第45話 宴は続く
アルヴァンとバルドヒルデの視線の先で、あの紅い尖塔が炎に包まれていた。街の大半はもう焼け落ちていたが、最も高いあの塔はまだ形を保っていたのだった。
「きれいですわね」
「よく燃えるね」
アルヴァンとバルドヒルデは燃えさかる尖塔を見上げていた。
「きれいですわねー」
「やっぱりこれは頑丈に作ってあったんだね。ほかの建物はもう崩れてるのに」
アルヴァンが感心した様子で言う。ブレントンの街はあちらこちらから煙が上がり、風が吹くたびに灰が宙を舞っていた。
「き・れ・い・で・す・わ・ね」
「もうそろそろ夜が明けるかな」
徐々に薄くなり始めている闇に目を向けながらアルヴァンは言った。
「きれいで……ああ、もう! やってられませんわ!」
傍らのバルドヒルデが地団駄を踏んで叫びだした。
「アルヴァン様!」
アルヴァンの肩に手をかけ、自分の方を向かせる。
「ここは『燃えさかるあの塔よりも君の方がきれいだよ』って言うところですの!」
彼の体を揺さぶりながら聖女は持論を展開する。
「そうなの?」
ぐらんぐらんと前後に揺さぶられながらもアルヴァンは落ち着いた様子で聞いた。
「そういうものなんですの! 乙女心をくすぐって欲しいんですの!」
「わ、わかったから落ち着いて……」
桁外れのアニマの持ち主であるバルドヒルデの身体能力は高い。アルヴァンはどうにかこうにか彼女に冷静になってもらおうと訴えていた。
「では、もう一度やりますの」
バルドヒルデがアルヴァンから手を離し、改めて燃えさかる塔を見上げる。ちょうどそのとき、尖塔がメキメキと音を立て始めた。そこから先はあっという間だった。外壁が落ち始めたかと思うと塔は中程から折れていき、あっけなく全体が崩れ落ちてしまったのだった。
「アアアアアアアア!」
聖女の口から言葉にならない悲鳴が漏れる。
「危ないよ」
アルヴァンはバルドヒルデを担ぎ上げ、崩れていく尖塔から離れた。塔の残骸は轟音とともに地面に落下し、あたりに火の粉と灰をまき散らした。
安全を確認してから、アルヴァンはゆっくりと丁寧にバルドヒルデを下ろした。
「わ、わたくしの胸キュンシチュエーションが……」
聖女は泣きながらくずおれていた。
「ああ、うん、きれい、だよ……」
慰めるように彼女の肩をポンポンと叩いてアルヴァンが言った。それに対するバルドヒルデの反応は劇的だった。
「ほ、ほんとですの! わたくし、きれいですの!?」
顔を上げたバルドヒルデはさっとアルヴァンを見やる。
その顔は涙でぐしゃぐしゃになっている上に、尖塔の崩落で舞い上がった埃にまみれていた。紅い二つの瞳だけが、期待にキラキラと光り輝いていた。
「……ああ、うん。きれい、きれい……」
そっと目をそらしてアルヴァンは答えた。
「やりましたわ! これが! これこそが、ロマンスですわ!」
紅蓮の聖女はすっくと立ち上がると、天に向かって高々と拳を突き上げて、勝ち鬨を上げたのだった。
フィーバルの重いため息が、いまだ熱を帯びたまま夜明けを待つ街の中に消えていった。
紅い炎と黒いアニマで粉砕した出口を抜けて、アルヴァンとバルドヒルデは後ろを振り返った。
「綺麗さっぱり片付きましたわね」
ふう、と息をついてバルドヒルデが言う。視線の先には昨夜までブレントンだった廃墟と、悲鳴を上げる暇すらなくバラバラにされて焼き尽くされた住民たちの残骸があった。
「お疲れ様。でも、君はこれから先どうやって生活していくの?」
アルヴァンが聞いた。
「もちろんアルヴァン様についていきますわ」
当然だと言わんばかりの態度でヒルデが言った。
「え?」
「え? だって一緒に海を見に行くって約束を……」
「その後はどうするの?」
「そ、それはもちろん……アルヴァン様とずっと一緒に……」
「僕、住むところないんだけど」
「ね、根無し草でしたの……。い、いいえ、構いませんわ。アルヴァン様の隣にいられるのならば! このバルドヒルデ、たとえ火の中水の中、どこへでもついて行きますわ!」
アルヴァンの言葉に少しばかりよろめいたものの、なんとか立ち直ったバルドヒルデが力強く宣言した。
「うーん。まあ、いいか」
少しの間悩んでいたアルヴァンだったが、結局彼女をを連れて行くことに決めたのだった。
「ふつつか者ですが、末長くよろしくお願いいたしますわ」
バルドヒルデは深々と頭を下げる。
「こちらこそよろしく」
アルヴァンもまた同じように丁寧に頭を下げたのだった。
夜はすでに明けている。
東の空には太陽が昇り、暖かな陽の光が差し込んできていた。心地よい空気の中、アルヴァンは紅蓮の聖女バルドヒルデとともに歩き出す。
隣を歩く紅い髪の少女の言葉に、穏やかに相づちを打つ銀髪の青年の腰にはどこまでも暗く、底知れぬ力を帯びた、黒い剣があった。
「海を見るとなると、目的地は港町ですわね」
「それだと、この道をたどればいいみたい」
地図を確認しながらアルヴァンが言った。
「それでは、参りましょうか、アルヴァン様!」
「うん」
元気いっぱいのバルドヒルデに言われて、アルヴァンは地図をしまった。真っ直ぐに伸びる広い道を進む二人の足取りは軽い。
「港町か。どんなところなんだろう」
――さあな。だがまあ、退屈はしねえだろうよ。
フィーバルが愉快そうに言った。
「そうだね」
アルヴァンはうなずいた。
顔を上げて道の先を見やる。視線の先にはまだなにも見当たらない。それでもアルヴァンは、顔をほころばせていた。
「楽しみだなあ」
銀髪の青年は穏やか笑みを浮かべて、そうつぶやいた。
彼は征く。
次なる破壊への期待に、その心を躍らせて。
宴はまだまだ、始まったばかりだ。
饗宴は終わらない 三条ツバメ @sanjotsubame
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