宮廷騎士団を追放された元最強の俺。なぜか第一皇女に溺愛される。

@koyomi8484

第1話 追放


「……はは、何言ってんだ? 追放? この俺が? お前ら、正気か」


「ええそうです。ライオグランツ様。あなたは第五十三回王級騎士大会において、不正を働きました。基準外の不当な力を行使し、カシミール卿に全治五年の大けがを負わせたとして、たった今王級元老騎士団から追放令が言い渡されました。現在をもって、グランツ様のすべての王級での権限は失効することになります」



 第五十三回、宮廷弾劾裁判。

 内部腐敗の要因から、絶対王政が廃止され、はや十年。

 権力が国王、元老院、騎士団院に分散され、その均衡を図るために設置された公的司法機関。

 いつもそれを傍観している側に座っている俺だが。

 なぜか今日。

 俺は壇上に突き立てられていた。




「な、に……」


「残念だが、そなたへの処罰はそれにとどまらない」


 そういって立ち上がる黒帽子。

 聖アステリア王国、司法の番人の異名を持つ堅物裁判官、ラプラス。

 有無を言わさず、今まで何十人も豚箱送りにしてきた典型的な保守派。

 典型的な権力者の太った腹が鼻につく。

 ヒキガエルみたいだ。



「宮廷騎士団騎士団長のライオグランツは、これから九十九年間、我が聖アステリア王国の領土に足を踏み入れることを堅く禁じられる。もしこれを破り、指一本でも我が国の国境をまたいだのなら、そなたは即時に捉えられ、処刑されるであろう」


「ちょっとタイム。なんか勝手に話し進んでるけど、どう考えてもおかしいだろ!」


「口を慎め。そなたはもはや騎士団長ではない。王国を汚した下種だ!」


「んなこと言って、なぁ? あんときはただ相手が弱かっただけで俺はまっとうに……。ってか、あ、そうだ」




 二年前。王国、いや。世界が危機に瀕したあの戦争。

 歴史に深く刻み込まれた魔族と人族を巡った大戦。

 国家単位で討伐隊が組織され、人族は魔族相手に果敢に戦った。



 一応、言っておくが。

 魔王の首を取ったのは、俺だ。

 親玉の制御を失った魔族どもは、皆めでたく消失。

 世界に平和が訪れた。


 つまり俺は王国を救った。

 いや、世界を救ったわけだ。

 決して大げさじゃない。

 もしあの時、俺の剣先が外れて、魔王を打倒せていなかったのなら。

 俺もろとも、人族存続は絶望的だったに違いない。


「王様は、この国のトップの王はなんて言ってんだよ。何も俺の戦果をひけらかすつもりはない、が。俺は一度この王国と世界を―――!」


「お言葉ですが、グランツ様。追放令とは、王級騎士団での不信任決議をきっかけに、元老院で審議された上、国王の承認を経て初めて有効になる物であります。お分かりですよね。この意味が」


「く……」


 つまり、もう王様の承認済みというわけだ。

 国を救ったその勇者であり、英雄であるはずの俺。

 どこで、何が間違ったらこうなるのだろう。


「なあ、おい。勘弁してくれよ。これが王国忠誠を誓って戦ってきた騎士への仕打ちなのかよ。お前ら、人の心ってのがないのかよ!」


「言葉を慎め!」


 すると壇上に立ち上がる、河童みたいな髪型のガキ。

 さっきのやつだ。

 淡々と語り始める。


「今、全てお分かりになったと思いますが、あなたのその言葉遣いに、王級騎士寮での日ごろのふしだらな態度が何十件も報告されております。おまけに第一皇女の清廉潔白な侍女殿を脅し、夜な夜な自室に誘い、行為を強要したとのこと、さらに……」


「なんなんだ、それは……」

「では証人尋問の時間に移る!!」


 ガタンと後ろの扉が開かれる。

 ぞろぞろと法廷に入り込んでくる、見たこともないような奴ら。

 そいつらは俺の前に整列すると、一斉にわめきだす。


「私は、ライオグランツが夜こっそり騎士団寮を抜け出して、王宮の方へ走っていくのをこの目で見ました」


「私は王級の警備を担当している物ですが、夜明け前、王女の侍女である様が泣きながら回廊を歩いて来るのをこの目で目撃しました。事情を伺ったところ、あらぬ事態が……」


「カシミール卿と模擬戦をなされたあの時、幾人もの宮廷魔法使いたちが、基準値を大幅に上回る魔力量を感じ取ったと申しております。それも意図的だったと」


「このように証拠は出そろっている! 最後に、何か異議を申し出たり、反論はあるか」


 はっきり言おう。

 全てが嘘だ。

 身に覚えがないとか、そういうレベルじゃない。

 度が過ぎた創作も、ほどほどにしろってんだ。


「いや、異議っていうか、反論というか。え、逆になんでだ?」


 一人、壇上に立ち上がる見覚えのある顔。

 鷹揚な足取りで俺の方に近づいてくる奴。

 宮廷副騎士団長ランスロット。

 二年前の戦争で、共に戦場を駆けた相棒――、のはずなのだが。

 今日はどうも様子がおかしい。

 その不気味なにやけが、嫌な予感を倍増させる。


「ランスロット、まさか、お前か。……お前なのか? こんな馬鹿げた騒動を起こしたのは……。よくきけ。だいいち、俺はそんなことやって……」

「グランツ。もう諦めろ。これ以上の言い逃れは見苦しいぞ」

「―――って、てめぇ! やっぱりおまえが――!」



「いいか、よく聞けグランツ。お前がこの場でいくら無実を訴えた所で、決して覆らない。おまえの信用はとっくに地に落ちている。それはアステリア王国内に留まらない。王宮騎士団長となるもの、顔が広いのは、お前が一番知っていることだろう」

「……なんだと」

「お前への待遇は、どこへ行っても最悪だ。もうお前を受け入れてくれる騎士団、いや傭兵団すらない。一生汚職の肩書を背負って生きる意味が、おまえには分かるか? 破滅だよ。世界を救った大英雄の肩書は、もうどこへ行っても通用しない」

「ははぁ。随分と饒舌じゃねぇか。ランスロット、すべてはお前の仕業なんだな。根も葉もないうわさを流して、嘘の証拠をでっち上げて、こんな大層な法廷に俺を招いたのは、すべてお前の魂胆なんだな、違うか!?」


「ふ、はははははは」

「おまっ、何笑って……」

「そうだ」


 あっけらかんと首を縦にふるランスロット。

 そこに微塵の躊躇も罪悪もない。

 ただそこにあるのは、俺に対する侮蔑と嘲笑。


「てめえ! いったい何が望みだ!? 俺は今までこの国に忠誠を……」

「グランツ。もっと正確に言うなら、この事態を引き起こしたのは、俺の単独判断ではない」

「何?」


 すると共犯がいたってことか? 

 いや。まさか、王国総揚げでの共謀って言いたいのか?

 それとも―――。


「お前がかねてから溺愛していた、弟子たちのご所望だ」

「……な、に?」


 俺は愕然とする。

 気がつけば俺は、膝から崩れ落ちていた。


「うそ……、だろ」

「いいや、嘘じゃない。実際に、おまえのの証言が、グランツ王宮騎士団長処罰に一役買っている」


 俺に至らないところが、あったのか?

 なあ、教えてくれ。

 俺は鎖につながれた手を、地面に叩きつけた。


「ふふはははは、ライオグランツ。 《魔王殺しの剣神》 の姿も、見る影もないな。その口から最後の喚きの一言や二言を訊けると踏んでいたのだが、どうやらその余地もないようじゃないか。ふふふ、はははは」


 俺の今までの努力と渾身は、何だった。

 俺はこんなやつらを守るために、命を懸けてきたのか。

 戦ってきたのか。

《魔王》を、倒したのか。


「落ちたものだな。グランツ。若くしてその剣術の才能を魅入られ、王級騎士団に推薦抜擢という異例を成し遂げて、さらには最年少で王宮騎士団長の座を手にした天下無双の《賢者》も、その国から一生追放されるまで成り果ててしまうとは」


 この世界に転生してきてから。

 俺は今まで、強さに固執してきた。

 ただひたすらに、強さを追い求めて生きてきた。

 そして血の滲むような努力の結果、俺は恐らく手に入れたんだと思う。

 本物の強さを。

 暴虐非道でも、冷酷無比でもない、本物の【強さ】を。

 誰もが認める公平で、一目瞭然の強さを。


 ある日、突然見える景色が変わった。

 俺を取り巻く何もかもが、予測可能な範囲に組み込まれた。

 相手の動きが手に取るように分かり、精神が研ぎ澄まされたのだ。

 それと同時に、俺の魔力値はめでたくLV9999を超えて事実上カンスト。

 魔王を打倒し得られたスキルで、俺は文字通りの【最強】を手に入れた。


 でもきっとそれは俺だけで成し遂げられたものではない。

 俺に唯一与えられたバフ効果。

 成長補正。

 俺が転生時に唯一願った、その能力。


 でも俺は有り余った力を決して乱用なんてしなかった。

 不当に他者を蹂躙した記憶もない。

 俺はただ堅実に生きてきた。

 強さを追い求める、名誉ある王級騎士として。

 前世で犯した過ちを、二度と辿らぬように。

 対等に、平等に。

 その仕打ちが―――、これなのかよ。


 その時。

 木のトンカチみたいなやつ声高らかに鳴らされた。

 よく裁判官が判決を出すときに鳴らす、アレ、だ。


「ここに。聖アステリア王国の汚点。神聖な宮廷騎士の恥。国を怪我した汚名としての、王級騎士団長ライオ・グランツを永久追放処分に課す」


 それを合図に、俺の両腕は屈強な男たちに拘束された。

 その場から引きずり出されて、国境付近まで無惨に馬車で引きずられた俺。

 最後に左手に焼き印を押され、モンスターがうようよ出ると噂の辺境の森に捨てられた。


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