第7話 桂捨て

「……ったく、ふざけんなってのよ」


廊下に響き渡る怒声。制服を乱し、髪を振り乱し、桂美琴は一人憤然と歩いていた。

頬には青あざ、頭には包帯、表情は鬼のように歪んでいる。

鬼のように歪んでいるものの、平常時と大して変わらないのは不幸中の幸いか。

ちなみに青あざは暴れるコイツを取り押さえるために教師によって押さえつけられた時に着いたもので、包帯はガラスを砕いた時のものだ。


いわゆる自業自得であるが、桂はこれを大人による人権侵害だと考えていた。

もはや誰も彼女に声をかける者などいない。

今や彼女は“腫れ物”であり“爆弾”だった。

陰口仲間をパイプ椅子でボッコボコにしたことは他の仲間を離反させるのに十分だった。


彼女は今校長室に呼ばれていた。

放送部を襲撃し、校内の備品を破壊し、部員を病院送りにした。

更にはこれまでやってきた悪行の数々。

その代償を払う時間が、とうとうやってきたのである。


――――――――


「――入りなさい」


コンコンとノックの後、くぐもった声が聞こえる。桂は唇を噛みながらドアを開けた。


そこには校長、副校長、学年主任。そして、自分の両親。

全員苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「座りなさい」


父親はそれだけ言った。母親は真っ青な顔で座っている。

机の上には書類が数十枚もの紙が積み重なっていた。

桂は憮然とした様子でソファーに座った。


「さて、桂さん。まずは手っ取り早く君への処分を伝えましょう。キミは停学だ。当分学校には来ないで下さい」


校長が静かに告げる。


「な!なんで私が!!?」


桂は立ち上がって抗議を使用するが、校長は微動だにせず冷たい眼でそれを見る。

どれだけ桂が騒いでも全く反応しない。

桂はヒートアップしてぎゃーぎゃー言っていたが、冷たい眼でただこちらを見つめる校長を見て次第に怯んでいった。


「桂さんはなんで?、と仰いましたか?何か心当たりはないのですか?」

「そ、そんなのないわよ!!」

「そんなはずはないでしょう?放送部の備品の破壊、生徒への暴行。これだけでも到底許せるものではありませんね」

「う…」


確かにその通りである。


「で、でも…それはアイツが…」


「何か言われたから好きなだけ暴力に訴えていいということはないのですよ。少なくとも学校にとっては全く関係のない話です」


そこで校長は息を吐いた。


「まずアナタには壊された放送部の機材の弁償をして頂きます。推定被害額はおよそ330万円」


「そ、そんなに……」


桂は愕然とした。

ガタガタと震えているその様子はまるで昆虫の脱皮のようだ。

その様子を見た教頭はいっそのこと本当に脱皮してもう少しまともな生き物が中から出て来ないかな、と期待した。


「全額、弁償していただきます。後日正式な見積もりを出しますが、精密機器や音響設備が中心なので、金額はほぼ変わりません。

また被害者となった放送部員は全治三ヶ月のケガが認定されました。治療費と慰謝料のは後日請求されるそうです。これも速やかに支払うように」


桂親子は震えていた。

親としてもこの傍若無人で人の心が分からない娘をあまりに放置し過ぎた。

その報いを受ける時が来たのだ。


「加えて、校内での複数の証言が集まりました」


校長は淡々と、しかし確実に桂の“罪”を積み上げていく。


・日向ハヤトへやその他イケメン男子へのセクハラまがいの接触行為(数十件)


・複数女子への陰湿ないじめ行為(複数の仲間有り)


・授業中の妨害行為、無断での備品の持ち出し


・文化祭での横領


取り巻き3名と、病室の中の放送部員1名。計5名が同時に処分対象となった。

殴られて入院中の放送部員にとっては文字通りの踏んだり蹴ったりである。


こうして3-Aのクラスメイトは、前回のサッカー部5名と合わせて10名の同時停学処分という、前代未聞の事態となったのだった。


桂家はあまり豊かではない。

彼女は私立の女子高への入学を熱望していたが、今回の弁償によりそれは不可能となった。

私立は授業料が高い。

しかし壊滅的な内申点で合格できる公立高校は果たしてあるのだろうか?


両親に詰められながら桂は絶望的な表情を浮かべるのだった。


―――――


一方その頃。


塾の自習室で一人の少女が静かにペンを走らせていた。


宝立アカネ。


彼女はすでに受験を終え、合格通知も受け取っているというのに、こうして日々の勉強を欠かさない。


(高校入学までに少しでも勉強しておかないと)


入学する高校はとてもレベルが高い。

夢に向かってボーッとしているワケにはいかないのだ。


「おっと」


自習室で勉強をしているとスマホが震える。

表示された名前に自然と口元が緩む。


「お銀……」


メッセージアプリを開くと銀河からのメッセージが並んでいた。


>体調どう?

>無理してない?

>夜遅くまで勉強してちゃダメだよ?危ないんだから


アカネは小さく笑って返信した。


「大丈夫、ありがとう。ちゃんとご飯も食べてるし、塾でも元気にしてるよ」


心配性な銀河のメッセージは、アカネにとって何よりの支えだった。



――――――――


桂が処分された翌日の学校の放課後。

ある教室に集まった三名は作戦の成功に満足していた。

まあ想定以上の被害を出してしまったが、これは仕方ないだろう。

絵馬による校内放送のジャック、竜乃による放送部の封鎖、そして銀河によるニセの校内放送。

何もかもが上手くいった。


銀河はモニターの前に座り、静かにひとつ息を吐いた。

竜乃と絵馬が、いつものように隣に座っている。


「とりあえず桂はもうこれで学校には来られないだろう」

「イヒヒ!アレの取り巻き達も当分は来ないだろうねえ!いい気味さ!」

「…学校が少し綺麗になった。喜ばしいこと」


さて次のターゲットはどうしようか?

銀河が次の処分対象を考えていると竜乃が言う。


「そういえば3-Aのクラスの馬鹿共が少し慌ただしくなっているようだね」

「ん?」


それは一体どういうことだろう?


「いやなに。沢渡も桂もアカネをイジメていた張本人だろう?アカネの呪いなんて噂が流れているようだよ」

「…バカな連中。呪いであんなこと起こる訳ないのに」

「イヒヒ!もちろんそうさ。だが沢渡の行為を中継をした人間、放送をジャックして桂を陥れた人間がいるということは警戒されているようだ」

「なるほど…」


流石にそれはそうか。

どうやらあのクラスの馬鹿共でも今回の件とアカネのイジメの件を結びつけるくらいの知恵はあるらしい。


「まあ関係ないな。続けるぞ竜乃さん」

「イヒヒヒヒ!!当然さ!続けていこうじゃないか!!」

「…まあクロちゃんはちょっと可哀想だけど」


確かに。

黒崎さんは今回、

男子の自慰を見せつけられる

ドブスに牛乳を吹きかけられる


と散々な目に遭っている。

あまりにも気の毒だった。


しかしやめるわけにもいかない。


銀河はモニターを取り出す。

そこには次のターゲットの香川桜子の写真が映し出されていた。

派手な化粧、ブランド物で固められた制服、誰かの財布をちらつかせるような笑顔――。


「こいつは、自分の万引きの罪をアカネに擦りつけた。しかも親の権力を使って握り潰したクズだ」


「イヒヒ!!万死に値しますな!!」


「…次はこいつね?うんなるほど」


3人の視線が、ひとつのファイルに注がれる。

銀河は小さく呟いた。


「さあ、次は香川桜子――お前の番だよ」


モニターの画面が、真っ黒に切り替わった。


――静かに、次の幕が上がる。

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