第17話

「……よし、そろそろ行こうかな」



 凛莉さんとカップルになった数日後、私は出かける準備を整えていた。と言っても凛莉さんとのデートというわけじゃない。恋斗さんとの件に決着をつけにいくのだ。私にはもう凛莉さんという最愛の人がいるからもちろん告白は断るけれど、それだけじゃやっぱり満足出来ない。だからこそ、考えていた事を実行するのだ。



「とりあえず凛莉さんには一言いってから行かないとね」



 部屋を出てからリビングに行くと、そこにはテーブルの拭き掃除をしている凛莉さんがいた。



「凛莉さん、そろそろ行ってきますね」

「ん、ああそんな時間か。わかった、夕飯は美味しいの作っておくからしっかりやっといで」

「はい、もちろんです。それじゃあ……」

「美音、行く前に」

「はい、わかりました」



 クスリと笑ってから私は凛莉さんのハグを受け止めた。あの日から私のトラウマ払拭のために少しずつスキンシップを増やして、時には一緒に寝てみたりするようにしたのだ。まだまだ恥ずかしい時はあるけど、それでも相手が凛莉さんだからこそその恥ずかしさも少なくて済んでいる。本当に凛莉さんの存在には感謝しかない。



「よし、元気をチャージしたので頑張れそうです」

「アタシも美音が帰ってくるまでなんとか頑張れそうだよ」



 いつもの凛莉さんからは中々出てこないような言葉が出てきて私はクスクス笑ってしまった。



「凛莉さんって本当は結構甘えん坊ですよね。なんだか可愛いかも」

「可愛いのはアンタの方でしょ。というか、そろそろ一緒に風呂くらいは入ってよ。愛奈とは入ったくせに」

「あれは愛奈さんに無理矢理連行されただけですから。でも、考えておきますね」

「ああ。それじゃあいってらっしゃい」

「はい、いってきます」



 手を振りながら言った後、私は玄関に向かってそのままドアを開けた。一応愛奈さんに教えてもらったメイクをしているし、服装だって愛奈さんと友美さんが見立てたもので、凛莉さんからも太鼓判を捺されたものだ。これだけ見るとデートに行こうとしているように見えるかもしれないけれど、私からすれば過去との決別のための外出、言うなれば戦だ。そのために服装やメイクを整えるのは当然だろう。



「終わらせないと……このトラウマを」



 恋斗さんとの待ち合わせ場所は街の中心にある犬のモニュメント。そこは色々な人が待ち合わせ場所として活用しているらしく、恋人達が集まる場所でもあると前にテレビで見た事がある。そこを待ち合わせ場所にする辺り、恋斗さんは今日を私とのデートみたいに考えているのかもしれない。



「なんというか、幼稚な考え方だなあ……」



 そんな事を考えながら歩くこと数分、例の犬のモニュメント、従犬バッチコイまで来てみると、そこにはおしゃれな服装をした恋斗さんがいた。



「いた。まあ私が言えた事じゃないけど、本当に気合い入った格好してるなあ」



 彼にとっても今日は勝負の日なのだろうが、その勝負はする前から負けている。だからこそ、それをしっかりとわからせてあげないと。



「恋斗さん」

「あ、由利さん」

「お待たせしてすみません」

「僕もいま来たところだから」



 恋斗さんは柔和な笑みを浮かべながら言う。一応待ち合わせ時間の30分前には来たつもりだけど、彼はもっと前から来ているのだろうし、どんなに前から待っていてもこのセリフを言うつもりだったのだろう。


 相手に気遣わせないという点はポイント高いのだろうが、明らかな定型文なのはポイントが低い。もう少しオリジナリティーがほしいと思うのは贅沢ではないと思う。



「今日は会ってくれてありがとう。この前の告白の答えを今日聞く事が出来るってことでいいのかな?」

「はい、そのつもりです。それじゃあ行きましょうか」

「うん」



 そして私達は歩き始める。答えを言うだけならすぐに言えばいいのだけど、恋斗さんのお義母さんである太子編集長に告白の答えを言うためのセッティングをお願いした結果、少しの時間だけでも恋斗さんと出掛けてほしいとお願いされたのだ。そのお願いを聞く必要なんてどこにもないのだけど、太子編集長には色々お世話になっているし、恋斗さんはとある物を抱えていて私なら問題ないとのことだったので私はそのお願いを聞く事にしたのだ。



「この前義母さんに見せていた作品の進捗はどう? 義母さん達からはもう一つ欲しいと言われていたけど」

「それについては私なりの答えを出せたと思うので大丈夫です。同居人、凛莉さんや凛莉さん関連で知り合った人達にも読んでみてもらってますし」

「凛莉さん……ああ、この前一緒にいたあの人か。なんというか、カッコいい人だよね。サバサバとしてる感じで物事をキッパリと言いそうな雰囲気があったし、男の中ではああいう人を疎む奴はいると思うけど、僕はああいう女性もいいと思うよ」

「そうですか」



 どうやら凛莉さんに対して悪い印象は抱いていないようだ。だけど、凛莉さんの本質には気づいてないようだし、気づいてそこに惚れたとしても私は凛莉さんを渡す気はない。



「そういえば恋斗さんのお仕事はなんですか? この前は聞き忘れましたけど」

「僕は『KAGOKAWA』とは違う出版社に勤めていて、編集長としてなんとかやれてるよ。ただ、あの日以来女性と接するのが少し苦手になってしまってね。恋愛対象は女性ではあるんだけど、義母さんみたいに親しい女性以外と接しようとすると変に緊張するというかあの日の出来事がフラッシュバックしてうまく話せなくなるんだ」

「自業自得ではありますよね、それ」

「あはは、まあね。でも、こうなったのは仕方ないと思ってる。それだけの事をしてしまったわけだし、由利さんだってあの日の出来事はあまり思い出したくないよね?」

「そうですね。事情はあったとは言え、クラスメート達の前でスカートをめくられたわけですからやっぱり今でもそれを思い出すだけで辛いです」

「うん、そうだよね……」



 私達の間に重い空気が流れる。どうやら恋斗さんもあの日の出来事がトラウマになっているようだけど、さっきも言ったようにそれは自業自得だと思う。だから、私は彼を庇う気はない。


 そうして私達はお昼を食べたりショッピングモールに行ったりしてのんびり時間を過ごした。その間も恋斗さんは私を退屈させないように色々話しかけてくれたり面白そうなものを探してはそれを教えてくれたりした。そういうところはしっかりしてると思うし、あの日の出来事がなければ私は改めて恋斗さんを好きになっていただろう。



「そんな事を言ってもしょうがないけどね」



 そして夕方ごろ、私達は待ち合わせ場所にしていた従犬バッチコイのところまで戻ってきた。周りには色々な人がいて、これから会うために待ち合わせていた人やデートの余韻を楽しむためにのんびりしている人まで様々だった。



「いっぱい人がいますね」

「うん、そうだね。さて、そろそろ返事を聞かせてもらってもいいかな?」



 恋斗さんが真剣な顔をする。その目から恋斗さんの真意は感じ取れない。けれど、どこかで期待はしているのだろう。



「太子恋斗さん、あなたがあの日の事を反省していて、しっかりと私と向き合った上でどうにかしようとしてくれているのはわかりました。その気持ちはとても嬉しいです」

「うん」

「でも、ごめんなさい。私はあなたとは付き合えません」

「そう、か……」



 恋斗さんは哀しそうな顔で言う。でも、その表情はどこかこの答えを予想していたようにも見えた。



「そう言われるのもしかして予想してました?」

「うん、実はそうなんだ。付き合えないのは僕の事をまだ許せないのもあるけど、あの凛莉さんと付き合ってるからなんだよね?」

「はい。この前から付き合い始めました」

「やっぱりそうか。二人の雰囲気がどこか普通の友達って感じがしなかったからそうなのかなと思ったんだ」

「それがわかっていながら今日会おうと思ったんですか?」



 恋斗さんは静かに頷く。



「少しだけでも希望を持ちたくてね。でも、予想していた答えが来て少しホッとしてるところもあるんだ。君を幸せに出来るのは僕じゃなくてあの人だと思うから」

「恋斗さん……」

「由利さん、改めてあの時はごめん。そして今日は会ってくれてありがとう。本当に嬉しかったよ」



 恋斗さんは嬉しそうに笑う。これだけなら過去の恋愛の清算という綺麗な想い出で終わる。でも、そんなことで終わらせるわけにはいかない。だから。



「恋斗さん、これで終わりではないですよ」

「え?」


 恋斗さんが驚く中で私は恋斗さんに近づいた。そして反応される前にベルトを手早く外して、ズボンに手を掛けてそのまま勢いよく引きずり下ろした。



「えっ……?」



 ズボンが脱げて下着を公然に晒した状態で恋斗さんは呆け、周りの人達は突然の事に驚いたりクスクス笑ったりしていた。



「恋斗さん、あの日の事はこれでチャラにしてあげます。それじゃ!」



 そして恋斗さんを放っておいて私は家に向けて走り出す。私が考えたのは、私が味わった恥ずかしさを恋斗さんにも味わってもらうという事だ。あのまま綺麗になんて終わらせたら私の溜飲が下がらない。だからこそ、スカートめくりの代わりにズボンを下げて恥ずかしい思いをしてもらう事にしたのだ。



「我ながら幼稚だなあ……まあでも、スッキリしたしまあいいか!」



 楽しくなってクスクス笑いながら私は家に向けて走り続けた。そして数分かけて家に着いた後、私は勢いよく家のドアを開けた。



「ただいまー!」

「おかえりー」

「おかえりー」

「おかえりなさーい」

「はい、ただい……え?」


 明らかに凛莉さん以外の声が聞こえて私は驚きながらリビングに駆け込む。すると、そこには愛奈さんと友美さんの姿があった。



「え……二人ともどうして?」

「美音の今日の成果を聞きに来たのとお夕飯をごちそうになりに来たのよ。明日は休みだしね」

「私も同じ理由だよ。凛莉ちゃんにお呼ばれしてね」

「せっかくだからみんなで食べた方が楽しいからね。ほら、早く手を洗ってきな。すぐに夕飯は出来るからね」

「はい!」



 私は元気よく答えてから洗面所に行った。その後、私達は楽しく話をしながらご飯を食べた。まだ完全に過去に決着がついたわけじゃない。でも、少しだけ私は前に進めたはずだ。



「このまま進もう。私の未来へ」



 みんなとのご飯を楽しみながら私は自分に誓った。

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