第27話 紅き塔へ
――さて、どう思うよ、相棒。
部屋の扉を閉めてエステラが去って行くとフィーバルが言った。
彼女が言っていた通り、宿の二階にあるその部屋は広くて豪勢な作りだった。大きな窓からは闇の中でまばらに角灯が灯っているのが見えた。
「なにかあるんじゃないかな。僕はそう思うよ」
アルヴァンは言った。
寝心地の良さそうなベッドには目もくれず、アルヴァンは部屋を横切って窓のところまで行くと、軽く開け閉めして具合を確かめた。
「うん。これならそんなにうるさくならなそうだね」
――ありがてえことに裏手に面した窓だしな。
「ここからなら外に出ても気づかれることはないんじゃないかな」
窓の外の様子を見ておいてから、アルヴァンは一度カーテンを閉めた。
——邪魔が入って結局聞きそびれちまったが、あのおっさんが使ってる『アレ』ってのはなんなんだろうな?
「まだわからないけど、多分この街の聖女さんに関係してると思うよ。あの人も尖塔から感じるのと同じアニマを持ってたし」
——だな。まあ夜更けになるのを待つとするか。
「うん。そうしたら、外に出てあの塔まで行ってみるよ」
アルヴァンは部屋のランプを消した。そして、ベッドに腰掛けて、ブレントンの街を包む闇が濃くなっていくのをじっと待った。
彼の膝の上には、布に巻かれたままの簒奪する刃が置かれていた。
深夜、窓を通って静かに部屋から抜け出したアルヴァンは、人気のない街路を足音を消して走っていた。
「聖女さんってどんな人なんだろうね?」
アルヴァンはブレントンの中心部にある紅い尖塔を目指す。
高く聳え立つ塔からは夜でも変わることなくあの炎のようなアニマが漏れ出ていた。それはまるで、暗闇の中で赤々と燃える巨大な一本の蝋燭のようだった。
――さあな、女だってことと馬鹿みてえなアニマ持ってやがることくらいしかわかんねえからな。
「バルドヒルデって名前らしいよ」
塔の前での門番との会話を思い出しながらアルヴァンは言った。
――そういやそうだったな。
興味なさそうにフィーバルが言う。
「フレドさんよりも強いといいなあ」
期待を胸に抱きながらアルヴァンは走り続けた。
深夜の街にわずかに残る人々と出くわすのを上手く避けながら闇の中を駆け抜けて、ついにあの紅い尖塔にたどり着いた。
周囲には人の気配があった。塔の入り口のところは一際大きな角灯に照らされている。そして、紅い服の上に胸当てをした門番たちがあたりに目を光らせていた。
「夜でもちゃんと見張りがいるんだね」
物陰に身を隠しながらアルヴァンが言った。
――くくく、どうも門番は常に置いておくらしいな。一体なにを隠してやがるんだか……。
フィーバルが楽しげに笑う。
——面白くなってきたぜ。で、どうするんだ、相棒。今度こそあいつらぶっ殺すのか?
「いや、僕はあの人たちよりもあっちの方に興味があるから……」
そう答えるアルヴァンの目は、尖塔の一番上にある窓から漏れる灯りを見つめていた。
「やってみると案外できるもんだね」
塔の外壁にある出っ張りに手足をかけながらアルヴァンが言う。
門番たちよりも最上階の部屋の主の方が気になったアルヴァンは、見張りが手薄な塔の裏側に回って、素手で外壁をよじ登っていたのだった。
暗闇の中でも迷うことなくちょうどいい出っ張りや凹み、裂け目を見つけていき、ほとんど音を立てずに静かに塔を登る。最上階まではもう少しだった。
——こんなマネする必要あるのかよ。さっき来たときも言ったが、あのフレドとかいうのをぶっ倒したときのやつを塔に撃っちまえばいいだろ。
フィーバルは不満げだった。
「それだとこの塔自体を崩しちゃうし、最上階にいる聖女さんも巻き添えになっちゃうからね。せっかくここまで来たんだから、姿くらいは見ておきたいんだ」
答えながらアルヴァンは次の出っ張りに手をかけて体を持ち上げた。
——お前の言い分もわからなくはないがな……。
「うーん、もう掴めるところが無くなっちゃったね。もう少しなんだけど」
上を見ながらアルヴァンが言った。明かりが漏れている最上階の窓まではあと少しだが、手かがりになりそうな凹みや出っ張り、壁の裂け目はもう見当たらなかった。
——よーし、それじゃ仕方ねえ。相棒、下に降りろ。で、見張りの奴らを皆殺しにして正面突破だ。なんならこの魔剣でもって塔ごとぶっ壊してやってもいいぞ。
嬉しそうなフィーバルの言葉を聞いたアルヴァンは、視線を下げて腰に差した漆黒の剣を見た。
「そうだね。この剣を使うことにするよ」
アルヴァンは壁の出っ張りを掴んだまま、片手で器用に簒奪する刃を抜くと、それを塔の外壁に突き立てた。闇よりも暗い漆黒の剣は紅く塗られた壁を簡単に貫いて、深々と突き刺さった。
「うん。これなら大丈夫そうだね」
壁から突き出ている簒奪する刃を掴んでぐいっと体を持ち上げる。そうやってアルヴァンは剣の柄の上に立った。そこからなら、最上階の窓枠にも手が届いた。
「これでよし、と」
——よし、じゃねーよ。てめえ、この剣の価値が分かってんのか。
「そう言われても、このやり方が一番確実そうだったし……実際、上手くいったんだからいいんじゃないかな……」
不機嫌そうに言うフィーバルに苦笑しながらも、アルヴァンは窓枠に手をかける。
鍵はかかっていなかった。アルヴァンは窓を開けて室内に入ってから、壁に突き刺して足場にした簒奪する刃を素早く回収した。
最上階の部屋はそれほど広くはなかった。中はランプのおかげで明るい。家具や調度品の類も少ないので室内の様子はよく見えた。
「うん。僕らも丸見えだね」
——言ってる場合か。とっとと隠れろよ。
「ここには隠れる場所なんてありませんわ」
澄んだ声がした。
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