アイドルせしッ!

SaJho.

第一話 ポテチ食べし


 学園のアイドル、伊佐ましろちゃん17歳について。


 美しく長く清純な黒髪と、猫っぽい愛嬌のある顔。

 美人と可愛いが3:7の割合で混在する顔面上級国民ながら、それを鼻に掛けぬ品行方正な人格を持つ。概念上のクラス委員と図書委員を3:7の割合で混ぜた感じの性格と言えば概ねは伝わるだろうか。


 そんな彼女の名はクラス内、学年内のみならず学校中、果ては学校の外にまで轟いているようであった。ソースは俺だ。何のかかわりも無いはずの俺の母が彼女の名を知っていたのである。


 曰く、あそこの姉弟はどっちも顔が良いので芸能人になるんだろうなぁと近所で噂になっていたらしい。確かに俺もそう思う。顔が良いヤツに普通にリーマンとかOLになられてもかえって困るからな。

 エア・ジョーダンを履いてストリートバスケを愉しむ野良人間の中へマイケルジョーダンを履いた人間に混じってこられてもって話だ。努力目標な学生生活でならまだいいが、成果主義とよく聞く社会でまで美人の隣人ではありたくない。



 ……ただまぁ、逆に言えば今が青春なわけでもあって。

 今ならば俺たちは、躊躇なく美人の隣人であることを喜べるってわけだ。






「……、」






 光が降ったような色をした、昼休みの空き教室。

 俺が先の授業の忘れ物を取りに戻ると、彼女が一人で窓を眺めていた。


 珍しい、などと脳裏では思いながら、一方で俺の身体は半自動的に存在感を消し、息を潜めていた。彼女の横顔が美しかったためだ。


 よくないと重々承知しながらも、俺は彼女を遠目に眺めてしまう。

 気配を殺しながら、気取られぬようにしながらだ。


 ……こんなのはストーカーとも変わらない。即刻やめるべきだ。それは分っている。でも、抗う事が出来ない。


 それは、彼女の美しさが魔性だから? いや違う。アレはむしろ神聖なのだ。

 ヒトに囲まれ笑顔を浮かべる彼女も素敵だが、ただ一人で教室を占有する彼女の姿は絵画の様であった。



 しかし、やっぱり一人というのは珍しいよな。

 せっかくの昼休みに、彼女はいったい何を……?




「(ぽりぽり、ぱくぱく)」




 と、様子を伺って気付いた。顔が光り輝き過ぎてて灯台下暗し、彼女の手元にはポテチがあった。


 それで察した。大方昼食の用意を忘れて緊急回避的にポテチを用意したのだろう。で、昼食をポテチで済ますのが思春期的に恥ずかしくて空き教室で逃げ込んできたのだ。


 それを思えば、あの絵画の様にアンニュイな表情も納得だ。恐らくは全然足りていないのである。

 俺は、彼女に気取られぬようその場を後にすることを決める。誰にも見られたくないという彼女の意思を尊重するためである。



「(ぽりぽり、ぽり、……ぱく)」


「(マズいな、食べ終わっちまうぜ)」



 忘れ物はもう学校に寄贈するとして、俺が踵を返す間際……。

 彼女はポテチの袋の中を一瞥してのち、袋を細長く折りたたんできゅっと縛った。そして、手をウェットティッシュで拭いて、その手で窓枠に頬杖をつく。


 どうやら食べ終わったらしいが、まだ教室を出るつもりはないようだ。

 ……ならば、忘れ物はもう少し時間を置いてから取りに来ようか。


 いなくなっているかもしれないし、いたとて偶然で済む話だ。

 いや助かった、彼女の為なら捨てる覚悟だったが筆箱は流石に惜しいもんな。




「(じゃあ俺はトイレにでも――)」




 と、

 ……俺は奇妙な違和感を覚えて停止する。


 ただその正体は判然とせず、踵を返したばかりの空き教室をもう一度一瞥した。


 そこには変わらず、美しい彼女がいる。

 アンニュイな表情、気だるげについた頬杖、丁寧に縛られたポテチの袋、袋……


 待てよ?




「(さっき彼女、――???)」









『第一話

 ポテチ食べし』









「(いや待てあり得ない、そんな人間がいるか?)」



 いない、と本能が断じる。

 だけど俺は、あの光景を間違いなく見てしまったはずだ。



「(まてよ、待ってくれ。ポテチはあの最後の一口が旨くて広く日本人に親しまれてるはずだろ? そうでなくても、若干もったいないと絶対に思っちまうはずだぞ……ッ!?)」


 一縷の望みをかけるように、脳裏に先ほどの光景を思い描く。

 まず彼女は、ポリポリとポテチを食べていたな? そして、指先が空を掻いて袋の中身を一瞥した。そのまま袋を折りたたんで縛った。指をティッシュで拭って――



「(!?!?)」



 なんてことだ、気付くべきでないことに気付いてしまった。

 なにせこれは、『ただ指を舐めずに拭いただけ』では済まないのだ。


 怖気が奔る。あの美しい姿が、美しさとは別の理由で浮世離れて見える。正体不明の何かのように、恐ろしく、そして理解不能な存在のように……


 ああ。『ただ指を舐めずに拭いただけ』なら、それは行儀の問題で済むのだ。

 だけど彼女は、その前に『ポテチをガーッとやって食べなかった』


 そこから導き出される答えは――




「(彼女はまさか、しょっぱくて美味しいからポテチを食べているわけじゃないのか???)」




 そう。

 彼女が先ほど見せた二つの異常行動には、実は一つの共通項がある。


 どちらも、そこが一際しょっぱくて旨いのだ。指にはポテチ表面の塩と粉末状の旨味成分が付着しているから舐めるのだし、ポテチの袋の底にも溜まっているのは塩と旨味だ。だからガーッと口に注ぎ込む。

 彼女が敢えて、それをしないというのなら……。




「(しょっぱさじゃないポテチの魅力を求めて、彼女はポテチを購入した――ッ!? 馬鹿な! そんなものは無いのに!)」



 だめだ、考えろ。でなければ俺は闇に飲まれる。

 芋の甘み? パリパリ食感? いいやダメだ、どれも塩の旨さに勝る要素じゃない! 



「(何か、……ちくしょうがッ! 何かねぇのかよ――ッ!?)」


「あ、……うートイレだ」




「ッ!?!?」




 思考に没入していた俺に、その言葉は冷や水のようであった。

 見れば彼女はスマホ等貴重品をそそくさとポケットに仕舞い込んでいる。他の雑多な荷物がそのままなのは、また戻ってくるつもりだからだろう。すなわち――


 マズい! こっちに来る!




「おー、トイレトイレ……」


「――。(虚空になりすましながら)」




 ……どうやら、気付かれなかったらしい。

 彼女の背を眺めながら、俺はふっと息を吐く。



 それが、

 彼女に見つからなかった安堵なのは間違いないとして、であるのかは、もはや今の俺には判然としないのであった――。

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