第2話 自己中王子のやらかしと断罪返し
誤解が解け、シアリィとローゼリーネ達が
ローゼリーネは、レオンハルトの迷惑極まりないゴーイングマイウェイな言動からシアリィを守る為、シアリィを自身の学園内の派閥に招き入れたのだ。
これは、シアリィが自分の庇護下にある事を示す行いであり、将来、シアリィを自身の侍女として迎える事を、内外に示す行いでもある。
それに伴い、シアリィはローゼリーネと行動を共にするようになった他、マリアンヌとファナリアを始めとした、ローゼリーネ派の令嬢達に囲まれて過ごすようにもなった為、学園内に流れていたシアリィの問題行動に関する噂や、それに端を発したローゼリーネとの不仲説、レオンハルトとの真実の愛に関する噂も、あっという間に掻き消えた。
面白くないのはレオンハルトだ。
堅苦しくて愛想がない上、冷淡で可愛げの欠片もないくせに、自分に押しつけがましい愛を向けて執着している鬱陶しい婚約者(と、勝手に思い込んでいる)ローゼリーネと、あの聡明でありながらとても心優しく愛らしいシアリィが、なぜ親しくしているという噂が流れているのか、と。
もっと言うなら、勝気で気位が高い高位貴族の令嬢複数名が、四六時中シアリィのそばで睨みを利かせているせいで、シアリィにほとんど近づけなくなった事も、この上なく不満であった。
そこから思考を巡らせたレオンハルトは、なぜか、「シアリィはローゼリーネに脅され、やむなく付き従っているだけなのでは」という、色々な意味で突き抜けた結論に至った。
事が決まれば即行動、というのがレオンハルトの信条だ。
シアリィから正直な心の内を聞く為、そして、あわよくばシアリィを自身の庇護下に置く為、レオンハルトは学園の休日を利用して、エリオル男爵家へ向かっていた。
この世で、行動力がある思い込みの激しいバカほど、厄介なものはない。
愚かしい事にレオンハルトは、訪問先であるエリオル男爵家に訪問の伺いを立てる事もしなければ、先触れも出していなかったのだ。
相手がどれほど格下であろうと、貴族家を訪問する際は平均1週間、最低でも数日ほど前に訪問の伺いを立て、相手側からの了承を得なければならない。
そうして了承を得た上で、当日の朝に訪問時間の確認を兼ねた先触れを出し、予定の時刻に間に合うよう出立する。
もし、何かしらの事情から、訪問の伺いを立てる時間がない場合は、「こちらの都合を押し付ける形になる為、気遣いは不要である」と前置きをしたためた、先触れを出しておく。
……というのが、この国における王侯貴族の常識とされていた。
例え一国の主であったとしても、訪問の伺いを立てる事も先触れを出す事もせず、気の向くまま貴族家の邸を訪れるなど、あってはならない事。
よほどの緊急事態が発生した場合か、家族に等しいほど親密な相手でもなければ、この決め事は遵守して当然である。
守って然るべきマナーを破る事は、この国の王侯貴族にとって、この上なく恥知らずな行いなのだから。
上記のマナーについては、レオンハルトも一応知っている。
だが、知っていてなお、なにもしなかった。
知っていながらおざなりにしたのだ。
ローゼリーネと違って、優しいシアリィならば、笑って許してくれるだろうと勝手に考えて。
自身の事を無条件で万人から愛され、気遣われる存在だと思い込んでいるがゆえの、暴挙であった。
だが、因果応報とはよく言ったもの。
ここにきてレオンハルトの、その身勝手さが仇となって自身に降りかかる。
突撃訪問したエリオル男爵家の面々は、全員揃って留守だったのだ。
エリオル男爵は城勤めの文官であり、今日も今日とて登城していて不在。
男爵夫人は、教会が主催したチャリティイベントに顔を出していて不在。
男爵家の跡継ぎで、シアリィの腹違いの兄も友人宅に招かれていて不在。
肝心のシアリィも、あろう事か本日ローゼリーネのサロンで開かれている、個人的な茶会に招かれていて不在だという。
留守を預かる家令から話を聞いたレオンハルトは、ここで更に勝手な思い込みを加速させた。
規模の大小に関わらず、下位貴族の令嬢が、上位貴族の令嬢が主催する茶会に出席する事は、基本的にない。ならば、シアリィはローゼリーネに無理矢理呼び出され、孤立無援の状況でイビられているに違いない、と。
間違った推論と正義に基づいた結論に突き動かされたレオンハルトは、勢い込んでメルクリウス公爵家に乗り込んだ。
当然、訪問の伺いも先触れも出していない。
にも関わらず、公爵家に着いた途端、レオンハルトは感情の赴くまま門扉の向こうにいる門番に、ここを開けろ、ローゼリーネを出せ、とがなり立てて大騒ぎした。
ついでにローゼリーネを口汚く罵る。
無論、公爵家の門扉が開く事はなかった。
鋼鉄製の洒落た門扉の向こうから、門番二人が無言のまま、ただレオンハルトを何とも言い難い表情で見ている。
言葉に詰まるほどドン引きしていたのだ。
「おい!一体いつまでこの俺を門前で待たせるつもりだ!早くローゼリーネを、目下をいたぶっておきながら恥じ入りもしない、あの愚かな傲慢女をここへ連れて来い!」
まるで場違いな場所に迷い込んできた、始末に負えない酔っ払いでも見るかのような視線に腹が立ち、レオンハルトは一層声を張り上げた。
そこに、仕立てのいい黒いスーツを着た、初老の男性が足早に近づいてくる。
「――お待たせいたしました、王太子殿下。家令のヨハンと申します」
「家令だと!?なぜ家令がしゃしゃり出てくる!ローゼリーネはどこだ!そもそも、なぜ家人が誰もこの場に来ない!メルクリウス公爵家は、王太子を愚弄しているのか!」
「殿下、奥様より言伝がございます」
「質問に答えろ!」
「――奥様は殿下に対し、『臣たる公爵家に訪問の伺いを立てる事も、先触れを出す事もせずに乗り込んで来た挙句、我が家の宝たる娘を門前で散々に罵倒し、一方的に責め立て、御前へ引っ立てて来いなどと、恫喝紛いの大声で喚き立てるとは、不作法と無法にも程がある』と、申されておりました。それは呆れ果てておいでです」
「無法!?自国の王太子に向かって無法と言ったか!?臣下の分際でありながら、よくもぬけぬけと!」
「殿下。我ら貴族には、例え尊き王家の血族が発したものであろうとも、従えぬ命というものがあるのです。――言伝を続けさせて頂きます。
…『また、我が家は王太子殿下の蛮行への厳重な抗議として、これ以降、王太子殿下単独でのご来訪に際し、門扉を開く事は決してございません。ご理解頂けたのであれば、王城へ疾くご帰還下さい。此度の件は速やかに、国王陛下にもご報告させて頂きます』――との事です」
「なっ、な、な……っ!?なん……っ!?」
つらつらと続けられるヨハンの言葉を、一拍遅れで理解したレオンハルトは、顔を真っ赤にして目を吊り上げた。
「き、ききっ、貴様っ、だ、黙って聞いていれば先程から……!」
「言伝は以上でございます。ご理解頂けたなら、どうぞお帰りを」
「ふざけるな!俺を誰だと思っている!」
「お帰り下さい」
「栄えある王国の王太子だぞ!」
「お帰り下さい」
「俺に対してこのような扱いをして、ただで済むと思うのか!」
「お帰り下さい」
「決して父上も黙っては」
「お帰り下さい」
ヨハンは激昂するレオンハルトを完全に無視し、表情のない顔で同じ言葉を延々と繰り返す。
取り付く島もない。
「~~~っ!!お、おのれぇっ……!覚えていろ、愚か者共めが!王太子の名の元に、必ず罰を与えてやるからな!!」
埒の開かない状況に嫌気が差したレオンハルトは、腹立ちまぎれに門扉をひと蹴りし、ようやく踵を返した。
後に門番の1人は、王太子殿下のその様たるや、まるで場末の酒場にたむろするゴロツキのようだった、と述懐している。
その日の夕刻、自分の行い全て棚に上げたレオンハルトは、鬼の首を取ったような勢いで父王の執務室へ足を運び、メルクリウス公爵家の不敬を伝えたが――
おおよそ何があったか把握したらしい父王から、逆に特大の雷を落とされた。
当たり前である。
更に、母である王妃からは平手を喰らわされ、弟の第二王子リヒトリードからはゴミを見るような目を向けられた上、その場で数日間の謹慎を命じられた。
話を聞いた他の家臣達も、擁護の「よ」の字すら出さなかったという。
「なぜだ……!頭の悪い愚弟はともかく、なぜ、父上も母上もあの女を庇うような事ばかり……!まさか、洗脳されておられるのではあるまいな!?」
レオンハルトはギリギリと歯ぎしりする。
王のみならず王妃からも散々叱責され、謹慎まで言い渡されておきながら、全く懲りていない。
自分の行いが悪いという自覚が、皆無であったからだ。
シアリィは『自分の隣に立つに相応しい才媛であり、可哀想な被害者』。
ローゼリーネは『シアリィを虐げ、未来の王妃の座を執拗に狙う絶対的な悪』。
それがレオンハルトの中に染みついている認識なのだった。
それからしばらく、学園の日々は平穏に過ぎていったが、ある日事件が起きた。シアリィの教科書、ノートなどが、ズタズタに引き裂かれた状態で発見されたのだ。
悪い事に、それ以降も週に1~2回程度の頻度で、似たような私物破損や紛失事件が繰り返し発生した。
しかも事件が起きるたび、どこからともなくレオンハルトがしゃしゃり出てきて、証拠もないのに「ローゼリーネがやったんだろう!」と名指しで騒いでは、頼んでもいないのにやたらシアリィを庇おうとしてくる。
顔にも言動にも出さないが、今や気を置けない友であり、敬愛する未来の主でもあるローゼリーネを、悪意から貶めようとしていると丸わかりなレオンハルトの言動は、シアリィにとってまさしく不快の極みだった。
なにより……教科書と筆記用具の件は、レオンハルトの自作自演なのではないか。
そんな疑念を覚えていた。
だからこそシアリィは友人知人の力を借り、既に水面下で動き始めていたのである。
レオンハルトによる無自覚な迷惑行為と、何者かの手によって散発的に続けられる嫌がらせを、シアリィがあえて解決の為に動かず放置し続ける事、約1年。
ついにレオンハルトは、学園の卒業パーティーの会場で盛大にやらかした。
「ローゼリーネ・メルクリウス公爵令嬢!前へ出ろ!私は今この場を借りて、貴様がこれまで犯してきた罪を大々的に告発し、これを裁く事を、公の場にて宣言するものである!」
「殿下、どういう事でございましょうか。わたくしがなんの罪を犯したと申されるのです?」
「シラを切っても無駄だ!貴様はその醜い心根を持って、我が寵愛深きシアリィ・エリオル男爵令嬢を虐げ続けていたであろう!」
「……。殿下……。貴方様が一体何を仰られているのか、わたくしには理解できませんわ。シアリィはわたくしの友人であり、将来的はわたくしの侍女として仕え、殿下との婚姻が成った暁には、生活の場を共に王城へ移す事となる存在です。その彼女を虐げるなど」
「白々しい事を!学園内においても貴様は、目障りなシアリィの学業を妨げんとして、教科書やノートを損壊させ、ゴミのように打ち捨てていたであろうが!」
「……お話し中、申し訳ございません。発言をお許し頂けますでしょうか」
ローゼリーネの物言いに半ば激昂し、目を吊り上げるレオンハルトの言葉の後に、柔らかくもよく通る、凛とした声が響いた。
シアリィである。
彼女は入学当初の頃と比べ、傍目から見てもはっきり分かるほどに堂々としており、貴族令嬢として相応しい品格を、しかと身に付けているように思えた。
「え?……あ、ああ!大丈夫だシアリィ、案ずる事はない。無理に君が声を上げずとも、私は全てを理解している!すぐにローゼリーネを黙らせて――」
「殿下。私はそのような事、望んでおりません。どうか宣言を取り消して下さいませ」
「は?」
「そもそも殿下が仰られている、教科書やノートを損壊させられた件に、ローゼリーネ様は一切関わっておられません」
「そっ……!そんな事はない!その女は」
「いいえ。私はこの1年の間、クラスのお友達や先輩方、それに学園の先生方のお力を借り、嫌がらせの犯人の尻尾を掴むべく、水面下で調査を続けておりました。その結果、犯人とおぼしき人物を特定するに至っております」
「……え……?」
レオンハルは思わず間の抜けた声を上げた。
「し……シアリィ。それ、それはどういう……」
「私は既に、私の教科書などを損壊させた実行犯と、その裏にいる真犯人の名を存じております、と申し上げました。しかしながら、その方々にも今後の社交界でのお立場……なにより、背負うべき家の名がございましょう。
ここで今犯人達の名を詳らかにする事で、貴族社会に無駄な動揺を広げる真似など、同じ貴族として為すべきではない。そう愚行する次第でございます」
レオンハルトの顔を正面から見据え、シアリィは静かな口調で淡々と言葉を紡ぐ。
「それに私個人としましても、この晴れのよき日に事件の話をいたずらに持ち出し、犯人の名を述べ、行いを
楚々とした貴族令嬢の微笑みを浮かべたシアリィの双眸には、隠す気のない怒りと侮蔑の色が乗っている。
酷い緊張と焦りのせいか、レオンハルトは自分の足元がぐらぐらと揺れるような錯覚に陥った。
口腔内が急速に乾いていく。
シアリィは知っているのだ。
件の事件の犯人は、レオンハルトとその子飼いである下位貴族の男子生徒数名だと。
そして恐らく、その証拠もしっかりと握っている。
これ以上この場で下手に騒げば、破滅という名の坂道を転げ落ちる事になるのは、ローゼリーネではなく己自身だという事を、レオンハルトは嫌でも理解せざるを得なかった。
「ですので……王太子殿下におかれましても、件の事件の話はひとまず広いお心を持ってご
美しいカーテシーと共に言葉を締めくくったシアリィに、レオンハルトはただ青ざめた顔で、声もなくうなづき返すばかり。
しかし、卒業パーティーの場に顔を揃えている者達の多くは、シアリィが真に言わんとしている事や真犯人の名を、既に理解していた。
だからこそ、生徒や教員、保護者である貴族達がレオンハルトに向ける眼差しは、恐ろしく冷ややかなものになっていたのである。
その後、レオンハルトは自身の卒業を待たずして廃太子され、王位継承権も剥奪された。
シアリィの教科書損壊事件の黒幕であった事や、これまでの言動、学園の内外での行いを加味した結果、『次代の王としての資質なし』とみなされたのだ。
臣籍降下され一代限りの爵位を賜るのか、それとも王城の片隅で飼い殺しにされ、いずれ儚くなる運命を辿るのか。
それは、これから先レオンハルトが王族として相応しく在れるか否か、現王がある程度の時をかけて見定めた末、決められるのだろう。
それから間もなく、レオンハルトの実弟である第二王子・リヒトリードが新たな王太子とされ、ローゼリーネと王太子との婚約も、婚約者をカルムリヒトへスライドする形で保たれたのだった。
この一件から十数年後。
新たな王として即位したリヒトリードとその妻、王妃ローゼリーネの治世は、王国史の中にて『賢君と賢妃がもたらした光の御代』として、伝説の如く語り継がれている。
そしてその陰には、王妃直属の侍女として参内したのち、数多の画期的な献策によって男爵位を賜ったのち、二度の陞爵を果たした偉人にして『王国の賢者』、女伯爵シアリィ・グロリアスの献身があった事もまた、共に末永く語り継がれたのだった。
ヒロインは学園の片隅で哀を叫ぶ~悪役令嬢に泣き付いたら別ルートが開けた件~ ねこたま本店 @39mitumame
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます