第3話 ユイの計画

「こ……れは、い……った……い……」


――ひとことで言うとな、相棒、お前はこの里の連中にはめられたんだよ。そうだろ、ババア! ほら、てめえらが丹精込めて育て上げたこの可哀想な生贄に説明してやれよ!


 アルヴァンが問いかけるとフィーバルと名乗った声は楽しげに言った。


「相変わらずやかましいことだねえ、フィーバル」


 愉快そうな目でユイが言う。苦痛に悶えるアルヴァンを見やるその顔には、微笑みが浮かんでいた。だが、それは先ほどまでの親しみのこもったものとは全く違う笑みだった。


「おばあさま。封印術、起動しました」


 いつの間にか魔術用の杖を構えていたマヤが言った。その表情はどこまでも冷ややかで、声には全く感情がこもっていない。


 ユイと同様、まるで仮面を外したかのように態度を一変させていた。

 視界は霞がかったようで、強くぼやけていた。なんとかアルヴァンが足元に目をやると、祭殿の床に複雑な魔法陣が展開されており、怪しい光を放っている。


 異質なアニマが流れ込んでくる苦痛に全身が悲鳴をあげていた。体はぴくりとも動かない。というか、動かすことができなかった。


 この魔法陣のせいに違いなかった。


「よおし、よくやった。完璧だよ、マヤ。これまで根気よくお前を育ててやった甲斐があったってもんだ。さあて、封印が完了するまでまだ時間があるね。そこのマレビトに自分が置かれてる状況を説明してやろうか。

 ロプレイジ帝国とグロバストン王国。あたしらがいまいるこのクレモア大陸において、二つの大きな国が覇権を争ってるのは知ってるね? もう二十年近くも前のことさ。当時帝国側は王国との争いにおいて劣勢に立たされてた。藁にもすがる思いだったのか、追い詰められて頭がいかれちまったのか知らないが、帝国のお偉方は国の精鋭をかき集めてある部隊を作ったんだよ」


 アルヴァンは何も答えられなかったが、ユイは滔々と語り続ける。


「遺物探索部隊。現世とは違う世界、天上の世界での神々の戦で用いられたっていう人地を超えた力を持つ伝説の武具、『遺物』を探す部隊さ。帝国は『遺物』の力で一発逆転を狙ったってわけさね。で、あたしはその名誉ある部隊の隊長様さ。お前以外のこの里の大人はみーんな帝国の遺物探索部隊の生き残りなんだよ。そこのマヤは隊員同士の間にできた子供だがね。どうだい、驚いただろう? 

 だがまあ、部隊なんて言えば聞こえはいいが、何せ探すもんが遺物だ。太古の昔に神々の戦争で用いられたなんていう伝説級の代物がそうホイホイ見つかるわけもない。あたしらは言い伝えだかなんだかの当てにならない噂を聞きつけちゃあっちへ行かされこっちへやられ、東奔西走したもんさ。全ては偉大なるロプレイジ帝国を存続させるため。それはそれはこき使われたもんだよ」


 十五年にわたって隠し続けてきた自らの秘密を、ユイは大層楽しそうに明かしていた。だが、アルヴァンの方は未だに黒いアニマの侵食に苦しめられていた。いまだに何か言えるような状態ではなかった。


 そんなアルヴァンに構うことなく、ユイの独演は続く。


「本当に、うんざりするような日々だったよ。だがまあ、皮肉なことにそんなろくでもない状況のおかげで部隊の仲間との絆は深まっていった。気がつけばあたしたちは家族同然の存在になっていたんだ。この里のみんなは仲がいいだろう? これは別に演技じゃないんだよ。お前を騙すためだけにそこまでの手間はかけられないさ」


 にたりとユイが笑う。


「おっと、話が逸れたね。で、だ。偉大なる帝国から馬車馬のようにこき使われていたわけだが、ある日、あたしたちはとうとう見つけちまったのさ。遺物ってやつをね。それも掛け値なしの超一級品。邪神を宿す黒き剣、その名は『簒奪する刃』。延々と続いていた神々の戦争をぶち壊しにして、世界そのものを崩壊させかけたっていう、とんでもない代物さ。

 ひょんなことからあたしらは簒奪する刃の力を実際に目にすることになったんだが、そりゃあもう凄まじいものだった。背筋が凍る思いがしたもんだよ。だが、遺物の力を目の当たりにしたあたしらはこう思ったんだ。あたしらを犬みたいに扱ってくれた帝国の奴らにこれをくれてやるのはもったいない、ってね。それで、どうにかこうにか簒奪する刃を回収したあたしたちは隠れ里を作り、王国の方に遺物をくれてやるための準備を始めたってわけさ」


「それが……僕に……何の関係が……?」


「驚いたねえ、まだしゃべれるのかい。ま、その口は閉じておいて、黙ってあたしの話を聞きな。昔話はまだ終わっちゃいないんだからね。さて、遺物の確保には成功したものの、そいつには致命的な欠陥があった。魔剣『簒奪する刃』を手に取った者は邪神フィーバルに魂を乗っ取られて暴走した挙句、フィーバルのアニマの負荷に耐えきれなくなって、壊れちまうんだよ。『簒奪する刃』は確かに強い。無敵の魔剣だろう。だが、いくら強くても制御できない武器は使い物にならないんだ。

 そこで、マレビトであるお前の登場さ。先天的に強いアニマを持つマレビトの体を器にして、剣を通して邪神のアニマを流し込む。あとはこのためにあたしが『簒奪する刃』を研究して作り上げた特別な封印術でもって、そのマレビトの自我を奪って操り人形にする。これで世界初の遺物兵器の出来上がりって寸法さ。これなら暴走しちまうことはない。王国だって大喜びで受け取ってくれるだろうよ」


「それじゃあ……ぼ、くは……最初、から……」


 アルヴァンはなんとか言葉を絞り出していた。苦痛は徐々におさまってきている。だが、今度は急速に意識が朦朧とし始めていた。ただ意識が遠のいていくだけではない。自分自身が消えていく、そんな感覚があった。

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