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新佐名ハローズ

あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 

 

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 最初は9歳の頃。夢の中の俺は俺だった。一生を森の中で過ごすのはまっぴらだと里を飛び出し、見た事の無い海を目指してアテもない旅をする。道中で出逢った他の里の同族の女と反目しながらも次第に惹かれ合い、結ばれて夫婦になる。子供が出来たのを機に海にほど近い街に拠点を構え、子育てをしながら細工師として小物を作り始める。段々と技術は向上していき客も増え、子供も娘、息子、男女の双子と恵まれた。拠点は工房になり息子を弟子にしたかったが、誰に似たのか海ばかり見ているのは嫌だと街を飛び出して放浪した挙げ句に嫁さんを捕まえてひょっこり孫と共に帰ってきやがって。まあ言いたい事も多少はあったが可愛い孫の顔を見ればそんなもんはどっかへ吹き飛んだ。結局息子は工房を継がずに立地を活かして海運業を始め、そこそこの成功を収めて有名になった。その影には息子の嫁の見事な取り仕切りがあったからだと俺は思っているが、どうしてあんな逸材と息子が巡り合えたのかは今でも不思議だ。そこは縁だと言うしか無いのだろうが。


 次は18歳の時。夢の中の俺は獣だった。それは白銀の毛並みに覆われた伝説の存在。神獣と呼ばれたりもするあれだが、俺自身は一度たりとも会った事は無い。何せ伝説だからな。そこでの俺はただひたすらに強さを追い求め、最終的に氷龍との戦いで相打ちとなって死んでいる。その死を迎える瞬間の俺は一点の曇りも無く、実に清々しささえあるような晴れやかな気分だった。


 3回目は27歳の時。夢の中の俺は見た事も聞いたことも無いような世界の普通の住民だった。平凡な家庭に生まれ、特に目立った功績や偉業を成し遂げたりなんかもしていない。只々平穏無事に日々を過ごし、普通に良き相手と出会い子供を育て、親として夫として移りゆく季節の早さを感じながら、最後は孫やらに見守られながら静かに息を引き取った。


 4回目は36歳の時。夢の中の俺は風だった。その世界を巡り巡って時には生の息吹を、時には死の香りを運び、生きとし生けるものの喜びや悲しみ、嘆き、怒り、ありとあらゆるものの傍でその風は常に吹き続けた。そこにあるのは唯一つ、自由であったのかも知れない。


 5回目は45歳の時。夢の中の俺は水の中の小さな小さな存在だった。それこそ無数に生まれ出る同胞の中のほんのちっぽけな存在。そこに意志や能動的なものなどは無く、ただ水中を漂い運が良ければ生き残り、次代へとその生を繋ぐだけの存在。俺は運悪く泳ぐ魚の糧となり人知れずあっさりと姿を消してしまった。


 6回目は54歳の時。夢の中の俺は戦いの最中に居た。親は知らず、手に武器を取り戦うしか糧を得る方法は無かった。雑兵から叩き上げて隊を、そして軍団を率いるまでになったが、下らない権力争いによって死地へと向かわされ、多大な犠牲を伴いながらも辛くも勝利を収めた。それを機として祖国が押し返し、戦争の終結を見届けた後は一軍人として後進の育成に励み、決して表には出たがらない寡黙な男と世間では評されたが、戦いにしか能を見出だせなかった不器用なりの処世術だったのは、ここだけの話。


 7回目は63歳の時。夢の中の俺は引き篭もりの究明者だった。人と言うには小柄で、その時の知り合いには『ケモケモしい存在の極み』などと言われながら愛でられていたが、俺にはその良さとやらがついぞ理解は出来なかった。種族の違いでその娘とは番にはなれなかったが、俺の数少ない理解者として終生頼りにはさせてもらったよ。


 8回目は72歳の時。夢の中の俺は数多ある神々の一柱だった。神格は大したことのない土地神のようなもので、上位の神の愚痴めいたあれやこれやを聞かされては受け流す、のほほんとした奴であった。そんな外面の良さも相まって様々な神の覚えは目出度かったらしく、その世界での神話や物語には俺の名がそこそこに登場している。どれも特に活躍などはしないのだが。


 そして9回目、81歳。夢の中の俺は闇であり無であり、そして光と有の対になる存在でもあった。光があれば必ず影は生まれ、形有るものはやがて無へと帰する。人の身である俺には到底理解し得ない極致であることは間違いなく、確かに俺はだったのだ。


 9つの夢、9つの俺。それぞれに全く違えど、確かな実感としてこの内に刻まれたものがある。それが今の俺にどのような影響を与え、意味を持つのかは定かではない。


 ただひとつ、もう俺は同じような夢を見ないのだろう。そこに少しばかりの寂しさは感じるが、もう十分楽しませてもらった事だし、そろそろこのにもお別れの時が来てしまったようだ……。




 廻り廻る9つの輪は重なり合うようで、互いに少しずつ違う軌跡を描いて今日も巡っている。また新たなる輪を迎えるのか否か、それは例え運命の神にですら予想はつかない。全てはかの魂が赴くままに気のままに、導かれる方へと。

 

 

 

 

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