あの夢を見たのは、これで9回目だった。【KAC20254】

朝比奈爽士

第1話

「あの夢を見たのは、これで9回目だった」


 街外れの小さな喫茶店。十人ほどの団体で訪れれば、あっという間に飽和してしまうような店のボックス席に、僕らは押し込められていた。


 上述の言葉は僕ではなく向かいの彼が言った言葉だ。ここではプライバシーに配慮するという観点から、彼をSとでも呼ぼうか。僕はEで構わない。


「また、あの夢かい」


 僕がぶっきらぼうにそう言うと、Sは僕をにらむように言った。


「分かってないんだよ、君は。全く同じ会話、同じ人間、同じ景色を見る地獄を!」

「悪かった、配慮が足りなかったようだね」


 僕ら以外に人気ひとけが感じられない喫茶店には、Sの狂ったような怒鳴り声がよく響く。さながら夜の空にドーンと響く花火の轟音のようだ。


 Sは僕に怒鳴ったところで無駄だと感じたのか、それとも怒鳴ったことで落ち着いたのか、とにかく静かになった。


「それで?何か変わったところはあったかい」

「最高だね。何にも変わってなさすぎて」

「そうかい、それは良かった」


 Sはコーヒーカップを手に取ったまま、時計を見つめる。本来ならばチクタクと音を奏でるはずの針は、完全に静止しているようだった。


 ここは喫茶店のはずなのに、僕ら以外の生命体はいない。客どころか従業員すらいないここは、なんて都合のいい場所だろう。


「なあE、なんとかならないのか?」

「君はここに来るたび、同じことを言うね。そろそろ学習したらどうだい」

「夢の中の記憶なんて、目が覚めたら散るものだろ」


 Sは僕の物言いに腹が立ったようで、ぷいと窓のほうを向いた。僕はと言えば、川に流される葉っぱのように、運命に身を任せる。

 

 ここで自由に動くことができ、自由に話すことができるのはSだけなのだ。


「来た」


 窓の外を見ていたSが短く言う。僕もつられて窓の外に目を向ける。そこに見えたのは大きくて無骨な黒い塊――車だった。


「どうするS、お別れの挨拶でもするかい」

「どうせこの後、お前がぶちまける内臓と挨拶するから遠慮する」

「そうかい、それは良かった」


 先ほどまで虫の羽音くらいに感じていた車の音が、今では地鳴りのような音と質量を伴っていた。


「また会おう」

「いやだね」


 音がますます近づいて、あと二呼吸のところだった。僕はSが下を向いてポツリと言った言葉を聞き逃さなかった。


「……これで10回目か」

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あの夢を見たのは、これで9回目だった。【KAC20254】 朝比奈爽士 @soshi33

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