第2話 襲撃
「……おい。……アル、アルド!」
ぐわんぐわん。
体が揺れている?
揺さぶられているのか。
俺は目を開ける。
ぼんやりした視界。
だんだんと、現実が輪郭を取り戻し始める。
空になったジョッキ。
ほとんど食べられて空になった皿。
周りから聞こえる、陽気な人の笑い声。
ギルドの、酒場? だよな。
意識が少し朦朧とする。
ああ、そうか。
寝ちまってたのか。
どうやら夢を見ていたみたいだ。
あの時の――。
「ったくおまえ、酒入ったらすぐ寝ちまうから、話ができないってもんだぜおい」
正面に座った、ザ冒険者。
その見慣れた顔に、呆れた表情。
完全に思い出した。
俺は席に座りなおす。
一つ咳払いする。
「悪い。どうも酒には弱いみたいだ」
「ふん、冒険者が酒に弱くてどうすんだってんだよ」
不覚だった。
この世界の俺は、酒に極度に弱いのだ。
あまりの弱さに、補正の代償なのでは? などと考えたことはあるが、仕方ない。
別に酒が飲めなくても不自由はないしな。
健康一番だ。
――すると頭が重いのも、酒のせいか。
俺たちの卓の上に、散乱したジョッキたち。
うわ、何杯飲んだんだよ俺。
ほどほどに、しないとな。
「おまえってどこまでも不思議な奴だぜ。自分の身の上話は全く話さないし、剣も使えて、おまけに低級魔法もそれなりに使える二刀流だが、酒には弱い、聞いたことねぇぞ」
なぁ?
そいつが同意を求めると「ああ」と多数の合意が返ってくる。
こいつはカイン。
カイン・レオナルド。
俺と同じ、駆け出し冒険者だ。
なんやかんやあり、こいつには色々世話になっている。
少々後先考えずの脳筋要素はあるが。
基本的にバカでいい奴だ。
友人に一人は欲しいタイプってとこか。
悪い奴じゃない。
「ほんとよね。あたしも不思議だよ。アルドほどの才能があったら、どこかの宮廷騎士団とかに雇われて、今頃騎士団長とかやってそうなのに、ほんと不思議」
懲りない奴だ。
自分でも分かっている。
分かっているが。
俺の手は目の前のジョッキを持ち上げる。
少し残っているんだ。
勿体ないだろう。
少し傾ける。
何ともぬるい液体が、俺の喉を通過していく。
酒は、上手い。
「ぷはぁ。そうやってぇ、おだててもなんも出ないぞ? なんたって俺は、故郷を追われた底辺しつぎょう……」
「はいはい。底辺失業冒険者って?」
「ああ、そうだ。底辺失業冒険者だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ふん、そう。底辺失業冒険者を自称するあんたが、あたいらC級パーティーの中で一番マトモな戦力になるってのは、何かの皮肉? それとも使えないあたいらに対する、何かの当てつけ!?」
「おいおい、ミラ。勘弁してやってくれよ。こいつ、今信じられないくらい酔ってんだ。ほんと、もう、でろんでろんだ。まったく見えねぇけど……」
「……わるいけど、見えない。確かにいつもよりは、ちょっと饒舌だけど」
「……パーティーのリーダーはお前だぞ、ミラ? もっと自信を持ったらどうなんだ。おまえはきっと俺なんかより、将来ウげっ……」
「んもう、そんなこと言ってさ。あたし、知ってるんだから」
「……何をだよ」
「なんでもさ。アルドはね、能力を隠してんださ。本当の能力って奴をね」
「なんだそれ。それは気になるな」
「ない。勘弁してくれ……っ」
この赤毛の女はミラ。
俺と同じパーティーのアーチャー職担当。
でもあり、我らを率いるリーダーでもある。
頼りがいがある一方で、さっきみたいにぎょっとするようなことを平気で言ってくる。
何度ヒヤッとしたかは、数知れない。
少々苦手な所もあるが。
決して、嫌いではない。
面がいい――。
いや違う。
彼女の弓の腕前は一級品だ。
精度もよく、切れがある。
「おぬしはまだ若かろうに。きっと未来は明るいぞ。今にこいつはデカくなる。時間の問題じゃの。ふふふほほほほほほ」
そしてこの爺さん。
ジルラルド。
チビ、がっしり系。
俺らのパーティーの盾、兼、外交官的役割。
ギルド内ではもちろんのこと特に冒険者界隈では、顔が広い。
色々融通を聞かせてくれて、その節はお世話になった。
一見ただの爺さんだが、甲冑を纏うと、なかなか様になる。
ハゲてはいないが、危うい毛量で。
貧弱そうに見えるが、体力は俺の何倍もある。
なんでもドワーフらしい。
年齢は三百歳を超えているんだとか。
酒に顔を真っ赤にして、何とも幸せそうだ。
「って、爺さん。あんま飲まないでよね?」
「ふほほほ、年寄りの楽しみを取るじゃない」
「んってぇ。ルビンさんに言われてるんだから、あたし。あんまりジルラルドを甘やかすなよ! って」
「ふほほほほほ。そいつは愉快じゃ」
さて。
時の経過は早い。
あの屈辱的な出来事から、多分、二年経った。
俺は、餓死も、モンスターの食料にもならず、何とか生きている。
幸いにも、何とか。
というのも、俺が捨てられたあの森は、酷かった。
中級モンスターとか魔獣が平気で跋扈する巣、危険地帯。
石を投げたら、普通に強い魔獣にあたるレベル。
そこで完全に孤立した俺だが。
何のことはない。
そいつらは、軒並み食料として俺の命を繋いでくれた。
もっとも、味は良くなかったが。
そんな超辺境サバイバル生活が三か月ほど過ぎたころ。
俺は偶然、とある冒険者パーティーに遭遇した。
彼らは魔獣討伐クエストを請け負っていて、この森に入ったらしい。
俺は快くその手助けをした。
何しろ暇だったし、久しぶりに人と話せるのが嬉しかったのもある。
そこで俺は腕を見込まれた。
「前衛としてうちに来ないか?」
悪くない条件だった。
住居三食寝床つき。
俺の身元のことも、とやかく詮索してこなかった。
訳ありを察してくれたらしい。
それに彼らの土地は、アステリア王国から遠い。
つまり、俺の隠れ家としては絶好の土地。
過去を捨てた俺にとっては、断る理由など何もない。
俺はそのオファーを二つ返事で快諾した。
そんなこんなで、今日がある。
そう思うと、なんか、感動だ。
人生何が起こるか、分からない。
なぁんてな。
もうあの時の気が狂うような怒りや憎しみは、思い出せなくなってしまった。
なんで、だろうな。
この二年間、ただ復讐心は消え、俺の心はただ空洞になっていた。
毎日、だらだらと、ただ過ぎ去っていく日々。
ギルドでクエストを請け負う。モンスターを倒す。金を稼ぐ。その金で飲む。酔う。後悔する。寝る。刺激も何もない、同じ日常。
変わってしまったのかもな、俺は。
闘志と向上心に燃えていたあの時の俺は、どこへ行ったのか。
そんなことを考えながら、再びジョッキを傾ける。
昨夜のモンスターの肉をほぐして、いただこうとしたその時。
酒場のドアが勢いよく開けられた。
「緊急だ! 村はずれの森に赤爪熊と魔獣の大群が出没した!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます