EP喰:眷属達のフリーダム 上


 とある世界の西の果て、赤く染まった砂と岩が歪な地平線を描き、それが永遠とも呼べるほど長く続いている広大な荒野。

 そこには水も無く食べ物も無い、あるのは熱烈な日光とゴールドランク以上の魔物だけで人間にとっては魔境と恐れられている。

 だが、そんな魔境にも人は集まるものだ。

 高ランクの魔物を倒して稼げる腕のある冒険者、荒野の地下深くにある資源を金にする貴族達。

 そんな過酷な地に耐えれる猛者が集まる街『アトラスサウド』。

 

 その日、この街に1人の男が現れる。



――

 


 それは街の大通りの裏道にある小さな酒場。

 客層は悪く、昼間だというのに酔い潰れている者や口喧嘩で盛り上がる者、今にも血が流れてしまいそうないかにも危険そうな酒場だ。

 

 (ガチャー)と店の扉が開く音が店内に響き渡る。


 1人の男が酒場に入って来た。

 男の外見は色白に肌に赤髪で骨格は細く綺麗な、まるで女の様な柔らかそうな体であった。

 その男が入店すると、店にいた客の目線が集まった。と、言うより男が目線を集めるのは当然の事だった。

 何故ならその男は上裸にハーフパンツだけという、この魔境では不自然すぎるほど軽装だったからだ。

 それに可笑しな所はまだあった。

 男は何故か、焦げた臭いと共に全身から煙が噴き出ていたのだ。


 「おいっ!兄ちゃん!どうしたんだよ」


 入口の近くにいた小汚いおっさんが男に話しかけた。正確には聴かずにはいられなかったのだろう。


 「………」


 だが男は返事を返す事はなく、ただおっさんの顔を黙って見つめ返すだけだった。

 その目はまるで獲物を見定める時の猛獣の様だったという。


 「なっ、なんだよ兄ちゃん。きみの悪りぃ…」


 小汚いおっさんは男を気持ち悪く思い、三歩後ろへと下がっていった。

 そんなおっさんを見た男は、ただおっさんに背を向けて店の奥へと行ってしまった。


 その男はそのままカウンター席に着き、飲み物を頼んだ。

 マスターもその男に興味はあったが聞くことはせずに頼まれた飲み物を用意するだけであった。

 そして頼んだ飲み物が男の前に出されると、男はすぐに飲み物に手を伸ばした。

 

 「おっと…悪いなー手が当たっちまったぜ」


 だが、横から急に現れた魔人が飲み物を倒してしまった。

 口ぶりやその悪びれない態度から飲み物を倒したのはわざとだろう。

 男は何も言い返さずに、溢れ床に滴る液体を眺めているだけであった。


 「おいおいおいお前さん、なんで裸なんだ?身ぐるみでも剥がされちまったのか?

 見た所金もろくに持ってなさそうじゃねぇか。

 この街での無銭飲食は殺されてもおかしくねぇぜ」


 「…………そうか、でも大丈夫だ金ならある」


 男は小さくしゃがれた声でそう呟き返すだけだった。

 何故か男は飲み物をわざと溢された件は触れなかった。

 

 「ハッそうかよ、じゃあ俺にもなんか奢ってくれや。もちろん良いよな」


 魔人は図々しくも男に対して食事を媚びてきた。

 この魔人が何故ここまで横柄な態度をとれるかには理由がある。

 腕っぷしの強さはもちろん、頭もきれるこの彼はこの魔鏡に来て1年も経たずに頭角を表したかなり名高い人間だったからだ。

 だがこの魔人は酒を飲むと気が大きくなり今の様にだる絡みをするのだ。

 周りにいる人達も魔人のいつものノリと分かっているので何も言わずニヤニヤと現状を眺めているだけである。


 「はっ……嫌に決まってるだろ。食いたいもんがあるなら自分で買え、それかゴミでもあさっていれば見つかるんじゃないか豚」


 その男は魔人の提案を拒否するどころか、何故か罵声を被せてきた。

 そして店内の空気は静まりかえり誰も何も言う事なく、周囲の人間はカウンター席の2人から目を離せずになっていた。


 「……殺す……店長、後で金払うから掃除は頼むわ」


 魔人はブチ切れて腰に指していた剣を抜いてしまった。

 魔人がブチ切れるのも無理はない、何故なら魔人は半分冗談程度で言ったつもりのセリフを否定され更には侮辱されるなど思ってもいなかったからだ。


 (シュッ………ボトッ)と剣を振る音と共に何かが床に落ちる音がした。


 魔人の振った剣が男の左耳を削ぎ落としたのだ。

 静まりかえった空間で男の左耳が床に落ちる音は良く響く。

 魔人の殺意は本物だと疑う余地もない。


 「…ッ…いった〜」


 男は自身の左耳が無くなったというのに「痛い」とまたしても小さく呟くだけだった。

 そして何故だかその男の口角は吊り上がっていた。


 その顔を見た魔人は馬鹿にされていると思い無性に腹を立て、また男に向かい剣を振り下ろした。

 魔人の殺意は今度こそ男の頭頂部に突き刺さり、男の脳天は真っ二つに割れてしまった。

 周辺には血が噴水のごとく噴き出し、辺りは真っ赤に染まってしまった。


 「クソガキが…この街に来たからって調子こきやがって…」


 魔人は痰と共にそう吐き捨て、さっきまで座っていた席へ戻っていった。


 

 「……………………あ゛〜最高〜だよあんた〜脳天を割られたのは久しぶりだ〜」


 魔人の後ろからしゃがれた声が聞こえてきた。

 魔人は振り返えると目を大きく見開いていた。

 だがそれは魔人に限らずその場にた全員が同じ反応をしていた。

  

 『男は脳天を割られた』これは事実だ。

 だが男の頭はみるみると元の形に戻っていき、傷の1つも残さず元通りになっていたのだ。


 「いや〜喧嘩売っといて正解正解」


 男の口調はとても上機嫌だった。

 その証拠にさっきとは比べものにならないくらいの笑みを浮かべていたからだ。


 「………おい…何で生きて……『回復魔法』…か?」


 「ちがうよ〜ってか魔法だったら脳やられた時点で使えなくなるじゃん」


 「………じゃ、じゃあなんなんだよテメェ」


 「教えね〜よ豚、知りたかったら本でも読め。

 あっでもどうせお前みたいな豚は字も読めね〜か」


 男は更に魔人を煽った。

 魔人は殺せなかった不完全燃焼感と煽られた怒りから再度、男に対して剣を振った。

 男は剣を振られるのが分かっているのにも関わらず、避けようともせずにその場で魔人の剣の行く末を見つめているだけだった。


 2度目に魔人が振るった剣は男の首を吹き飛ばした。

 男の首は十数メートルは吹き飛び床に転がった。

 だが、魔人が視線を飛んだ首から体に戻した頃には男の頭部は元に戻っていた。


 「ッ……まっ マジで何なんだよテメェ!」


 魔人は今起こっている状況に理解が追いつかず、男から距離をとり後退りをした。

 当然の反応である。


 「な゛〜お前、殺される感覚って知ってるか?」


 男は席から立つと後ずさる魔人を追うようにゆっくりと近づいていった。

 男の表情は変わらず満面の笑みだった。


 「痛くて痛くてタマンナイだよッ♡♡だから今度は俺の番ね」


 男はそう言うと高く飛び上がり魔人に飛びつき、魔人を床に倒し馬乗りの体制になった。

 魔人はその時頭を強く打ち付けて意識が朦朧としてしまった様で引き剥がそうと抵抗するも弱々しかった。


 男は魔人が回復して本気で抵抗される前に魔人の四肢の骨を順に自身の拳で粉々に破壊していった。

 近くには鈍器になる椅子や物はたくさんあったが男は一切目もくれず自身の拳で殴り続けた。

 もちろん何かを殴れば自分にも衝撃や痛みが返ってくる。 

 だが男は最後まで魔人の頑丈な四肢の骨を自身の拳のみで破壊し続けた。

 魔人の叫び声が響き終わる頃には男の拳は魔人の四肢の同様に、グチャグチャになっていた。

 だがそれはまばたきをし終わった頃には元通り綺麗な形に戻っている。


 「あ゛〜やっぱ自傷もいいよな〜背徳感がダンチだよ〜♡♡」


 男は天井を眺めてよく分からない事を呟いていた。

 

 「お゛いっ!俺を助げろ!早ぐ!」


 魔人は近くにいる人達に助けを求めた。

 自分ではもうどうも出来ない事を悟ったのだろう。

 ただ床に倒れ込み助けをこう魔人は被害者とはいえ周りの人間からは情けない姿に映った。


 「…………」

 「…………」


 助けを求められたのに対して、行動に移す者は誰も現れなかった。

 

 「おいっ!何してる!早くこいつを殺せ!金なら幾らでも出すから!早く!こいつを殺せー!!」


 激昂する魔人に対して近くにいた獣人が嘲笑いながらこたえた。


 「いやー……無理でしょw。だってそいつ明らかに壊れてるもん。今だってこんな状況なのにあんたの腹の上でナニ勃たせたんだぜ」


 男は魔人が激昂する以前、正確には四肢を破壊している時から股間を反応させていた。

 魔人の四肢と共に反動で壊れていく自身の拳、壊れてもなお止まる事なく打ち付けられる拳の骨は砕け肉に刺さりとてつもない痛みが男を襲っていた。

 だがそれは男にとってそれは愉悦だったのだ。

 何故なら男は超弩級のマゾヒストなのだから。



 時は遡り、その男がまだ幼かった頃。

 その日、男は両親と仲良く散歩をしていた。

 だが不運にも途中で雨が降ってしまい、雨宿りの為に3人は近くにあった洞窟に場所を移した。

 更に不運な事に、その洞窟は魔物の巣であった。

 3人は魔物から逃げたが逃げ切れる訳もなく、両親は幼い男を庇いながら魔物のえさとなっていった。

 庇ってくれる両親は魔物に食べられてしまい、魔物は次に男を食べようと鋭い爪で男の体を突き刺した。

 男は死を覚悟したが、通りすがりの冒険者によって魔物は討伐され男は重症を負ったが生き残った。


 次の日、男は起きると昨日の事を思い出し深く慟哭した。

 だが悲しみで満たされているはずの感情の中に違和感があった。

 それは悲しみとはほど遠い何か…『喜び』に近い何かだった。

 数日経って男は幼いながらもその感情を理解した。

 『自分を庇って死んでいった両親』への罪悪感。

 『重症を負い死の間際から回復した奇跡』への喜び。

 それらは徐々に変化していった。  

 罪悪感は背徳感へ、喜びは快感へと変わっていき男は真正のマゾヒストとして開花したのだった。



 「な゛〜お前今、苦しいか?痛いか?怖いか?なぁ答えてくれっなぁ!?」


 男は魔人に対し笑顔でそうなげかけた。

 床に倒れ込む魔人は体を震わせて男の笑顔を眺める事しかできなかった。


 「おいっ!俺が聞いてんだよ!答えろ!

 苦しいか!?痛いか!?怖いか!?それとも気持ちいいか!?………答えろぉ!」


 男はそう言いながら魔人の顔面を殴り始めた。

 魔人の顔はみるみると紙粘土の様に変形していくのが分かる。

 殴られ続けていては応えようとしても応えられない。

 だが男は魔人を殴るのを辞めない。

 むしろ自分がやってもらいたいとでも思っているかのように。


 「……………っ……す」


 魔人は何とか喉を震わせた。

 だが何を言っているのかさっぱりだ。


 「………ったい…です」


 「あぁ?きこえね〜よ」


 「……たいです」


 「だからきこえね〜って!」


 「い゛だい゛ですっ!」


 魔人はやっと自身の心境を叫ぶ事ができた。

 魔人が叫ぶと男は殴る手を止めて徐に立ち上がった。


 「はぁー……………つまんねっ」


 男は小さく呟くと自身の指の皮を噛みちぎった。

 そうして出た血を魔人に対して数滴垂らした。

 すると魔人の体は数分前と同じ様、傷1つ無い元通りの姿になっていた。

 

 「……治った?」


 「……飲み物代はお前が払っとけよ、俺飲んで無いけど」


 男はそう言い残すと店の外へと出ていってしまった。

 男が外に出るとまた体から煙が立ち昇った。



――



 街を歩く男はご機嫌が斜めになっているようで、道端に酔い潰れている老人を蹴飛ばしながら歩いている。

 男は相変わらず体から煙を撒き散らし、周囲の人間から視線を集めていた。

 

 「ねぇあんた、ヴァンパイアでしょ」


 男の後方から女の声が聞こえてきた。

 男が振り返るとそこには真っ黒なローブに身を包みローブのフードを深く被りその下に仮面をつけた、いかにも怪しげな人間がいた。

 

 「……なんだお前〜?………あ〜そうかこの感じ……お前も同じヴァンパイアか〜。300年ぶりだな〜同族と会うのは」 


 「あんた、よく生身で日の下歩けるわね。普通なら灰になるはずじゃないの?」


 「あ〜まぁ〜…普通はそうらしいな。でも俺は眷属だけど純ヴァンパイアより数倍も回復速度がダンチだからな〜」


 「へぇーヴァンパイアにも個人差ってあるのね」


 「……お前、まだヴァンパイアになってそれほど経ったねぇのか?」


 「えぇ、まだヴァンパイアになって3年くらいよ」

 

 「………はぁ〜……って事は俺と同じで眷属って事だよな〜……元は誰だ?」


 「[キリコ」って人よ、知ってる?」


 「………マジかっ!?あいつまだ起きてるんかよ!!」


 「………知ってるの?」


 「知ってるも何も、俺はキリコちゃんの眷属第一号だぜ〜」


 「あっそうなの……じゃあ、あなたが[サーフカース・ヴァーカー]?」


 仮面の女は男の名前を知っていた。正確にはそのキリコというヴァンパイアから聞いたのだろう。


 「正解っ、で、あんたは?」


 「私は……[クレン]よ」


 「ふーんクレンちゃんね……で、なんか用?」


 「別に用は無いわ、たださっき店で暴れてたじゃない。首切られても治ってたし、同じヴァンパイアかと思って話しかけてみただけよ」


 「あっそ……気は済んだかな?」


 「えぇ、済んだわ。じゃ」


 ローブと仮面に身を包み日光から自身を守るヴァンパイアのクレン。

 彼女は男…サーフカースに背を向けて歩いていってしまった。

 

 「……なぁクレンちゃん……なんでお前はヴァンパイアになったんだ?」


 そんな背を向けた彼女に対しサーフカースは今度は自分から話しかけた。

 この質問にどういう意図があるのか分からないがサーフカースはどうしても気になったのだろう。


 「別に……なんとなくよ」


 クレンはそれに対し曖昧な答えで返した。


 「………嘘つき〜……まっ俺も別にそこまで聞きたい訳じゃなかったから良いけどね〜。

 引き止めて悪いね、じゃあ死なない限りまた会えるよ。死なないけどね」


 「……そうね」


 サーフカースは今度は止める事なく彼女を見送った。

 久しぶりの同族との邂逅というのにあっさりとした別れ、寿命という概念が無いヴァンパイアだからこその感性だろう。

 

 「…………あっ顔ぐらい見ときゃ良かった。今度あっても俺から気づけないじゃん」


 サーフカースは今度こそ飲み物をゆっくり飲む為、新しいお店を探し始め歩き出した。



――



 新しい店まで行く途中、サーフカースがパンツからお金の入れてある袋を取り出した。


 「そういえ後いくらあるんだっけ?………ッ…やば」


 サーフカースの財布の中には銅貨が2枚しかなかった。

 これは飲み物どころか雑草も買えないほどだった。


 「マジか〜いつの間にこんな使ってたんだ?」


 と言う事でサーフカースは急遽、店に行くのを諦めてこの街のギルドに向かう事にした。

 サーフカースも一応、腕のある冒険者だ。

 だが冒険者と言うにはあまりに怠惰で依頼を受けるのは数年に一度だという。

 サーフカースは進路を180度変更しギルドに向かった。


 (ガチャー)とサーフカースがギルドの扉を開けた。


 サーフカースがギルドの扉を開けると目の前に先程別れたはずの黒いローブに身を包み仮面をつけた奴がいた。


 「また会えるって言ってたけど…意外と早かったわね」


 クレンはサーフカースと仮面ごしに目が合い、苦笑いをした。


 「……そうだな〜ってかお前も冒険者なのか?」


 「えぇそうよ、悪い?」


 「別に悪かねぇよ」


 「そうよね………ねぇあんた、良かったら一緒に依頼受けない?」


 「………いいぞ」


 サーフカースは戸惑う事なく即決した。


 「………断られるかと思ってたわ」


 「なんでだよ、で?なんか良い依頼でもあるんか?」


 「えぇこれよ」


 クレンはそう言うと1枚の依頼用紙を出した。

 その用紙には以下の事が書かれていた。

 『洞窟の深くに眠る希少鉱石レアオーアの採掘。

 発掘された希少鉱石レアオーアによって報酬の賞金が決まる。

 場所はアトラスサウドから西南に40km。

 洞窟内にはゴールドランクの魔物も複数確認されている。

 だが今回、魔物を倒しても賞金は支払われない。

 冒険者ランク制限……フリー。

 依頼募集期間30日』

 

 サーフカースはこの依頼用紙を見て明らかにテンションを落とした。

 

 「…やだ絶対やだ」


 「なんでよ?」


 「まず、なんでこんな鉱石採掘クソカスワークなんだよ。俺達ヴァンパイアは死なないんだからやるなら魔物討伐一択だろ」

 

 サーフカースの意見は真っ当だった。

 普通の人間ならば魔物戦いで生きるか死ぬか全力で挑む必要があるのに対し、ヴァンパイアは死ぬ事がないので魔物との戦いに躊躇する必要が無い。

 もちろん鉱石の採掘より魔物の討伐の方が依頼の成功賞金が高いので効率面でも鉱石採掘は劣っている。

 死なないヴァンパイアだからこその選択をクレンは選ばなかったのだ。


 「…っバカにしないで、もちろん理由はあるわよ。

 1つ、私達ヴァンパイアは夜目が効くでしょ。それなら火なんかで灯りを持たなくても効率良く作業が出来る。

 2つ、私1人でやるより2人の方が効率が良い。

 3つ、個人的に欲しい希少金属レアオーアがあるのよ」


 「俺のメリットは?」


 「無いわ、そんなの」


 「……解散」


 サーフカースは呆れてしまった。

 そして流れるようにクレンから離れていった。


 「待って待って冗談よ冗談!」


 クレンは距離をとるサーフカースの腕を掴み自分のそばに引き戻した。


 「ちゃんと賞金は半分にするから」


 「………え?」


 サーフカースは『当たり前だろ』と思った。

 それすら渡さないつもりだったのかと思うとサーフカースはクレンの傲慢さに恐怖を覚えた。


 「……でも俺は手伝わね〜よっ」


 「なんでよ!?」


 「俺は魔物と戦いて〜んだよ」


 「はぁ?魔物と戦っても痛いだけじゃない」


 「それが良いんだよ!」


 超弩級のマゾヒストである彼がそう答えるのは必然だった。

 だがそのセリフを聞いたクレンは眉をひそめ引きつった顔をしていた。


 「なにそれ……キモっ」


 「はっ!いいか!俺はな、どんだけ痛い気持ち良い思いをしても死なない体になる為にヴァンパイアになったんだ!

 だから日の下だって裸で歩くし、武器だって使わね〜し、お前の今言った『キモ』だって俺にとったらご褒美なんだよ!

 鉱石採掘になんか付き合ってられるかっ!」


 彼はとても真剣だった。

 だが内容が内容だったので当然クレンには1ミリも響かなかった。

 だが真剣だったからこそ、クレンは彼を『ヤバい奴』と認識出来たのではないだろうか。

 先程引き留めたのは自分なのにすでに離れたいという気持ちがクレンの中にはあった。


 「………じゃ…じゃあ魔物の討伐に……する?」


 だがクレンはサーフカースの勢いに負け、魔物の討伐を提案してしまった。


 「おう、たりまえだ」

 

 サーフカースは『当然だ!』と言わんばかりの態度と笑みを浮かべていた。


 そして彼らが受けた依頼は以下のものになった。


 『〔緊急〕アトラスサウド北部に魔物発生。

 特徴から超重害魔物および世界識別番号「6」にあたる魔物「蛇福飛ザナフィー」であると思われる。

 この依頼は国からの最重要依頼の為、報酬として無限の富と国での行動の制限と責任がなくなる事を約束される。

 冒険者ランク制限………フリー。

 期間無し。』


 「ねぇ……実際の所…あんたこいつ殺せるの?」


 クレンは依頼用紙をヒラヒラとなびかせながらサーフカースに問いかけた。

 クレンは内心不安でいっぱいだった。

 サーフカースが「良いのあった!」と喜んだ瞬間から嫌な予感がしたという。


 「………わからんな〜」


 「……死なないとは言っても殺せなかったら意味無いのよ」


 「……それはわかってる」


 サーフカースのクレンへの返事はテキトーだった。

 そして何故か間抜けた面をしていた。

 死なないとはいえこれから魔物と戦う人間の顔ではない。

 

 「……ねぇ、あんた勝つ気無いでしょ」


 「あっバレた?」


 「だってあんたは痛かったらそれで満足なんでしょ?」


 クレンは痛みを愉悦とするサーフカースなら数十年でもその魔物と戦っていてもおかしくないと思ったのだ。


 「あぁ…でも満足したらちゃんと殺すからさ」


 サーフカースの『殺す』と言うセリフには謎の説得感があった。


 「はぁ…もういいわ…ここまで来たら最後まで付き合うわよ」


 クレンは折れる形でサーフカースについて行く事を決心した。

 彼女もヴァンパイアなので、なんだかんだテキトーなのだ。


 「なぁそういえばクレンちゃん……お前何が出来んの?キリコちゃんの眷属だからやっぱステゴロとか?」


 「私は……荷物持ちかしら」


 「…ッ…お前それでよく『付き合うわよっ』とか胸張って言えたな…はずっ」


 「う…うっさいわね。ほらっどうせ疲れなんて無いんだから今から行くわよ」


 クレンは自身の羞恥を誤魔化すようにサーフカースの腕を掴みさっそうと出発しようと歩き出した。


 「ちょっと待てよ」


 サーフカースはそんなクレンを逆に握り返し引き留めた。

 

 「何よ?」


 「戦う前に腹ごしらえくらいしよ〜ぜ」


 「……それはそうね」


 それから2人は軽く食事を済ませ『蛇福飛ザナフィー』のいるアトラスサウド北部へと歩き出した。



――


 

 サーフカースとクレンが歩き始めて数時間。

 気づけば日は沈み夜になっていた。


 「………ねぇあんた、夜になったら急に静かになったわね」


 「ん?そうか?」


 サーフカースはマゾヒストだ。

 だから日が出ている昼は肌の焼ける痛みで気分が高揚しているが、日が落ち夜になると痛み不足となりテンションが著しく下がるのだ。


 「自覚ないの?……骨の髄までマゾなのねー……」


 クレンもその事を昼の内に嫌というほど理解したのでテンションが落ち静かになったサーフカースの現状を本人より先に理解していた。


 「……なぁクレンちゃん。そういや夜になったんだから仮面外せば?」


 「……確かに…そうするわ」


 そう言うとクレンは仮面を外し、真っ黒なローブのフードをおろした。

 するとそこからはヴァンパイアとはいえこの日差しが強い地に似つかわしくない真っ白な肌に綺麗に透き通った金髪、大きな目と長く綺麗なまつ毛、小さな鼻と大きな口をした幼さと慎ましさを備える美しい顔が現れた。


 「……お前っ…後で殴ってくんね?」


 サーフカースはクレンの素顔を見て頬を紅潮させていた。

 何故ならクレンの素顔がサーフカースにとってドストライクだったからである。


 「キモッ…………でも……魔物をちゃんと殺せたら良いわよ」


 「シャア!」


 サーフカースは両手を掲げて喜んだ。

 それほどまでにクレンからの暴力が嬉しかったのだ。

 だがクレンは半分冗談で言ったつもりだったはずだが本気で喜ばれてしまい戸惑っていた。


 「じゃ、じゃあ早く行きましょ……」


 「ああ!そうだな!」


 昼間の様に上機嫌になったサーフカースの足取りは少し早くなった。

 それに合わせクレンも少し小走りになる。

 

 これから2人が戦うのはこの広い世界的に知れ渡る超強大な魔物だ。

 2人がヴァンパイアだからといっても勝てる保証などどこにもない。

 だが2人は向かう。

 1人は自身の快楽の為。

 もう1人は流されるまま。







 「クレンちゃん、気合い入れたいから普通にヤラせてくんね?」


 「は?キショすぎ、死ねばマジで……」


 「くぅ〜♡♡」

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