夢でしか会えない恋人

春海水亭

夢の中でしか会えない男


 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 逢瀬の夢だ。夢の中でしか見たことのない街の中で、夢の中でしか会えない男と逢引デートを楽しむのである。夢の中の男は美しい顔をしていて、私よりも背が高く、私は彼にキスする度につま先立ちになってゆらゆらと揺れている。所詮は夢の中の出来事である。フィクションを楽しむような気持ちで割り切れば良いとわかっているのだが、目覚める度に恋人を失った喪失感に苛まれ、しまいには起きているのが嫌になってしまった。

 私はどうにも気持ちを吐き出したくなり、友人に相談することにした。


「夢の中でしか会えない男か……案外、予知夢かもしれないぜ。探してみれば良いんじゃないか?」

 友人が言ったが、私は首を振った。

「絶対に会うことのできない男なんだ」

「そりゃあ、どうしてだい?夢の中にしかいないかどうかだなんて現実で探してみないと確かめようがないじゃないか。いや、会うことが出来ない……だから、もしかして有名人だったりするのかい?アイドルとか俳優とか配信者とか……それだって、絶対に会うことは出来ないってことはないだろう?」

 そう捲し立てるように言った後、友人は少し考え込んで再び口を開いた。


「死んでるのか?」

「いや、生きてるよ」

「なら、良かった。けど、生きてるのがわかる……ってことは、相手がどういう男かわかっているっていうことだろ。難しいけれど、絶対に会えないってことはないはずだ。いや、知ってる相手の若い頃ってことか?そうなら、どうやったって会うことは出来ないよな、時を巻き戻すことは出来ないんだから」

「私なんだ」

「えっ」

 友人はまじまじと私の顔を見た。

 私自身は鏡越しにしか見ることの出来ない、夢の中でしか会えない男の美しい顔だ。


「そりゃあ……確かに、そうだな」

「ナルキッソスじゃああるまいし、バカバカしい話だと思っている。そもそも、男に興味があったわけでもない。でも、胸が裂けそうな程に苦しいんだ」

「もしかしたら、君に双子の兄弟でもいるのかもしれないな。いや、赤の他人だって世界には同じ顔の人間が三人いるっていうし、絶対に会えないってことはないと思うぜ」

「ああ、ありがとう……」

 そう言いながらも、私は心のなかで反論していた。

 双子がいたとしても過ごし方が違えば、顔も違ってくるだろうし、同じ顔の人間だってよく似た人間というだけで全く同じ顔ということはありえないだろう。

 自分でもひどい奴だと思うが、相談に乗ってもらいながらも、全く気は晴れないまま私は日々を過ごした。



 その3週間後、友人から連絡があり会うことになった。

 隣には知らない女を連れている。


「恋人か?」

「いや、君と同じような人間だよ」

 友人に促されて、知らない女性が私に軽く頭を下げた。


「私も夢を見るんです……私と同じ顔をした女の夢を。私と同じ顔の女はつま先立ちになって背を伸ばしてゆらゆらと揺れながら、私にキスをするんです」

「……私とよく似た夢だ」

 違いと言えば、私がキスをする側か、彼女がキスをされる側か、というぐらいだ。

 けれど、私は夢の中で眼の前の彼女に会ったことはない。


「少し並んでみてくれよ」

 友人が言った。

 並んで立つ、夢の中の身長差だった。


「もしも、夢の中で自分が自分に会っていたならば、そもそも身長差なんてつくはずがないんだ。自分と全く同じ人間ならね。どんな不思議があったのかはわからないが、君たちは夢の中で相手越しの自分を見ていたんじゃないかなと思うんだ、俺は」

「そんなことがあり得るのだろうか」

 そのように言いながら、私は彼女へのときめきを隠せずにいた。

「二人で確かめてみればいいんじゃないか、夢が現実になるかどうか」

 友人が言う。彼女が私を見る。私も彼女を見た。


 もう、あの夢は見なかった。


【終わり】

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夢でしか会えない恋人 春海水亭 @teasugar3g

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