悪役令息に転生した俺は『原作知識』を駆使して破滅エンドを回避する 〜 前世の記憶が戻った途端に原作には無い展開が始まったんだけど、ちょっと待って!?〜

彼方こなた

第一章

第1話 ーー転生。ただし、悪役として



 目を覚めた瞬間、俺は悟った。――ここは、俺の部屋では無い。

 

「お目覚めですか。アルベルト様」


 俺の名を呼ぶ声。

 意識が覚醒して、俺はぐるりと部屋の中を確認する。


「お怪我をさせてしまい申し訳ございません! アルベルト様、どのような処罰も受けさせていただきます」


 部屋にいるのは俺の従者たち。皆、緊張した面持ちを隠せていない。俺が下してきた処罰の前例を知っているのだから、仕方の無いことだが。


「――良い。許す」


 俺の言葉が部屋に響く。

 何人かが「え!?」と声を漏らしたのを聞こえた。彼女たちは慌てて口を押さえて、身を小さくする。


「……申し訳ございません。今、なんと仰られたのでしょうか?」


 大半が俺の態度に困惑している中で、俺の世話係をしている期間が一番長い(二年ほど)メイドが恐る恐る聞いてきた。


「許すと言ったのだ。二度も言わせるな」

 

「なっ!? あ、アルベルト様、本当にお咎めなしでよろしいのですか!?」


「くどい。これ以上言わせるのなら、望み通り処罰をくれてやるが?」


「も、申し訳ございません!」


 慌てて頭を下げるメイド。

 俺は彼女を一瞥すると、部屋にいた従者全員に命じた。


「少し休む。一人にさせろ」

「しょ、承知致しました。それでは、何かございましたらお呼びください」


 恭しく礼をして、従者たちはぞろぞろと立ち去っていく。パタンと静かに扉が閉まるのを確認して、俺はふぅっと息を吐き出した。


「…………」


 ボスンっとベットに倒れ込む。

 ああぁぁぁぁ!! 緊張した! すっごい緊張した!! え、なにこの状況。なにこの状況。あと俺のキャラ何? 何様なの? 緊張して変なこと言ってなかったよな……言ってた気がする。


 ドクンドクンうるさい心臓を落ち着かせるために、俺は深呼吸をした。……よし、落ち着いてきた。


「何が起きたんだ、これ……まさか、俺……生まれ変わったのか?」


 ひとしきりベットの上でジタバタしていたら少し落ち着いてきた。まずは自己分析しよう。今の状況を正確に把握するのだ。

 

 俺の名前は遠藤 結斗。日本生まれ日本育ちの平々凡々な十六歳。それが目を覚ましたら、豪華なベットに見たこともない本物の従者。そして何より――俺ではない『俺』の記憶。


「そして今の俺はアルベルト・ヴァルシュタインか……」


 その名前は不自然なまでに聞き覚えのある名前だった。

 思い出すのは中学時代に友達と一緒にやったとあるRPG、『グランドマギア・アカデミア 〜封印された魔導書〜』――通称マギアカ。

 

 魔法貴族が国を支配する異世界で、平民である主人公が魔法学園に入学することから物語が始まる。


 学園内で出会うヒロインたちや、周囲のキャラクターとの関わりがストーリーを進めていく中で、主人公は平民としての立場と、強大な魔法の力とのバランスを取らなければならない。学園内の特別な試験やイベント、陰謀など、様々な出来事が進行していき、最後には世界の命運を賭けて戦う――。


 という内容だ。

 俺の記憶にあるこの国の名前とゲームで出てきた国の名前が完全に一致している。そして何より――。


「……よりによって、アルベルトかぁ」


 アルベルト・ヴァルシュタイン。

 この名前もゲームに登場する。主人公のお邪魔キャラとして――そして、どのルートでも破滅する所謂ざまぁ系キャラとして。


「……まあ、どうとでもなるか。俺はこれからの展開を知っているし」


 俺の心は落ち着いていた。理由は決まっている。俺には『原作知識』があるのだ。原作通りに進行しつつ、俺にヘイトが集まらないようにすればどうとでもなる。


 もちろん、心配がまったくない訳では無いが今から準備をすればどうにでもなる。


「それよりも新しい人生をくれた神様に感謝しないとだな」


 前世は享年17歳。トラックとの衝突による事故死。ロクな青春時代を送れていなかった身としては、学園生活と聞くと心躍るものがある。ましてやそれが好きなゲームの世界だ。最高な気分だと言っていい。


「アルベルト様。少々よろしいでしょうか」

 

「入れ」


 偉そうな声で俺はそう言った。

 突然話し方を変えると怪しまれる。魔法が発達した世界だ。乗っ取りを疑われたら溜まったものでは無い。羞恥心的に辛いものがあるが、この調子で続けよう。


「精霊祭も終わりということで、祝福の儀の準備が整いました。お怪我をされてお辛いと思われますが、」

 

「良い。すぐに支度をする」


 逸る気持ちを抑えられずについつい話を遮ってしまった。だが仕方がないだろう。『祝福の儀』なのだ。あのゲームはこの儀式から始まる。いうなれば、俺が経験する初めてのゲームイベントだ。


 俺は祝福の儀を執り行う場所へ向かう中で、設定を思い出す。

 

 『祝福の儀』。これは、15歳となった男女が執り行う儀式だ。これは身分の差関係なく行い、それぞれが精霊神より祝福――固有スキルを授かるイベント。そこで主人公は異質なスキルを得て、学園に特待生として入学する――ところまでがプロローグとなる。


 そして、俺、アルベルト・ヴォルフシュタインの固有スキルは『堕落の契約』。これを使うことで相手の力を取り込んだり、支配することが出来る強力なスキル。

 

 アルベルトが破滅する一因であるスキルだが、俺なら上手く利用できる。むしろ、試したいことが沢山あるのだ。ほかの作品なんかを参考に、どれだけ応用を効かせられるのか。ゲーム好きとしては確かめたくて仕方がない。


 儀式を取り仕切る部屋に入室し、司祭の前に立つ。

 儀式が始まる。――俺の心臓が、激しく脈打つ。緊張しているわけではない。ただ、この瞬間がどうしても現実に感じられなかった。


「――それでは、精霊神様より祝福を賜ります」


 これからのことを妄想していると、いつの間にか司祭による祝詞がほとんど終わっていた。あとは締めの文言を言うと、固有スキルを得ることが出来る。


 俺の胸が、激しく高鳴った。何かが始まる予感がする。司祭は手をかざすと、厳かに唱えた。


「『未来に栄光あれグラン=ルミナス・エルテナ』」


 体中に電流が走るような感覚。心臓が鼓動を速め、視界が一瞬ぼやける。何かが、俺の内側から爆発しそうな気配。


 数秒ほどして俺の内側にあった気配は鳴りを潜める。

 

「これにて祝福の儀は終わりです。アルベルト様、おめでとうございます」

 

「ああ。それで、俺の固有スキルは何だ?」


 既にどんなスキルを得たのかは理解している。だが、ここで聞かなかったら怪しまれるかもしれない。

 

 既に俺の心は『堕落の契約』という固有スキルをどのように実験するかということに囚われていた。だからこそ、司祭が言った次の言葉に冷水をぶっかけられたかのような感覚に陥る。


「アルベルト様の祝福は――」


 ――『堕落の契約』です。


「――『縁結びアストラ・ヴェール』ですね」

 

「…………は?」


 俺の目の前が、急に暗くなったように感じる。予想していなかった結果が突きつけられた。


「『縁結び』……だと?」


 俺の声が震えた。


「いや、そんなはずはない。絶対に、絶対に何かの間違いだ! 司祭、本当に俺の祝福は『縁結び』なのか!?」

 

「え、ええ。精霊神様よりアルベルト様が賜った祝福は『縁結び』でございます」


 バカな……。

 俺の足下が崩れ落ちていくのを感じる。

 俺が破滅エンドしかない悪役に転生しても冷静でいられたのは、原作を知っていたからだ。それが今、根本的に壊れた……!


 俺――アルベルト・ヴォルフシュタインの転生人生は初日から大波乱で幕を開けるのだった。



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