第15話 積み重ねる劣等感
その週、またも行き渋りで泣きわめく颯太に辟易した雪子は、一度担任の先生と三人でお話ししたい、と小学校にお願いをしてみた。先生にも現状を知ってもらい、何かの糸口になればと思ったのだ。
そこでぽつぽつと担任と雪子に颯太が話した悩み事は、特にいじめにあっているわけでもなく、とても些末なことのように思えた。
親の雪子でさえそのように感じてしまったのだから、担任はもっと呆れたことだろうとは察しがついた。
しかし事実として、それらの些細な出来事で我が子の心は傷つき、実際学校に行きたくないと暴れまくっているのだ。担任の先生は「颯太さん、きみは、気にしすぎない、そして、泣かずに自分の気持ちをちゃんと伝えられるように、強い心を持ってください」と言った。 その通りだと、思った。その通り、なのだ。しかし。強く、なりたいのは私も同じだ。私が強くならないといけない。でも、強くなりなさい、と言われて、じゃあハイハイわかりましたと、強くなれるものなのか。そんなことが出来るのか。出来ない、とは、思いたくなかった。我が子に対して、雪子はあきらめたくなかった。
そして体操教室、体験一日目が始まった。美佳は、今日は付き添いには来ていないようだ。 毎回違うカリキュラムで様々な運動を取り入れるという指導のもと、その日の始まりはマット運動だった。
しかし、颯太はまず、先生の指示の意味を理解できていなかった。ただひとりだけ、とても無様に床に頭を打ち付けるばかりだった。しかし、二人いるコーチは特に助けようとはしてくれなかった。颯太がどんな勘違いをして、ああいう不格好な動きになっているか、雪子にはわかったのだけど、それを説明しに行くことは出来ないのだった。コーチの考えていることも理解はしたつもりだ。
要するに、自分から積極的にわからなければ質問するべきだと考えているのだろう。そうして誰にも助けられないまま、続いてリレーのような連帯責任で点数を稼ぐ徒競走をすることになった。
その時、予想はしていたのだけど、肥満体型の颯太は群を抜いて足が遅く、チームのお荷物となってしまった。結局1日目のレッスンは全てがそんな調子で、全て終わるころには、我が子の顔は悲壮なものになっていた。一人ぽつんと輪から外れ、皆と同じように出来ないでいる姿をじっと見続けていた雪子は、胸が張り裂けそうだった。しかし努めて明るく「頑張ったね!!帰ってからアイス食べよ」と言った。それでも颯太の顔は晴れなかった。それどころか、見る見るうちに泣き始めたのだった。
「あのデブのせいで、チームが負けた、って、言われた」
泣きながらそういう颯太にたまらなくなって、雪子はコーチに今子供から聞いたことをそのまま伝えた。それを聞いたコーチは、日焼けした肌に白い歯を覗かせ、さわやかな笑顔で少し困ったようにこう言った。
「そうですか、でも、うちの生徒たち、みんなそういう元気な子たちなんです。悪気は無いんですよ。悪気無くそういうこと言っちゃうんです」それを聞いて、雪子は頭に血が上ってしまった。
「悪気は無いって、そんなこと言われても実際傷ついてる子がいたら意味なくないですか?」
異常に食って掛かってしまう雪子に対して困惑の色を浮かべながら、コーチは次回から気を付けます、と言った。そして「強くなってほしいと、思います」こう締め括ったのだった。ただもう、その日は、颯太がというより、雪子自身が疲弊していた。疲れきっていた。強くなってほしいよ、私だって。何が正解なの?
こうしてこの先、劣等感を募らせるような時間を積み重ね「お前が太っていて下手くそだから駄目なのだ」と周りから言われ、誰も助けてくれず、一歩踏み出す方法さえわからないまま、ここに居れば強くなるの?余計に憶病になるのではないの?
ずっと、辛いことからは遠ざけるように育ててきた。私の選択は間違ってる?私の選んだ道のせいで、この子はいつも苦しんでいる?今まで子育てをするまで何とか見てみぬふりをすることが出来ていた、自分の弱い部分を、愛する子供を介して見せつけられている。親にとってこんなに苦しいことは無かった。
誰かと比べて我が子は、ここがダメだとか、他の子はこんなに軽快に走れて、こんなに計算が早くて、活発で友達が多くて、なんて言いたくない、言いたくないのだ。
でも、どんなに比べたくなくても、成長するにつれ、幾度となく他者と比べてその差を計る場面がやってくる。そのたびに、いつも順番の後の方で一人悲しそうな顔をしている我が子を見て、辛くならない親はいない。
私が産んだのがいけなかった、私の愛し方が間違いだった。雪子は自分を責めずにはおれなかった。
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