夢バイト

遊多

夢バイト

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


「……」


 いまだ覚醒せず重々しい身体と頭を引きずるように、寮の郵便受けへと足を運ぶ。


『コタニ リュウセイ 様 バイト代』


 やはり入っていた。現金の入っているであろうレターパック、これで9通目。

 これが届くようになったのも、ちょうど9日前。あの夢を見るようになってからだ。


「……畜生め」


 無意識に悪態が出る。そして最初の夢を思い出したせいで、頭が痛くなってきた。


(野球部のみんな、居なくなっちまったな)


 俺たち野球部を含めて、老若男女数百人。


『ネズミ タオセ』


 地下鉄駅の中で目を覚まして訳がわからなくなっている俺たちの鼓膜にアナウンスが響いた。

 電光掲示板に映るのは、キャッチーなネズミのイラスト。

 そして……数万を越える人喰いネズミの群れに、俺たちの大半は喰われてしまった。


「はぁ……はぁ……!!」


 初日をどうやって生き残ったのかは、あまり覚えていない。

 気がついたら血糊のついたバットを握っており、なんかSFチックなスーツを纏って身を守りながら、息を切らせて人喰いネズミを皆殺しにしていた。

 それと、俺が倒したわけじゃない。隣で未来的な銃を構えた50歳くらいのオッサンが大半を片付けてくれたのだ。


「お前さん、はじめてなのにスジがええなあ!」

「何なんだよ、これ……何が起きてんだよ!!」

「あー、これから毎晩こんな感じになるからな。知恵と勇気を振り絞って、十二支のバケモンと戦う。オッチャンらはな、『夢バイト』って呼んでんだわ」


 オッサンによると、ランダムに選ばれた日本国民が、突然このバイトに参加させられるらしい。

 毎晩23時までに寝て、夢の世界を守るため、十二支の怪物と戦うのだ。

 その報酬はポストにレターパックで投函される。中の紙幣を丁寧に数えると、今日も諭吉が10人そろっていた。


「ただし。これで死んだら、現実から消えちまうから気をつけろよ」

「死んだら、って……俺の部活仲間、さっき、喰わ……喰われ」

「なら御愁傷様だわな。明日から行方不明になっとるわ」


 オッサンは「どっこいせ」とあぐらをかく。俺には理解ができなかった。


「人が、こんなに人が死んでるのに、御愁傷様って」

「今回はマシな方だぜ。前々回の『イヌ』んときは全滅しかけたしな」

「他人事かよ、おい!!」

「おいガキ。ひとつ教えといてやる」


 ギロリとオッサンが俺を睨み、指を立ててこう言った。


「とにかく、ゲームだと思って楽しめ。必ず攻略法はある。そうすりゃ日給10万円のボロい商売になるからよ」


 そう教えてくれたオッサンも、次の夢で出てきた『全てを破壊しながら突き進むウシの群れ』に呑まれて死んでしまった。


「……慣れねえよ」


 俺の通っている高校は全寮制だ。

 そして……その大半は、行方がわからなくなっていた。


 今日まで俺が生き残れた理由は、1回ごとに仲間が数百人と補充されるからだと思う。


 3回目、詩を詠むトラ。俳句で勝負を決めようとしてきたため、仲間のひとりが傑作を出して負かした。

 4回目、腕と脚に刃のついたウサギ。ビル街を光速で跳ねる厄介な敵だったが、俺の投石が運良くヒットして一気に仕留められた。

 5回目、着ぐるみみたいなデカいドラゴン。見掛け倒しの雑魚、ボーナスゲームだった。


 ただ……複雑怪奇な迷宮に潜む炎のヘビ、アイドルのように着飾った人語を理解するウマ、無意識を食べるヒツジ。コイツらに、補充されてゆく仲間以上の数を殺されていった。


 そして……サルの列車。

 これを止めて倒したときには、生きた人間は俺しかいなかった。


「……90万円……安すぎなんだよ、くそッ」


 ダメだ。吐き気が止まらない。

 周期通りなら、次はトリの降臨する回となる。

 その次はイヌ。また次はイノシシ。

 オッサンの言うことが正しいなら、イノシシの後はネズミに戻る。


「……いつまで、この悪夢は続くってんだよ」


 俺は何のために生きているんだ。

 この金はどうやって使えばいいんだ。

 親友も片想いしているマドンナも消えて、どうやって……。


「……もう、21時か」


 今日も夜が来た。結局、ベッドの上から動けなかった。授業もサボって、どうしようもないな。


 俺は、10回目の夢を見る。

 もう……終わってくれ。

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夢バイト 遊多 @seal_yuta

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