1. 第一印象

02.女子トーク

「私も彼氏欲しい」


 食堂内にいる数組の仲の良さそうなカップルを見て、頭の中の言葉が思わず口から漏れてしまった。


「何よ、急に。それだったらさっきの告白断らなきゃよかったのにー。しかもあんな即答で」


 高校から仲の良い友達のヨリは、そんな私の独り言にすかさず返答する。


「いや、でも私あの人のこと全然知らないし」


 というか、正直顔もあんまり思い出せない。

 勇気を振り絞ったであろう告白に対してそんな態度は失礼だというのは重々承知している。でもこんな場所でいきなり声掛けられて、周りの人もみんな見てるし、私としては、恥ずかしくてそれどころじゃなかった。


 あの人もよく平気であんなことできるよね。私なら告白する場所は絶対に人がいないところを選ぶと思う。

 いや、そもそも自分から告白すること自体恥ずかしくてできないかも。


「またそんなこと言っちゃって。講義が一緒なんでしょ? ええと……」


「哲学Ⅰ」


「そう、それそれ」


「あれだけ受講者がいるんだから、知ってるわけないし。それにまだ始まって一ヶ月よ? 学部だって違うっぽいし」


 受講者で溢れかえった講義室。確かあそこは楽に二百人以上入れるはず。


「ほらっ! でもさ、お互い哲学に興味あるってことじゃん」


「単位とりやすいって噂が有名だからとっただけ……、って、そのことヨリが教えてくれたんじゃん」


「抽選外れちゃったもんね、私」


 噂のせいか哲学好きが多いせいか(間違いなく前者だろうけど)、哲学Ⅰは人気がありすぎて、受講できる学生はコンピュータによる自動抽選で決定された。


 私はおよそ倍率三倍の中、見事選ばれたけれど、ヨリは残念ながら外れてしまった。違う学部のヨリとは一般教養の講義くらいしか一緒に受けられないのに残念すぎる。


「私、哲学とか全く興味ないんですけどー」


「じゃあさ、お互い強運の持ち主ってことで」


「随分たくさんいるんだね、その強運の持ち主は」


「それって皮肉? だったらセンスなーい」


「余計なお世話」


「もぅ。合う合わないなんて付き合ってから判断すればいいのに。美穂は頑固だね」


 昔から私の持論を飽きるほど聞かされているヨリはため息を漏らした。


「だって、合えばいいけど合わなかったら悲劇じゃない? お互い」


 そもそもそんな付き合い方相手に失礼でしょ?


「そうだけどさぁ。そんなんじゃ彼氏できないよ?」


「まぁ、確かに…、そうかもしれないけど」


「あ、あの人は? 前に話してた同じ学部の、アオ、アキ……? えっと……」


「あぁ、もしかして彰人あきとのこと? やだ、何でそんな話になるの?」



 彰人は同じ学部、というか同じ学科なんだけど、割と整った顔立ちの男だった。


 彰人の話なんかヨリにしたかなと考えていたら、そういえばこの前彰人と必修の講義の課題について話してるときにヨリに会ったのを思い出した。


「だって美穂、仲良さそうだったじゃん。その彰人くんと」


「そんなことないって。彰人、無口だし、何考えてるのかよく分からないよ? 顔はいいのに、ホントもったいない」


 彰人は私にとって本気でただの友達で、彼氏にしたいタイプではない。


「そうなの? なんだ、残念。お似合いだったのに」


「私はもっとぐいぐい引っ張っていってくれる人が好きなの!」


「美穂みたいな女王様をぐいぐい引っ張る? ムリムリなかなかいないって」


 ヨリは清純そうな見た目を裏切るかのように、ケラケラと笑った。


「いるってば てか私、女王様じゃないから」


「はいはい。あっ、だったらさぁ……」


「何?」


 ヨリが身を乗り出したので、私も聞く構えに入る。


「次に告ってきた人とは、とりあえず友達になってみるっていうのは?」


 まるで「我ながら素晴らしい提案でしょ」というようにニッコリしている。確かにこの子にはこういう笑顔が似合うけれど。でも……。


 反対に私はため息を吐き、身体を起こした。


「やだよ、そんなの。てかそうそういないでしょ。告白してくる人なんて」


「もぅ、また否定して~。うちの高校で伝説作った女が何言ってるの」


「それって熱帯魚並に尾ヒレがついた噂話のこと? 一週間で十人も告白されてないから」


 私は顔の前で手を振った。


「知ってるよ。ホントは一ヶ月で五人でしょ、他校の男子も含めて」


「ね、噂と全然違うし」


 その五人の中には冗談っぽい軽いノリで告白した人もいるというのに。ホント、一週間で十人って、何がどう変わってそうなっちゃったのか。


「それでも結構多いと思うけど。いくら文化祭の後だからって」


「そう、かな?」


「あの時は反則だったけどね、美穂のクラス。まさか美穂があんなスリットの入ったチャイナドレス着るなんて」


 ヨリは思い出しているのか、視線を天井の方へ向け、頷いている。


「あれは、中国茶がメインの喫茶店だったから……」


「男のお客さんにとってのメインは完全に美穂の脚だったけどね」


「そう? 気のせいよ、気・の・せ・い!」


「とぼけてもムダ! 知ってるって、一般投票の個人賞狙いだったんでしょ。確か売店の幻のチョコプリンだっけ?」


「だってどうしても食べたかったの! ま、あのプリンを得た代償に彼氏は失ったけどね」



 あらかじめ彼の部屋で衣装を着て見せたらあんなに喜んだくせに、いざ当日になると「そんな服着るのやめろ」とか「なんとも思わないのか」とかグチグチグチグチ……。あんな束縛男だとは思わなかった。


「あー、懐かしい。可哀想だったよね、彼氏」


「私じゃなくて!?」


「彼女が他の男にあんな姿見せたら、誰だって嫌だよ~。しかも理由がプリンって超悲惨、絶望的」


 ヨリは何を今更そんなことと言わんばかりに、またしてもケラケラ笑った。


 え? あれって私が悪かったの?

 いやいや、だったら最初に聞いたときに嫌って言えばいいわけで、やっぱり後から意見を変えた彼が悪いって。


「彼とは合わなかったってこと。もういいよ、昔のことは」


「またそれ。美穂の赤い糸のお相手が今世紀中に見つかるといいけど」


「それって皮肉?」


「さぁね~」


「もう」


 ヨリは今度はキャハハと声を上げた。


 もう、せめてもっと可愛いらしく笑えー!


「ま、昔の話は置いていて、考えてみてよね、次に告ってきた人と友達になるって提案」


「はいはい」


 私は気のなく返事をして飲み物に口をつけた。

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