第11話 焦らされる夜
「ずるいですよね? 私だけ見られてるなんて」
家康の指が、信長のシャツのボタンに軽くかかる。
まるで「これから開けますよ?」と言わんばかりの動きに、信長の背筋がゾワリと震えた。
(いや、待て。なんで俺が脱がされる流れになっとんねん!?)
ここまで煽られっぱなしだった。
家康の余裕の態度。からかうような甘い声。そして 「次はあなたの番ですね?」 という意地悪な一言。
すべてが 信長の限界を超えさせた。
「……もうええわ!!」
衝動に任せ、 信長は家康の襟を掴み、強引に引き寄せた。
「っ!?」
珍しく家康が 「おや?」 という顔をするが、
信長はそのまま 体重をかけて押し倒す勢いで上にのしかかる。
「お前な……!! さっきから調子乗りすぎや!! 俺様が黙っとったら、やりたい放題しよって……!!」
「……ふふ、そうきましたか」
家康は微かに目を細める。
どこまでも落ち着いた表情――
それが余計に信長の焦燥感を煽る。
(こいつ、なんでこういう時に限って冷静なんや……!!)
信長は 家康を動揺させたかった。
煽り返して、アイツの余裕を崩してやりたかった。
(なら、もうやったるわ!!)
「お前だけ脱いでるのもずるいやろ……!?」
そう言いながら、 信長の手が家康のズボンのボタンにかかった。
家康が僅かに瞳を細める。
「……へぇ、信長さんのほうから?」
「なんや! 文句あるんか!」
「いいえ。むしろ……」
家康の手が スッ と動く。
次の瞬間――
家康の指が、 そっと信長の唇をなぞった。
「っ……!!?」
指先が かすかに触れるだけ。
それなのに、胸の奥がじわりと熱くなる。
「……焦らされるのは、苦手ですか?」
家康の声が、低く甘く、耳元に響く。
そのまま、指が ゆっくりと唇の端をなぞるように滑る。
「っ……」
信長の目が じわりと潤む。
(あかん、これ……)
もう、抗えない。
理性が完全に崩れ、身体が自然に家康の方へ傾く。
もう「何をするか」なんて考える余裕もなかった。
「……っ」
信長の唇が、家康の指を追いかけるように、かすかに動いた。
そして――
「ブブッ……ブブッ……!!!」
部屋の中に、無情にも響く スマホのバイブ音。
「っ……!!?」
(……は?)
信長の頭が 「え、待て、なんでこんなタイミングで……!!??」 とパニックになる。
家康はふっと視線を落とし、
枕元で震えるスマホをチラリと見た。
「……これは、タイミング悪いですね」
「ちょっ、無視しろや!!!」
信長が 「せっかく俺が吹っ切れたのに!!」 という焦りのまま叫ぶが、
家康はゆっくりと彼の肩を押し、身体を起こした。
「仕事の連絡かもしれませんから……ちょっと待っててくださいね?」
「いや、待たんでええ!!!!」
完全に 「は!? 俺様の覚悟を返せ!!」 という気持ちだったが、
家康はスマホを手に取り、穏やかな声で電話に出た。
「はい、家康です」
信長は 「ああああああ!!!!!」 と頭を抱える。
(なんやねん、このタイミングの悪さは……!!!)
家康は特に焦る様子もなく、
「ええ、わかりました。では、そちらの件は後ほど」と、
いつも通りの低い声で対応している。
(俺様、さっきまでめっちゃ暴走しとったのに……この温度差、なんやねん……)
ようやく電話を終えた家康が、スマホを置く。
信長は 「終わったんやな!? ほな続きや!!」 と言わんばかりに前のめりになるが――
「……もう、今夜はやめておきましょうか」
「は????」
家康は涼しげに微笑みながら、何事もなかったかのようにベッドへ潜り込んだ。
「仕事の話をしたら、一気に気分が冷めてしまいましたね……残念です」
「残念って、お前!!!」
信長は 「俺のこの高まった気持ち、どうしてくれんねん!!」 と、顔を真っ赤にして叫ぶ。
(くっそおおおお!!!!!!!)
こうして 信長の覚悟は、見事に寸止めされ、無駄になった。
そして、最大の問題は――
(いや、これで次また会ったとき、俺……まともにアイツの顔見れへん……!?)
「……おやすみなさい」
そう言って、家康は 本気で寝るモード に入った。
ベッドの端で静かに横になり、目を閉じる。
「……は?」
信長は 「は!? ちょっと待てや!!」 という顔で、家康を見下ろした。
(お前……マジで寝るつもりか!?)
ついさっきまで 「お前が俺の理性全部持ってったんやぞ!?」 というほどのことがあったのに、
なんでこの男は 平然と眠れるんや!!??
(こっちは暴走しかけたのに……お前だけ普通に寝るんか!!)
信長の中で 不満が爆発 する。
「……なぁ、家康」
「……?」
「お前、ほんまに寝る気か?」
「ええ、寝ますよ?」
家康は 当然のような口調 で答える。
信長は 「いや、そこはもうちょっとなんかあるやろ!!」 と言わんばかりに、布団をグイっと引っ張った。
「おい、寝るの早すぎるやろ」
「……寝るのに早いも遅いもないでしょう?」
「あるわボケぇ!!」
「……?」
家康は 何が不満なのか分からん、という顔 をしながら、静かに布団を直す。
その 「完全に動じてない態度」 に、信長の焦燥感は 限界を突破 する。
(ちょっと待て、こっちは完全に振り回されとるのに……なんやねん、この温度差!!!)
信長は 寝かせへんための作戦 を開始した。
家康の腕をちょっと揺らす。
「なぁ、ほんまに寝るん?」と しつこく話しかける。
挙句の果てに、布団をもう一回引っ張る。
「家康、おい」
「……はい」
「寝るな」
「……」
「寝るな言うとんねん!!!」
信長は 「このまま俺だけモヤモヤして寝れるかい!!」 という怒りで家康を見つめるが――
次の瞬間。
「仕方ないですね……」
家康は すっと上体を起こし、静かに信長を引き寄せた。
「っ……!!?」
気づいた時には、
信長は家康の 腕の中にいた。
「ちょっ……待て!!」
「うるさいですね……」
家康の低く甘い声が、耳元で囁かれる。
「寝なさい」
「……!!」
信長の 全身が一瞬で硬直する。
(な、なんやねん、これ……!!)
家康の腕は 優しく、でもしっかりと信長を包み込む。
逃げられへんほどの強さ――でも、決して無理やりやない温もり。
信長は 「何か言わな……!!」 と思うが、
家康の指が そっと背中を撫でるように動く。
(……っ、あかん……)
耳元で 「おとなしく寝なさい」 って、
囁くような低い声が落ちた瞬間――
信長の 言葉は完全に消えた。
(……な、なんでこんな……)
もはや 抵抗する気力すらない。
さっきまで 「寝かせへん!」 と思ってたのに、
いつの間にか、家康の 腕の中で静かになっていた。
「……やっと、黙りましたね」
「……っ」
「もう、何も考えずに寝ていいんですよ?」
家康は静かに微笑みながら、
信長の 髪を優しく撫でる。
(……こいつ、ほんまに……ずるい……)
「……やっと、黙りましたね」
家康の 低く甘い声 が耳元に響く。
抱きしめられたまま、信長の 全身が完全に固まっていた。
(な、なんやねん、これ……!!)
家康の腕の中は、あたたかくて、
安心するような包み込まれる感覚があった。
(……でも、ちょっと納得いかん!!)
信長は 「これ、俺様が負けたみたいになってへんか!?」 と焦りながら、
わずかに身体を動かす。
「……なんやねん、お前……」
「なんですか?」
「俺様、なんもしてへんのに……負けた気分やわ」
「……ふふ」
家康は少しだけ微笑んで、
信長の 髪をそっと撫でた。
「じゃあ、頑張ったご褒美をあげましょうか」
「……は?」
信長が 「何言うとんねん?」 という顔で見上げると――
家康は、ゆっくりと 額に唇を落とした。
「……っ!!?」
信長の 脳内が一瞬で真っ白になる。
(な、なに、いま……!?)
温かい感触が残る額に手を当てながら、
信長は 完全に固まっていた。
「……よく頑張りましたね」
家康の 甘く穏やかな声 が、
じわりと信長の心に染み込んでくる。
「これで満足しました?」
「っ……」
信長は もう、何も言えなかった。
心臓の音が どんどん速くなっていく。
(やばい……これ、やばいやつや……!!)
さっきまでは 「寝かせへん!!」 と粘ってたのに、
今は逆に 「もう何も言えへん……」 になっている。
(こいつ……ほんまに……ずるい……)
信長は、顔を真っ赤にしたまま、
布団に潜り込む。
「……もうええわ……」
「ふふ、そうですか」
家康は満足げに微笑み、
そっと信長を 抱き寄せる。
「……っ」
信長は、
少しだけ 家康の服の裾を握った。
「……寝る」
「はい、ゆっくり休んでください」
家康の穏やかな声を聞きながら――
信長は 静かに目を閉じた。
(……完全に負けた気がする……)
けれど、それが 嫌じゃない ことに、
信長は もう、気づいていた。
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