たとえ神を殺しても ~異世界二週目の俺は世界を犠牲にしてもヒロインを救います~

PSコン

第1話 二週目開始

「――――可哀そうな子……」


 神と呼ばれた者は、最期の言葉に憐れみを選んだ。


「…………」


 倒れ伏す音を背に、青年は――後悔を噛み千切るように奥歯を噛みしめ――神の座に着く。


 ――神の座には全てがあり、ここで手に入らないのなら、この世界には存在しないと言われる程の頂である。


「――――――フッ」


 彼の望む情報は、見つからなかった。


 神が倒れてから、世界が滅びゆくのが感じられた。ここで手に入れた知識でも、実感としてもである。彼では神の代わりは務まらない。世界の礎となる事さえも叶わないのだ。


 世界は滅ぶ。彼のたった一つの望みにより。


「それは駄目だよなあ……」


 世界を滅ぼす事など許されない。そんな権利などある訳ないし、なにより――――


「世界が滅びたら……俺が消えたら、どうやってアイツを救うんだよ……」


 神の座に再度接続する。膨大な情報に脳を焼かれる。このまま接続を続ければ、世界の前に自身が滅びてしまうだろう。だから、その前に――――


「――――――あった」


 禁忌を犯す。

 行うのは、世界のロールバック。プレイヤーたる人間には許されない、時間逆行の奇跡。

 あらゆる罪を、功績を、無に帰し。始まりの時に戻すのだ。


 世界が歪み始める。彼の意識が引き裂かれるような感覚と共に、時間の流れが逆転する。目の前の景色がぼやけ、崩れていく。


「っ……!」


 全てが一瞬のうちに巻き戻り、まるで自分の命が逆回転するかのようだった。

 だが彼の心だけは確かに知っていた。これは最初のステップに過ぎない。まだ始まりに過ぎないのだ。


「待っ、て……ろ、よ」


 途切れ途切れに、しかし確実に、誓いの言葉を紡ぐ。

 口内には血が貯まり、視神経は焼ききれたのかずっと暗転したままだ。耳鳴りも酷いから、ちゃんと言葉を紡げているのか甚だ疑問に思われるだろう。


「絶対に……助ける、から、な」


 それでも彼の魂は、確かにその言葉を聞いたのだ。


「――――――ジュリ!!!」


 …

 ……

 ………


 これは過去であり、未来の話だ。


 彼は令和の世である現代日本の高校生だったが、ある日突然異世界へと召喚された。


 召喚された、と言ってもそれが事実かは分からなかった。何せ目の前には森が広がるばかりで、彼の他に人の姿は無く、数日の間サバイバルという名の我慢大会を開催する羽目になったのだから。

 彼は運よく死ぬ前に現地人に保護され、ようやく言葉が通じるようになって、本当に異世界に来たのだと実感できたのだ。


 彼は――江戸えど俳人はいとはそれから流されるままに冒険者という地位に就き、何故か魔王討伐という大役を承った。

 順風満帆とはとてもじゃないが言えなかったが、仲間と共に苦楽を乗り越え、多くの人達の期待を背負い前進し続けた。

 そして遂に、全身全霊、魂を振り絞ってようやく彼は魔王の胸元に剣を突き刺し、世界を救うに至った。


 ――だがそれは、彼女――ジュリの犠牲の上に成り立った奇跡の勝利だったのだ。


 ジュリは彼の最初の仲間だ。独り寂しく異世界に放り出された彼を救ってくれた最愛の人だ。彼女を失っての勝利になど、ハイトには何の価値も無かった。



 だから、たとえ神を殺しても、救ってみせると誓ったのだ。

 そのために、彼は最初からやり直すのである。


 ………

 ……

 …


 焼ききれた筈の視神経が、強烈な光を感知した。光は瞼を貫通し、視界を白に染め上げる。彼――ハイトは堪らず寝転がり目を開けた。


「おはよう。少し、お寝坊さんかな?」


 茶色と新緑が入り混じった、樹木のような髪色。下がった目尻は彼女のおっとりとした性格を表しているようだった。常は微笑みを浮かべている口元は、今は悪戯っ気に釣りあがっている。


 かつての歴史では、今はいなかった筈の少女が、横たわる彼を覗き込んでいた。


「…………多分、俺はまだ寝ているんだと思う」

「それは大変だ。ここは猛獣の巣窟だぜ?」


「がおー」と、気の抜けた掛け声と共に彼女は俺に襲いかかり、脇腹をくすぐるように揉んできた。多分噛みつく真似だろう。


「ちょ、やめ……!」


 たまらず反対側に寝転がり立ち上がる。彼女は「起きたみたいだ」とまたも悪戯っ気に言った。


「なんでここに……って、俺のせい以外にないか」

「そりゃあ、まあ、ねえ?」


「強くてニューゲームって奴?」とジュリは呟いた。


 嬉しい誤算ではあった。仮に同じようにやり直したとしても、彼女に再び出逢える確証はなかったからだ。しかし本物か? という疑問が。何せ彼女は――――


(……いや、間違える筈もないか。彼女は間違いなくジュリだ)


 そう、他の誰かならともかく、俺がジュリを間違える筈がないと、ハイトには言葉に出来ない確信があったのだ。


「…………僕は、あまり良い事とは思えないけどね」

「何を言っているんだ」


 自信無さげな彼女の肩を掴み、自らに誓うように言う。


「俺は、必ず君を救ってみせる」

「……………………うん、そうだね」


 湿っぽくなった空気を払うように、彼女は駆け出し言った。


「それじゃあ、町に行こう! 二週目までサバイバルはしたくないだろう?」

「そりゃあそうだ。町の方角は分かってるしな」


 転移したのは、町のすぐそばだ。そして町の近くは嫌と言うほど探索したので、だいたいの地理は頭に入っている。


(神の座の情報があれば、もっと正確なんだろうが)


 残念ながら、あそこで得た情報の大半は失われている。人間には過ぎたる力だという事だろう。しかし現状では救えないという事実だけ分かれば十分でもあった。


 眉間にしわを寄せたハイトの顔を、ジュリが覗き込む。


「随分未来を見ているな? ちょー余裕かな?」

「あー、悪い。今の俺には雑魚もラスボス級だ」


 少し歩いただけで分かる。筋力が大幅に減っているし、何より


 ……魂とは、拡張できるものだ。

 魂同士のぶつかり合いにより、魂は成長する。そして宿。どうみても無機物の魔物にも、死霊でさえ魂を持つのだ。しかし自分以上の魂とぶつからないと、ほとんど成長しない。

 そして魂が大きくなると、肉体に作用し見た目以上の能力を発揮できる。人間でも象のような怪力を発揮できるし、チーターよりも速く走れるようになる。

 この仕様のお陰でハイトは強くなり魔王を倒すにまで至ったが、逆に今は弱小の魔物にすら勝てそうもない。


「鍛え直しは派手に面倒だな……」

「ニューゲームってそういうものじゃないか」

「強くてニューゲームじゃないのかよ。レベルも引き継げ」


 町の近くとはいえ、人の手の入っていない森だ。足元はおぼつかず、平地のようには歩けない。草をかき分け、時折盛り上がった木の根を跨ぎながら進んでいく。


 この世界において人類の生存圏は、神がお情けで展開した結界の中、たった一つの町しかないのである。


「……魔王を倒すのは必須だな。じゃなきゃ何もできない」

「ま~~~た……あ」


「あ」とジュリが声を上げた先にいたのは、猪型の魔物、ワイルドボアだ。


(勝算はない。が、結界は近いな)

「走るぞ!」

「うへえ! 前途多難!」


 ワイルドベアは優れた突進力を持つが、こうも障害物が多い場所では――


「あれ、速いぞ!?」

「こっちが遅いんだよ! 弱くなったのもう忘れたのかい!?」

「……予想以上だった。ダッシュダッシュ!」


 こけそうになる度、気合で持ち直し足を前に進める。吸い込んだ息が肺を刺すように痛む。思えば運動不足もかなりのものだった。風上だというのに、獣臭が妙に鼻につく。それもどんどん近づいてくるのが見えているが如く感じられた。


(やばいやばいやばい!)


 もう森を抜ける。結界はもう目と鼻の先だ。だが、これは……。


「お」


 萎えそうになる心を震わせる。最後のひと踏ん張りだ。もう空気を体に回す必要はない。だからこの最後の息は――


「オォォオオオオオオオ…………!!!!!」


 ただ、気合に変換する!


 森を抜ける。その先には――


「伏せて!」


 倒れるように、というよりも。もう限界なので倒れ伏す。倒れた矢先に頭上を火球が通過した。背後では獣の雄叫びと、毛の焼けた嫌な臭いが漂ってきた。


「ハッ、ハッ、ハッ……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、危なかったねハイト。まずは自分の弱さを知らないとね……」


 何とか呼吸を整える。駆け寄ってくる女性は知っている。対応を間違えないためには、脳に酸素を送る必要があった。


 如何にも魔法使い然とした女性の名前はルーシー・グラント。一週目にて、森の中でサバイバルをしていた彼を救出し、この世界について教えてくれた女性である。言葉を覚えるまでは迷惑を掛けるだけの存在だったのに、真摯に向き合ってくれた大恩人だ。

 心優しき彼女は、今もこうしてハイトを心配してくれている。


!? まさかまだ森に仲間が……!」

「いや、大丈夫。

「相変わらずこっちが慌てそうなくらいの慌てっぷりだねルーシーは」


 ジュリが酷い事を言っているが、幸いと言うべきか、ルーシーに見えているのも、聞こえているのも、俺一人だけだ。


 ジュリはいない。俺の心の中にしかいないのだ。何故なら――――


「あれ、先ほど話し声が聞こえたような……」

「お、結構離れてたのに耳が良いね!」

「そうだったか?」

「あ、いえ。お気になさらず!  すみません変な事言って」

「いやいいさ、ありがとう。俺はハイトだ」

「あ、すみません。私はルーシーと申します」


 樹里じゅり俳人はいとは、一つの体、一つの魂を共有する――二重人格者なのだから。


「謝る必要なんて無いのにね……」


 ジュリの言葉が、空しく彼の胸だけに響いた。

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