第11話 証明を奪った女

ロンドンの夜は冷たく、霧が街を包んでいた。ロンドン大学の研究室から奪われた金庫の中身——それがバクスター博士のリーマン予想の証明だとしたら、状況は最悪だった。


「エリザ・フォン・ノイマン……」


ハーディーは静かに呟いた。その名は数学界の裏に潜む天才的なハッカーであり、各国の暗号システムに関与している危険人物だった。


「まさか、彼女が絡んでくるとはな。」


カーライルが腕を組みながら言った。


「彼女が証明を手に入れたとしたら、世界はどうなる?」


ラマヌジャンが不安げに尋ねた。


「リーマン予想が証明されれば、現在の暗号技術は根本から崩壊する。もしそれが彼女の手に渡れば……」


「世界中の機密情報が危険にさらされる、ということですね。」


ラマヌジャンは息を呑んだ。


「急がないといけない。」


ハーディーは立ち上がった。


「エリザの居場所の手がかりを探そう。」



エリザの痕跡


翌日、三人は情報を集めるためにロンドン市内のあるカフェに向かった。そこは数学者や研究者がよく集まる場所で、エリザの活動を探るにはうってつけだった。


カフェの奥には、情報屋として知られる男——グレッグが座っていた。


「また面白い話を嗅ぎつけてきたのか?」


グレッグは皮肉げに笑いながら、コーヒーをすする。


「エリザ・フォン・ノイマンを探している。」


カーライルが単刀直入に切り出すと、グレッグは驚いた顔を見せた。


「おいおい、相手が悪すぎるぞ。彼女に関わった者は皆、消えている。」


「それでも知りたいんだ。」


ハーディーが強く言うと、グレッグはため息をつき、低い声で答えた。


「数日前、エリザは『ミレニアム・ギャラリー』にいたという情報がある。」


「ミレニアム・ギャラリー?」


ラマヌジャンが首をかしげた。


「ロンドンにある高級美術館だ。だが、表向きはそうでも、裏では違う顔を持っている。」


グレッグは声を潜める。


「裏では、情報の売買が行われているという噂だ。数学の証明が金で取引されることもある。」


「そこにエリザが?」


カーライルは目を細めた。


「可能性はある。ただし、気をつけろ。あそこは危険な場所だ。」


グレッグは警告した。


「それでも行く。」


ハーディーは決意を固めた。



ミレニアム・ギャラリー


その夜、三人はミレニアム・ギャラリーに潜入した。豪奢なシャンデリアが煌めき、富裕層の人々がシャンパンを片手に談笑している。しかし、その奥では、秘密の取引が行われているのだった。


「エリザはどこに?」


ラマヌジャンが落ち着かない様子で呟くと、カーライルが視線を向けた先に、黒いドレスをまとった美女がいた。


「……いたぞ。」


彼女はエリザ・フォン・ノイマン。


その手には、バクスター博士のノートらしきものがあった。


「やはり、証明は彼女の手に渡っていたか……」


ハーディーが息を呑む。


「だが、今ここで奪うのは危険だ。」


カーライルは冷静に判断する。


「まずは話をつける。」


ハーディーは意を決し、エリザのもとへ歩み寄った。


「お久しぶりですね、エリザ。」


彼女は微笑みながら振り返った。


「まあ、ハーディー。相変わらずね。」


「そのノート、バクスター博士のものだな。」


「ええ、そうよ。」


エリザは涼しげに答えた。


「返してもらおうか?」


ハーディーが手を差し出すと、彼女はくすりと笑う。


「なぜ私が?」


「その証明が世界を混乱に陥れる危険があるからだ。」


「それはどうかしら?」


エリザはハーディーの顔をじっと見つめた。


「私の目的は、世界の破壊ではないわ。」


「では、何のために?」


「それはまだ秘密。」


彼女はノートを握りしめ、くるりと背を向けた。


「待て!」


カーライルが追いかけようとしたその瞬間——


会場の照明が突然落ちた。


暗闇の中、銃声が響く——!



次回予告

•エリザを狙う新たな敵の正体とは?

•バクスター博士の証明の真の価値が明らかに!

•ハーディーたちはノートを取り戻せるのか?


次回、『数学者たちの暗闇』

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