運命に導かれしマユリ〜この夢、9回目なんだけど?

タルタルソース柱島

9回目の夢

あの夢を見たのは、これで9回目だった。


真っ暗な世界の中、どこからか聞こえてくる声。


『選ばれし者よ……』


声の主ははっきりとは見えない。ただ、ふわふわと宙に浮かび、まるで光る毛玉のような存在だ。


『そなたは運命に導かれし者……今こそ、使命を果たすとき……』


ここまでがいつもの流れである。


「いや、もう9回目なんですけど」


マユリは腕を組み、じっと光る毛玉を見つめた。


『……え?』


光る毛玉は明らかに戸惑っている。


「いや、こっちが聞きたいんだけど。この夢、もう9回目なんだけど、いつまでやんの?」


『え、ええと……』


光る毛玉はおろおろしながらしばらく沈黙した後、唐突に咳払いをする(毛玉なのに?)。


『お、おお……9回目とはすなわち、運命の扉が開かれる前兆……』


「いや適当なこと言ってない?」


『言ってない!』


光る毛玉は妙に焦ったように声を張り上げた。


『と、とにかく! そなたには偉大なる使命があるのだ!』


「へー、で?」


『で、とは……?』


「報酬は?」


『……は?』


「だから、報酬。使命を果たしたら、何がもらえんの?」


光る毛玉は言葉を詰まらせた。


『え、ええと……その……』


「報酬も決めずに人に使命とか押しつけるの、どうかと思うんだけど」


『そ、そなた! これは尊い使命なのだぞ! 金銭などとは次元が違う!』


「金銭とは次元が違うってことは、もっと価値があるってことだよね?」


『え?』


「じゃあ、時給換算でいくらくらいになる?」


『ええと……』


「そもそも、これはバイト? 契約制? それともボランティア?」


光る毛玉は完全に沈黙した。


マユリは溜息をつく。


「いやさ、これまでの8回、わたしのこと"選ばれし者"とか"使命"とか言ってきたけど、具体的に"何を"すればいいのか、一回も説明してくれなかったよね?」


『そ、それは……』


「それに、毎回この夢で"そなたこそ運命の……"みたいなこと言うけど、これだけ繰り返してる時点で"運命"ってなんなのって話だよね」


『……』


「で、結局のところ、わたしに"やらせたいこと"は何なの?」


光る毛玉はもじもじと揺れながら答えた。


『……封印されし邪悪なる存在を討つこと……』


「ほーん。で、報酬は?」


『……そ、そなたの心に満ちる充足感……』


「いや、金でくれ」


『』


完全に押し黙る光る毛玉。


マユリはすでにこの展開を予想していた。


「まあ、いいよ。邪悪なる存在とか、倒すのは嫌いじゃないし。でも、ビジネスの話はしようね」


『……ビ、ビジネス?』


「そ。そっちが"使命"とか"運命"で仕事を押しつけてくるなら、わたしもそれに見合う契約条件を提示しないとね」


『……』


「たとえばさ、邪悪なる存在を倒すたびにボーナスが出る仕組みとか、スポンサーつけるとか?」


『……すぽ……んさー?』


「そうそう。わたしが戦ってる姿を配信すれば、広告収入も見込めるし、グッズ販売もできるよね。限定変身グッズとか作って"ここでしか手に入らない!"みたいにすればバカ売れするし、期間限定ガチャとかもアリかな?」


『……ガチャ……?』


「で、変身アイテムも "課金すると新フォーム解放!"みたいにすれば、購買意欲をそそるわけ」


『……』


「あと、 "邪悪なる存在"って何者? そのへんの情報がないとターゲット層が分からないから、マーケティング戦略立てにくいんだけど」


光る毛玉は呆然としていた。


『え……あ……』


「契約書とかある? なかったらわたしが作ってあげるよ。今の時代、契約なしで仕事するのって危険だからね」


『…………』


マユリはニッコリと笑った。


「じゃ、契約内容を詰めるために、いったん目覚めるね! また次回の夢で!」


そう言い残し、マユリは光る毛玉の返事も聞かずに意識を手放した。


――そして10回目の夢は訪れなかった。


***


翌朝。


「……あの毛玉、逃げたな」


マユリは目を覚ますと、妙にすっきりした顔でつぶやいた。


「まぁ、当然か」


そうして、朝食のパンをかじりながら、次なる金儲けの手段を考え始めるのだった。

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運命に導かれしマユリ〜この夢、9回目なんだけど? タルタルソース柱島 @hashira_jima

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