妖奇譚

えび

第1話:己という過誤





__________一度悪事を犯した者が、善人になることは出来ない。


殺し屋として裏社会では有名な名家、伊狛家の家訓。

警察の対処できない悪人や法で裁けない犯罪者をなんの躊躇いもなく一息に殺してしまうという手練れの家系。

そんな家に生まれた、殺しの才能のある一人の少年。

 

伊狛瑞希。


彼は手練れの殺し屋の家に生まれた上、強力な妖術まで使える、殺し屋としては超優秀、世間から見れば超危険な存在へと成長し、今や17歳という立派な青年になったそうだ。

そんな彼には、誰にも明かせないある秘密があった。








「瑞希、次の任務だ」

学校から帰ってきたある日、父からある任務を告げられた。

「…はい」

「資料を読んで、今日の夜には始末しておけよ」

瑞希は掃除の行き届いた畳を見ながら言う。

「…了解致しました」



父から云われた任務の内容は、ある深い山奥に大勢で住んでいる、凶暴なギャングたちを抹殺するというもの。

瑞希は言われた通り夜に家を出て、資料にあった、暗い山奥に佇む、大きな屋敷に着いた。

「……ここか…」

大勢…とは、一体何人程なのだろうか。

瑞希はぼんやり考える。

「…あんまり多かったら…めんどくさいな…」

そう呟きながら、屋敷の中へと入っていった。




 


「___________ギャング…っすかぁー…」

山道を歩きつつ、依頼された際に封筒の中に入っていた資料を見ながら久遠澄春は言う。

「凶暴なギャングなんて、すぐに終わりそうな案件だねぇ」

隣に立つ色白で長身の、こんな時代に不似合いな紅紫色の着物を着た男は、澄春の上司である貴粋紫苑だ。

2人は今宵、自分達の働く霊媒組織(街の何でも屋)に匿名で依頼されていた、山奥に住み着くギャングたちの制圧を行うために、奴らの住む屋敷へと向かっていた。


「しっかし趣味の悪ぃ連中っすね…なんでこんな山奥に屋敷なんて立ててんだっつーか…」

「確かに、ここからだと街へも遠いのにね」

「それほどまでに、警察にバレるのを恐れたのか……」

貴粋は神妙そうな顔をしてそう言った。

「ていうか俺たち霊媒師として活動してんのに、なんでこんなギャング討伐依頼が来るんすかね…」

「それは今に始まったことじゃ無いでしょう〜」



そんな会話をしながらしばらく歩いて行ったところに、2人は山奥に隠すように立つ屋敷を見つけた。

「……ここ…っすね」

澄春が封筒にあった地図と見比べながら言う。

「ここは……なるほど、中々良い屋敷だね。ギャングの溜まり場でなければ是非住み着きたい」

「えっ、こんな山奥にぃ?」

「それが良いんじゃないか、街も見渡させてね」

「えー…、俺は山奥より駅近派っすわー」

そんなことを屋敷前で話していると。


『ッゥァア!!!』



「「!」」

屋敷の中から叫び声が聞こえた。

「叫び声って……えっ、まさか一般人連れ込まれてんじゃ…!」

「…行こうか」

貴粋は顔を顰めて、低い声でそう言った。

「ッはい!」








「誰だテメェ………何しに来た」

ギャングの一人がバッドを持って睨み付けてくる。

「なんか喋れやぁ?」

ガラの悪い男に睨みつけられても、少年は動じない。

「……………貴方達を」

少年が口を開いた。

「あ?」


 

"_________救いに来ました。"





「は?何言って_____」

カチリ。

少年が手持ちサイズの爆弾のピンを外す。

その瞬間、辺りが乳白色のガスで満たされた。

目の前に居た巨体の男たちは次々と倒れ出し、最後には、立っている人間は少年一人となった。


「……これで全員か」

少年は一息つくと、光の無い目を開く。


「 妖術・過誤掃滅 」


 

_____何も変わったところは無い。

否、変わった所は有る。

それが目で見えるものでは無いだけだ。

変わったかどうか。それは今目の前で倒れている巨大な男たちが目を覚ましてからでしか分からない。

しかし、少年がこの妖術を失敗する事は絶対に無い。

なぜなら少年は、__________伊狛瑞希は、殺し屋でありながら、今まで一度も人間を殺したことが無いのである。

にも関わらず、何故全ての任務を成功で終わらせているのか。


答えは単純。敵を妖術で、標的の"悪人"から殺すべきでない"善人"に変えているからである。

悪人というのは、過去に何か"苦痛"を味わったから、悪人になってしまっている。それは絶対なのだ。

だから彼は、目の前の悪人から、そうなるきっかけになってしまった"痛み"を消し、悪人を悪人でなくしている。



_____少年は何時もの様に、人知れず"悪"を消し去り、"善"を増やした。


………そう、人知れず…。



「……」

「……誰ですか?」

瑞希が言う。

_____誰か、居る。

目の前の仕事に気を取られていて気づかなかったが、微かに人の気配が感じられる。

この現場を一般人に見られては面倒なことになる。

しかし、だからと言って罪の無い人間をどうにかする訳にも行かない。


「……何もしません、居るなら出てきてくれませんか」

瑞希は出来るだけ穏やかに、相手が安心できるように、何も見えない暗闇に向かって声を出す。

……出てこない……。…勘違いか……?


「……」


数秒間、張り詰めた空気が瑞希の周りに漂っていた、次の瞬間。


「凄い妖術だねぇ、教えてくれない?」


「ッ…!!」

耳横で声がした。

瑞希の身体は反射的に飛び退く。

「わぁお」

色白で長身の、こんな時代に不似合いな紅紫色の着物を着た男。

「……貴方は…」

一体誰だ。

この自分が気づかない程、長い間気配を消していたなんて、ただ者ではない。

「私?名乗っても良いけど…うーん。」

「まずは君の名前から聞きたいかな」

…食えない男だ、と瑞希は顔を顰める。


「……瑞希…です」

苗字は言えない。

もし彼が裏社会に関係のある人間であれば、自分の正体がバレかねないからである。

「……瑞希、瑞希……あ、もしかして」

「…」

もしかして。その言葉の先に少し怯んで、男の姿を見つめる。

「伊狛?」

ニコ、と人差し指を立てて顔を傾ける男。

「!……な」

何故…バレた?バレるわけがない、バレるわけが無いのだ。なぜなら瑞希が対峙した相手は全員、その事実さえ掃滅されるのだから、誰も"伊狛瑞希"のフルネームを知るはずが無いのだ。


「……」

危険。

本能でそう信号が出ている。

この男とこれ以上話すのは、同じ空間に居るのは、危険だ。

しかし、だからと言って今この場で逃げることは出来ない。逃げれば自分の正体が他人にバレ、こんな事を行っていることがバレてしまう。


「____私の名前は、貴粋紫苑。一介の霊媒師だ」

……霊媒師…?

「……ふむ、それにしても伊狛家次男はもっと殺しに特化した妖術のはずだけど………」

男__貴粋が、小声でぶつぶつと呟く。

「…さっきこの男たちに使ったのは、君の妖術だよね」

「…そうですが」

「私も使えるのだよ、妖術」

貴粋は、ニコリと笑った。

「…そう、ですか」

妖術使いが他にもいるということは瑞希も知っていた。実際に出会ったことは無かったが、特に驚けるところはない。


「………今君、凄い焦っているだろう?」

にこやかに、貴粋はそう言う。

「…!」

「私にこの状況を見られて、対処できなくて焦ってる」

にこり。表情は穏やかであるが、その真意の読めない笑みに背筋が伸びる。

「……」


この男は鋭い。否、鋭いというよりは、全て見透かしたような、透徹した目をしている。

「その対処法、私が教えてあげようか」

「対処法…?」

瑞希は、何を言われるのかと身構える。

しかし放たれた言葉は、思いがけないほどに、少年の心を貫いた。


「君の痛みも取れば良い」


「_____な…」

何故。なぜこの男は、この貴粋紫苑とかいう霊媒師は、此処まで自分の心を的確に狙い撃ってくるのか。狙い撃ってこれるのか。


「見たところ君は、裏社会で有名な殺し屋一家、伊狛家の次男みたいだ。君の妖術は…そうだね、他人の過去の汚点を消すとか、そんな感じかな?」

「…!…全部、バレて…」


「私はこの街の平和と安寧の全てを背負う霊媒師集団の一員でね。立場上、私たちの元には色んな情報が舞い込んでくるんだよ」

…そんなレベルじゃない。そもそも瑞希の事を、一介の霊媒師如きが知ることなど出来ない。この一瞬で全て見透かすなんて、職業柄など関係ない。


「いやぁ、不思議だったのだよ。"伊狛家の次男"、そのことだけは聞くのに、一向に名前と、具体的な殺しの結果を聞かないのだから」

「でも」貴粋が言う

「今日、今分かった。何故名前と結果を聞かないのか……なんとも簡単な話だね、君はそもそも人を殺していなかったのか。」

「……それが、なんなんです」

瑞希は動揺を悟られまいと睨むように貴粋を見る。

「…うーん……違ったらまぁ、ごめんだけど」

 

「君、どうにかしてこの仕事やめたいと思ってる?」

 

_____ッ。

瑞希は瞠目したまま、一瞬固まった。

「…おや、なんだか当たりっぽいね」

…その通りである。瑞希はこの仕事を辞めたいと、ずっと前から思っていた。


殺しをしたくなくて、今はこのやり方でなんとか成果を上げてきている。

こんなやり方で仕事をし始めたときは、過去を変えるなど、なんて自分は酷いのだろう、という罪悪感に塗れていた。

その罪悪感が、今もあれば良かったのだ。

だが近頃は、最早罪悪感どころか、躊躇いすら無い。


一族が、殺しをなんの躊躇もなく行ってきたように、自分は、人の過去を殺すことに、なんの躊躇いもなくなってきている。

それが怖かった。いつか、人の人生などどうでも良く思え、その人からなにかを削り取ることを、当たり前のように行っていくようになってしまえば、それはもう、人間の所業では無いのではないか。

自分は、こんな人間になりたくないと思った者たちと、同じになってしまうのではないか。


だから考えていた。どうやって、殺し屋をやめようかと。家へは、その人物を"殺した"という結果が伝えられている。なので、一族の中でもトップレベルの実力と成果を残してしまっている今の自分が、簡単に殺し屋を辞めることなどできない。

 

やめればそれは、一族への裏切り。

ややもすれば、自らの命すら危うい。



「_____そうです。僕は、殺し屋を辞めたい」

ならば。だから。

一族から追われ、殺されるくらいなら。

自分が自分で、無くなってしまうくらいなら。

「___貴粋、紫苑さん。」

「なに?」

ヒュウ、と軽く息を吸って、口を開く。


「僕を、殺してくれませんか」


「…!」

人の人生を自分勝手に変えてしまうような人間は、この世界に要らない。

ただ殺し屋をやめて、生き延びては、今まで過去を改変してきてしまったの人々に悪い。

それならいっそ、"殉職"と一族へ伝達が行った方が、何倍も良い。


"伊狛瑞希の死"。

これが、全てが片付く、一番の方法だ。


「_____君はそれで、本当に良いの?」

貴粋が目を細めて、瑞希の瞳を見る。

「構いません。僕みたいな、善人の皮を被ったただの浅ましい人間は、死ぬべきでしょうから」

瑞希が彼に銃を渡す。


「…これで、私に撃てと」

「貴方は犯罪者にはなりません。安心してください」

瑞希が死んでも、立場的に、一族が警察に捜査を願ったりすることは無い。つまり、ここで瑞希が誰に殺されたかなど、誰も調べない。ただ死んだ、それだけなのだ。


覚悟の決まった強い目で、美麗な男を見つめる。

「……まさか、ただの詰まらないギャング討伐依頼で、殺し屋の自殺幇助をする羽目になるとはね。」

そう軽く笑い、貴粋は瑞希に銃口を向ける。

「言い残すことはあるかな?」

瑞希は少し考えて、目を伏せて言う。


「……生まれ変わったら、本当の意味で人を救える人間になりたい」


「…!」

貴粋は一瞬だけ目を開くと、直ぐに顔を伏せる。

「…………そうか」


パァン、と乾いた音が鳴った。

瑞希は、その場に倒れた。






 


 

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