第2話
「ん~……! これも美味しい~……!」
「だろ? じゃんじゃん食べなよ?」
「はい! って、そうじゃなくて!」
お昼に凛莉さんが作った美味しい
「どうした? もうお腹いっぱいかい?」
「あ、いえまだ食べられ……」
「それとも」
凛莉さんが私に顔を近づけ、鼻先を舌でペロリと舐めてくる。
「んうっ……!」
「ふふ、可愛い声出すじゃないか。そんなに可愛いと今度はアタシが味を見たくなってしまうよ」
「そ、それって……」
「言わなくてもわかるだろ?」
凛莉さんの目が妖しい輝きを放つ。このままではいけない意味で“いただかれる”。
「と、とりあえず! 共同生活に関してはもう仕方ないと考えますから、それはしっかり手続きをしてください」
「ああ、もちろん」
「ただ、その……エッチなのは少し苦手というか……」
言いながらも少し照れてしまう。昔から性的な物は少し苦手で、それを口にするだけで照れて顔が赤くなってしまうのだ。
「ふーん……アンタ、結構うぶなんだねぇ。それじゃあオトコが出来たこともないのかい?」
「な、ないですよ! それに、私を好きになる人なんていないですし……」
「へえ……それじゃあアタシがその第一号になってやろうか?」
凛莉さんがハスキーボイスで言う。当然私の恋愛対象は女性ではない。でも、その少しかすれたハスキーボイスで言われるとドキドキはしてしまうし、その言葉をつい本気にしてしまいそうになる。
「り、凛莉さん……」
「アタシに身を任せてくれるなら、すぐにでもアタシのトリコにしてやるよ。さあ、どうする?」
「そ、それは……」
女性でもいいから美音さんに身体を許してしまおうか。そんな風に思わせてくる辺り、凛莉さんはやはり魅力的な人なんだろう。でも、それに流されてはいけない。しっかりと私が手綱を握るのだ。
「そ、それはさておき!」
「あ、さておかれた。まあいいけど、そういえば仕事は物書きだったよね? それは順調なのかい?」
「実はそうでもなくて……少し煮詰まってるとこなんです」
「へえ、どんなの書いてるのさ」
「う……」
言えない。エッチなのが苦手なのに、編集者さんに乗せられてラッキースケベな女主人公がヒロインの女の子と意図せずにイチャイチャすることになるラブコメを書いてるなんて言えない。
「ら、ラブコメ……的なものを……」
「そうなのかい。アンタ、そういうの苦手そうなのによく書いてるね」
「編集者さんに乗せられて……」
「編集者に?」
「そうなんですよ!」
私はそれに気づいた時の怒りを思い出しながら声をあげた。
「おおう……」
「最近の流行りはラブコメで、それを書くためにあなたは生まれてきたくらいにラブコメ向きの文体をしてるんですなんて鼻息荒く言うのでそれをつい本気にしてしまって……!」
「アンタって結構調子に乗りやすいほうなんだね。そういうのは相手を乗せるための言葉なのはわかりきってるだろ」
「うぅ……」
ごもっともだ。凛莉さんの言葉に軽くシュンとしていた時、インターホンが鳴る音が聞こえた。
「おや、お客さんかい」
「この時間だと……編集者さんかも。いつもこの時間帯に打ち合わせをしてい……あっ!」
「ん、どうした?」
「凛莉さんの件、どう話したらいいんだろ……」
雨の日に拾った同居人ですと話せばいいのかもしれないけれど、正直それで納得してくれるかはわからない。編集の
「うぅ……なんて話せば……」
「普通に話せばいいと思うけど、そういう問題じゃなさそうだしねぇ。それならアタシの事をホームキーパーって説明するのはどうだ?」
「ホームキーパーって家政婦みたいなものですよね?」
「ああ。同居人でありホームキーパーって感じの説明すれば別に大丈夫だろ」
「なるほ……ん?」
「そうと決まれば早速出迎えてくるかね」
凛莉さんはやる気満々で玄関へと向かう。ただ凛莉さんは気づいてない。それだと同居人というかは住み込みという言葉が正しいかもしれないことに。
「凛莉さん、ストーップ!」
慌てて私は止めに行く。けれど、時既にお寿司。じゃなく遅し。玄関のドアは開けられていて、凛莉さんと塔子さんが対面してしまっていたのだ。
「あ……」
「お疲れ様です、由利先生。この方はどなたですか?」
「えっと、それは……」
「同居人兼ホームキーパーの太刀川凛莉です。昨日からここに住まわせてもらっています」
「由利先生に女性の同居人……!」
呟いた塔子さんの眉が動き、掛けていた銀縁のメガネの奥の目がキラリと輝く。その瞬間にこれはまずいと思ったけれど、塔子さんはコホンと咳払いをした。どうやらなんとかなったらしい。
「まあ由利先生の私生活に口出しをする気はないのでそこは構いません。ただ、その場合は住み込みの家政婦という言い方の方が正確かと思います」
「あ、なるほど。それはたしかにそうですね」
「とりあえず予定どおりに本日の打ち合わせをさせていただきますね」
「あ、はい」
おじゃましますと一言いってから塔子さんが上がってくる。そしてリビングに来てもらった時、まだ食べかけのご飯が残っているのを思い出して私はハッとした。
「す、すみません。いまお昼ごはんを食べてたので……」
「まあご飯時ですからね。こちらは家政婦の太刀川さんが?」
「はい。美音ってば美味しい美味しいって言ってバクバク食べてて」
「だ、だって美味しいから仕方ないですよ!」
「じゃあその分のお給料くらいはもらっていいよな?」
凛莉さんが私のアゴに手を当てる。そしていわゆる顎クイの形で軽く持ち上げると、顔をゆっくりと近づけてきた。
「あ、え、えーと……」
「アタシは家政婦なんだから給料を貰うのは当然だ。その給料を美音はどんな形で支払ってくれる?」
「そ、それは……」
「金かい? それとも……アンタ自身で支払ってくれるのかい?」
「り、凛莉さん……」
私を見つめるその目が妖しい輝きを放つ。ただ、その奥に少しだけ何か暗いものがあるように思えた。
「凛莉さ……」
「き……」
「え」
その声を聞いて私達はそちらに顔を向ける。そこでは塔子さんが拳を握りながらプルプル震えていた。
「あ、ちょっと悪ふざけが過ぎたか……?」
「いえ、そうじゃなくて。いや、過ぎたのは間違いないですけど……」
「え、どういうこ――」
「キマー!」
塔子さんが叫びながら天を仰ぐ。その顔は見えてないけれど、きっと白目を向いていることだろう。
「み、美音……編集者さん、どうしたんだ……?」
「興奮と歓喜のあまり、たぶん絶頂してますよ」
「え?」
「とりあえずどうにか運ばないと……はあ、やっぱり供給過多だったかあ……」
ため息をつきながら私は立ち上がる。そして塔子さんを運ぼうとした時、凛莉さんはわけがわからないといった顔でボーッとしていた。
「お、おい……どういうことなんだい?」
「まあ先に説明しておいた方がいいですかね。塔子さん、ちょっとあれなところがあって、今みたいな供給を受けすぎると興奮が頂点に達してしまうんです」
「今みたいな、供給……?」
「はい」
私は予想通りに白目を向いている塔子さんを見ながらため息をついた。
「塔子さん、編集者であり重度の百合オタクなんです」
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