夏の終わり
@garizou#wisky
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。この夢を前に見たのはいつだったのだろうか。今となってはそれもわからない。夢の内容もすでに靄がかかっており今となってはわからない。ただ9回目ということだけははっきりと確信を持っている。この人生の中で9という数は自分の中で大きな数であった。9という数が1けたの数の中で一番大きいのは当然だとしても9という数に触れることが多かったように思う。学校のテストではいつも9番目だった。トップテンに入ってはいるから周りからは賞賛を浴びるがトップではなく中堅のようなポジションに落ち着いていた。頭がいいのはわかるが天才ではない。そんな評価が定着していた。部活動でも9という数字がついて回った。8位より上は表彰され、それより下は何もない。自分は8位と9位を行ったり来たりしていた。8位で表彰され喜び、9位で静かに帰る。最後の大会の日、私は18位で次の大会への切符を手にし、友達は19位で夏が終わった。18は9の倍数であるし19は一の位が9だ。9という数字はやはり他にはない魅力があるのだと思う。9と言う数字は一桁の数としては先に述べたように最大だ。また9と言う数字は避けられる傾向にある。苦しみにつながるからだ。ただ自分は9と言う数字が苦しみにつながるかといわれたらそうは思わない。9と言う数字は大きな区切りでありそこで左右されることは仕方がないことであるからだ。悪い評価になった時私たちは結果を下したものを恨むだろう。結果として9という数は区切りの数であり喜ばれたり恨まれたりするのは必然的だろう。それだけ9と言う数が私たちの生活において身近な数なのだろう。
彼は水が欲しいと言った。私はコップに水を注ぎ彼に飲ませた。口の端から水がこぼれ落ちる。未来を示唆しているようで私は少し怖くなった。疲れているようなので彼の元を辞すことにした。
次に話が聞けたのは3日後の午後だった。なぜ3日も間が空いたのか。もちろん私は彼の元に出向いたのだが彼は夢の話を全く覚えていなかった。私からメモを見せたのだが彼は覚えていなかった。嘘をついている様子もなかったし、第一彼は嘘がつける人間ではない。夢の話をするとき彼はどこか虚ろな表情をしていた。私は過去を懐かしむ表情でない彼に少し違和感を持ったからこそ気付いたことだ。おそらく何かの条件があるのだろう。そしてその条件が満たされたとき彼は話し始めるのだろう。
フルーツの詰め合わせを持ってきた私を見ると嬉しそうな顔をした。彼はぶどうを食べたいといった。葡萄、紫色に関係があるのかと私は思いを巡らせる。たわいない話をしながら葡萄を食べる。意識は上の空だった。「夢の話が気になるのかい。」私はとっさに言葉を返すことができなかった。「気になります。」絞り出すようにして呟いた言葉に対し彼は「そうか。」とすこし嬉しそうな悲しそうな切ない表情をして語り始めた。
ここからの会話はメモに残していない。私は残すべきではないと感じたからだ。ただ、彼の人生からは得るものがたくさんあった。そう書き残しておく。
9月のある夕暮れ私は喪服を着て火葬場に立っている。肉親とも疎遠だった彼の葬式に出ているのは私だけだった。遺骨を引き取り砕いて海にまいた。生前彼は故郷の海に死んだら返して欲しいと言っていた。私が了承の意を伝えると一言「ありがとう」と彼ははっした。波の静かな音が私の心を揺さぶる。あたりは人の姿もなく静謐さに包まれていた。
という夢を見たんだよね、と私は記者仲間であるRと話す。「私も似た経験したことがある。」と彼女も返す。「一緒に取材したじゃない。」待て私が今まで体験してきたことは夢ではなかったのか。次に覚えていたことは見慣れた天井だったのだぞ。もし現実だったとしたらなぜ記憶にブラックボックスがあるのか。「何おかしなことを言っているのよ。一緒に写真まで撮ったじゃない。」食い入るようにして覗き込んだ先には私は写り込んでおらず彼女と彼しか写り込んでいなかった。私は考えを巡らす。そしてあることに気づいてしまった。背中から汗が噴き出す。真っ青になった私を見て「大丈夫、体調悪いの。もし悪いのなら・・・」と話しかけてくるが私はそれどころでなかった。私が夢の中で話を聞いていた人は霊能者と名乗っていた。彼はこの体も借り物だと一人で呟いていた。おそらく私に聞かせる気はなかったのだろうが私は聞いていた。今になって思い出した。彼は冗談で一緒に夢を共有した人とは入れ替わることができるとも言っていた。私は冗談だろう。夢のせいでおかしくなってしまったのかもしれないと聞き流していたのだがもしそれが本当ならまずいことになる。乗っ取られてしまうのか。私はRにそのことを伝えようとした。しかし口をあけなかった。いやひらけなかったというべきだろうか。私は彼の目の前にいたからだ。周りを見渡しても誰もおらずしかも夢で見た場所に移動していた。
「あなたとはいい関係を築けたと思ったのに。その好奇心がなければ長生きできたな。体も替え時だし入れ替わるか。」動けない私に彼は近づいてくる。手が頭に触れる前に見たのは窓際に置かれたバスケットの葡萄だった。
これを読んだあなたも是非ペンを握ってみてはどうだろうか。
高評価・レビュー宜しくお願いします。
おまけ
開けなかった。 開けなかった。
あけなかった ひらけなかった
一緒なこと知っていましたか?
夏の終わり @garizou#wisky @garizou
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