ公爵になることを拒む勢力が集まっていたのだ。
そして【黑妖】はレジスタンスに参加する人物を選んで食い殺した――。
(上位の【黑妖】が公城に潜んでいる可能性は、ジークフリート公子が呪いで亡くなったことからもわかっていたことだ。恐らく公城の上位【黑妖】が配下に命じてレジスタンス参加者を殺させた)
そして――憲兵が来た。
目的は恐らくはレジスタンスの残党の逮捕だろう。
公城に棲んでいる【黑妖】は、なんらかの形で憲兵を動かすことができる立場にいる、あるいは憲兵に情報をリークできる存在であるということになる。
(しかしそうなると矛盾も出てくる)
ジークフリート公子はレジスタンスに殺されたのはなく、呪いで亡くなったのだ。
彼を殺したのが公城の【黑妖】であるならば、その【黑妖】はジークフリートを害する思惑を持っていなければおかしい。
だが、対ジークフリートのレジスタンスを殺すというのは彼を利する行為だ。
【黑妖】の行動に一貫性がなくないか?
(それとも何か、僕が知らない
少しの間黙っていたクラスは、葬儀屋に視線を移す。
「……実際の遺体はもう埋葬してあるよな?
「勿論、処理をしてから埋葬したさ。遺体から疫病が発生することもあると言うしね」
「なら遺体も腐り切ってはないかな。……葬儀屋、実際の遺体を見ることはできるか? 竜殺しにバツの刺青をこの目で確認してーんだよ」
実際の遺体を見る。それはつまり、墓を暴いて、ということか。
この国の埋葬形態は、普通土葬だ。やろうと思えば墓を暴くことは確かにできるが――。
「まあ、墓の点検ということであればあるいは。何せ私は葬儀屋なのでね。色々貰ってしまったし、そうして欲しいのなら協力するのも吝かではないな」
「そうか、助かる。墓地へ案内してくれ」
クラスがそう言えば、頷いた葬儀屋がさっさと店を出ようとする。クラスは当然のようにその後について行く。
……このままついていけば墓荒らしの現場に居合わせることになる。
クラスにも何か思惑があるのだろうが、さすがについていくことは憚られた。止めることはあまりしたくないが、墓を暴くとなるとどうしても冒涜的だという意識が拭えない。
どうしようかと思っていると、不意にクラスはリリオを振り向いた。
「お前は先に戻ってろ。イリスもとっくに起きてるだろうし、家で軽食でも食ってこいよ」
「え、いや、でも……」
「ンじゃあ俺は行く」
ヒラ、と手を振ったクラスはそのまま葬儀屋について墓地へ行ってしまった。
追いかければ当然追いつくこともできたが、そういう気にもなれない。刺青の件は気になるが、墓を暴くことには抵抗感がある。
リリオはクラスの言う通り、ヴィルの家に戻ることにした。
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