もう、あの夢を見ることはない

ひぶうさぎ

もう、あの夢を見ることはない

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 それは、私の心の奥底に眠っていた記憶。

 目を逸らし続けて、忘れ去ろうとしていたもの。







 それは、かつて私が体験したPK戦の夢。

 90分間戦い抜いた末、私達と相手のチームのスコアは0-0、スコアレスドロー。

 PK戦でも依然として引き分けの状態が続き4-4となり、次のキッカーは私。


 敵味方問わず誰もが見守る中。

 私は左隅に向けてボールを蹴る。


 しかしそのボールは無情にも枠から外れ、相手チームからは割れんばかりの歓声。


(やってしまった)


 私の心中はそれで一杯になった。

 しかし、俯く暇もなく、次のキッカーにボールが渡る。


 私は願う、外せ、と。

 私達は願う、止めろ、と。


 だが、ダメだった。


 次の瞬間に相手のキッカーが蹴ったボールは、無常にも右上のネットに突き刺さったのだ。

 これは全国大会への切符がかかった大事な1戦だったのに。


 私の一つのミスが皆のチャンスを潰した。


 そう思った途端に私は自責の念に駆られたが、チームメイト達は誰も責めなかった。

 その優しさが嬉しくて、でも苦しくて苦しくて仕方がなかった。


 誰でもいいから、私を責めて欲しかった。







 そして、いつもこの場面で目が覚める。

 今日もそうだったようで、私のパジャマは汗でびしょびしょだ。

 やっぱりこの夢は下手な怖い夢よりもよっぽど怖い。


 この後私が責められることはなかった。

 しかし結局私は雰囲気に耐えかねて自分が悪いと謝ってしまい、仲間達に「お前のせいじゃない」と言わせてしまった。

 その優しさが嬉しくて、でも苦しくて仕方がなかったのだ。


 キーパーだった奴にも「俺が悪かった」と言わせてしまい、やっぱり申し訳ない気持ちになった。


 今では、私もあいつも立派な普通の社会人。

 ここ暫くの間は連絡をとっていないが、多分普通に暮らしているのだろう。


 ……久しぶりに会ってみてもいいかもしれない。

 あいつに相談すれば、ここ最近ずっと見ている夢を見なくなる方法が分かるかもしれないし。


 そんな事を思いながら、私は近くの机に置いてあったスマホを手に取った。




 幸い連絡がつかないということはなく、私は彼に連絡を取ることが出来た。

 どうやらあいつも私と同じようにあの時の夢で悩まされているらしく、休日に飲みに行くことになった。


 まさかあいつも私と同じ事に悩まされているなんて。

 それは考えもしていなかったことだったので、私は少しだけ驚いた。







 そうして迎えた休日。

 私の方が先についたらしく、店の中に彼の姿は見当たらなかった。


 ただ、別に早く来すぎたという訳でもないので、数分くらい待つと彼がやってきた。

 流石元キーパーと言うべきか、やはり彼の背は周りと比べても高い方だ。

 実際、店にいた人々は彼の方を見て驚いている。

 勿論、大きな反応を見せている訳ではないので、本当に驚いているのかは分からないのだけれど。


「よっ」

「相変わらず背が高いな」

「お前は相変わらず背が小せえな」

「数年ぶりの再会でそんな事言うか? それ今だに気にしてんだよ」


 ……挨拶のついでに背の小ささについて言われてしまった。

 高校の頃に散々愚痴っていたから、忘れっぽい彼といえども、流石に忘れていなかったのだろう。


 会うのが本当に数年ぶりくらいだったので話しにくいかと思ったが意外とそうでもない。

 高校時代の話や今の職場の話など、話題が中々尽きなかった。


 しかし、本題はこれではない。

 前座だけで既に何時間も経ってしまったが、私達には解決したい事がある。

 そう、あのPK戦の時の夢だ。




 だが、私はどうしたらいいのかはなんとなく察しがついている。

 それは目の前の彼も同じだろう。


「分かってるよな?」

「ああ」


 よし、なら大丈夫だ。

 じゃあ遠慮なく行かせてもらおう。


「あの時のPK戦、1本くらいは止めれたろ?」

「いやいや、お前が5本目を外したのが全ての原因じゃねえかよ」

「確かにそれはそうかもしれないけど、キーパーなんだからゴール守れよ!」

「PK戦はキッカーが圧倒的に有利だって分かりきってるだろ!」

「キッカーにはキッカーのプレッシャーがあるんだっての」


 あの夢を見なくなる方法。

 それは一人で抱え込もうとしないことだ。


 今の口論はただの責任のなすりつけ合いでしかない。

 だが、私達にとっては10何年抱え込んだ想いをぶつける事ができるいい機会だ。


「……勝ちたかったよな」


 激しい責任のなすりつけ合いが終わった時、彼はこう言葉溢した。


 そう、勝ちたかったんだ。

 でも、互いに自分のせいで負けたと思ってる。

 だから、自分を責めてくれる人間が欲しくてたまらなかったんだ。


だって、勝ちたかったよ」

「卒業してからカッコつけて一人称変えてたお前が『俺』って言うなんて珍しいな」

「うるせぇ」


 今日、俺達はやっと責めてもらえた。

 おそらく、もうあの夢を見ることはないだろう。

 責めてほしいだなんておこがましい願いが互いに叶ったからだ。


 これで安心して眠る事が出来る。

 もう、あの夢は見ない。







「そういや、今年の選手権でうちの高校が全国に行ったらしいぜ」

「マジか、確認してないから分からなかったわ」

「それでな、俺らの代のPK戦が地上波で流れたらしい」

「……は?」

「お前が外したとこ、録画してるからな」

「ふざけんなよ」

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