第二話。果てしない待ち時間、そして温かい励まし

七海が待つロビーは、広々とした空間で、天井が高く開放感にあふれていた。壁には大きな窓があり、外からの自然光が差し込んでいる。日差しは柔らかく、時折、雲がその光を遮ると、ロビーは一瞬薄暗くなる。時計の針が進むにつれて、七海の心の中にも不安が広がり、焦燥感が募っていく。


ロビーの中央には、大きなソファが配置され、周囲にはいくつかのテーブルが置かれている。時折、来客が入ってきては、受付の女性と軽く挨拶を交わし、すぐにエレベーターへ向かっていく。彼らの足音が静かに響き、七海の耳にはその音が不協和音のように感じられる。彼女は、周囲の人々が自分とは無縁の世界にいるように思えて、ますます孤独感が深まっていた。


受付の女性は、かつてデザイナーとしての夢を抱いていた。若い頃、彼女はファッションデザインを学び、名門のデザイン学校での厳しい競争を勝ち抜いてきた。卒業後、憧れのブランドでのインターンシップを経て、ようやく正社員として採用された。しかし、彼女が夢見ていた華やかな世界とは裏腹に、業界の厳しさに次第に直面することになる。


彼女は、初めは一流のデザイナーになる夢に心を躍らせていた。しかし、長時間労働や厳しい競争、そしてクリエイティブな自由が制限される現実に疲れ果ててしまった。特に、彼女が手がけたデザインが上司の意向で変更されたり、評価されなかったりすることが多く、自分の作品が認められないことに苦しむ日々が続いた。彼女は「私のデザインは本当に価値があるのか?」と自問自答することが増え、次第に自信を失っていく。


また、業界内での競争が厳しい中、親しい友人たちが次々と成功を収めていく姿を見て、彼女は自己評価が低下していった。彼女は「自分には才能がないのかもしれない」と思い始め、夢を追い続けることへの自信が揺らいでいった。次第に、彼女は自分の未来に対する希望を失い、デザインの道を諦める決断を下すことになった。


辞めた後、彼女はしばらくの間、心の中にぽっかりと空いた穴を感じていた。夢を追いかけることの楽しさや、創造する喜びを失ったことで、彼女は自分の人生の方向性を見失ってしまった。友人たちの成功を祝う一方で、彼女の心には深い孤独感と喪失感が広がっていた。


しかし、時間が経つにつれ、彼女は新しい道を見つけることができた。人と接することが好きだった彼女は、受付の仕事を通じて多くの人々と出会い、彼らの夢を応援することに喜びを感じるようになった。最初は、デザインの世界を離れたことに対する後悔が心の中に残っていたが、次第にその思いは薄れていった。


ロビーの中で、七海の姿を見つめる受付の女性は、自分の過去を思い出すことが多くなっていた。七海の一生懸命な姿勢や、夢を追いかける純粋な情熱は、まるで若い頃の自分を映し出しているかのようだった。彼女は、七海がデザインの道を歩むことを心から応援したいと思った。


「来客中」のアナウンスが流れるたび、七海は時計に目をやる。針が進むごとに、彼女の心は重くなっていく。周囲の人々は、彼女にとってまるで異世界の住人のように感じられ、孤独感が深まっていく。彼女の心の中では、長い間抱いてきた夢が、現実の波に飲み込まれそうになっていた。


しかし、受付の女性の励ましの言葉は、七海の心の隙間に少しずつ温かさをもたらしていく。彼女は、七海に対して優しく声をかけた。「デザイナー志望なの?」その問いかけには、彼女の温かい気持ちが込められていた。七海はその言葉に勇気をもらい、自分の夢を改めて思い描くことができた。


七海がコーヒーのおかわりを頼むたび、受付の女性は微笑みを浮かべ、少しずつ彼女との距離を縮めていった。「本当によく粘るわね?(笑)」彼女の言葉には、皮肉ではなく、感嘆が含まれていた。その言葉は、七海にとって小さな励ましとなり、彼女の心を温めた。


そして、受付の女性は低い声で、ため息混じりに漏らした。「先生も勝手な人なのよ!いつもこうなの。予定時間なんて関係ないみたいで…」その言葉には、長年この事務所で働いてきた女性ならではの、経験と、少しの諦めが混じっていた。しかし、その視線は、七海のキャンバス地のトートバッグに留まった。


彼女は、かつての自分を思い出していた。若い頃、自分も夢を追いかけていた日々を。彼女の心の中には、デザイナーとしての情熱が今でも生きている。七海の姿を見ていると、彼女は自分の夢を再確認するような気持ちになり、自身の未練を少しずつ解消しているのだ。


七海は、受付女性の言葉と温かい仕草に、大きな勇気と励ましを得た。彼女は一人ではないのだと、この小さな優しさが、彼女の孤独な闘いを温かい光で照らしている。時間の流れと行きかう人々の波の中で、彼女たちの間には小さな奇跡が生まれていた。


結局、七海は待ち続けることを決意した。周囲の時間の流れは変わらないが、彼女の心の中には新たな希望が芽生え始めていた。受付の女性もまた、自分の過去を思い出しながら、七海の夢を応援することで、自身の人生に再び意味を見出しているのだ。彼女たちは、夢を追い続ける仲間としての絆を結んでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る