EP13:あの頃、そして先へ ①
「ただいまー」
ジケイ会館本館でのトーナメント組み合わせ会議が終了し、日が暮れてきた頃。俺とキリコさんは実家である薬屋に戻って来ていた。
「おかえりなさいステイ。ちょうど良かったわ、薬をギルドまで運んで来てー」
そう言いながら母さんは薬草と薬液がたくさん入った籠を渡してきた。
「帰ってきた途端おつかいかよ。別にいいけどね……」
「おーいステーイ、帰ってきたってのにまたどっか行くのかー?」
籠を受け取ったタイミングでリリスさんが2階から降りて来た。
「うえっ!?!?」
俺は目の前の光景に驚いた。というか驚かずにはいられなかった。何故なら、2階から降りて来たリリスさんが……まるで貴族の女児が着る様なフリッフリな可愛らしいピンクのドレスに身を包んでいたからだ。
「ハッ、リリスさん………なんなんすか…その格好?」
「……ぐぁっ!やべッ着替えるの忘れッ………みっ見るなー!ステイ!」
似合っていると言えば大嘘になるだろうか?
だがこれはこれでいい気がする。それは何故か…2mをゆうに超えていて全身が筋肉で構成されており勝気な性格のリリスさんに俺はいつも漢らしさを感じている。
だが今のリリスさんはどうだろう?……まるで漢らしさを感じない。
そのフリフリな服に着られているリリスさんは恥じらっていたのだ。
まるで乙女である。
普段の勝気なリリスさんだからこそ、恥じらっている姿が新鮮で可愛かった。
本当の女児の様だ……。
だが、やはり可愛いと思ったのも束の間、次の瞬間には腹の底から込み上げてくるものがあった。
「プッ………ククク…アッハッハッハハハギャハハハハハハハハハ……ヒーヒー…リッリリスさん…なに…アッハハハハハーハハハッハッハ……リリスさんリリスさん、えぇ、可愛いすぎますよ、ええ…ヒーヒーギャハハハッハッハハハ、なんでっそんな服ッ…アハハハ…ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」
転生後、1番笑ったかもしれない。
「クッ…黙れ!」
(ボグッ)
殴られた。イテェ。
さすがに笑い過ぎてしまったか…。
「アハハハッ……ハーハーハーす、すいません………で、でも…リリスさん、本当になんでそんな格好してるんです?」
「こ、これはだな……」
「私のお下がりよ……って言ってもサイズが大き過ぎて着てなかった物だけど…もしかしたらリリスちゃんなら入るかなって、試しに着てもらってたのよ」
「母さんの?……こんな服の趣味してたのか…」
そう考えると息子的にはちょっとキツイです。
「ステイ…まぁそういう事だ、勘違いするなよ!」
リリスさんは本気の目をしていた。
「は、はい…わかってますわかってます。じゃ、じゃあ俺はこれから用事があるので……」
「なんだ?どっか行くのか?」
「えぇはい、ちょっとギルドに
「……一緒にってお前、俺様の今の格好見て言ってんのか?」
「はい!もちろん!大丈夫ですよリリスさん!可愛いですから!」
「そ、そうか……じゃー行くわ」
やはりリリスさんは天然だなー、まぁ可愛いというのは嘘じゃないからいいか。
「キリコさんもどうです?」
「私は用事があるので…」
いやいやキリコさん、絶対嘘だろ。この格好のリリスさんと外歩きたくないだけだろ。
「……そうですか、じゃあ2人で行きましょうかリリスさん」
「おう!」
「じゃっ行ってきまーす」
俺はフリフリお姫様と外へ出た。
ギルドまでの道は昔と変わらなかったのでそのまま昔の記憶を頼りに歩いて行った。
ギルドまで行く途中、すれ違う人達には凄い顔で見られていた。
そしてそんな事を、俺の言った「可愛い」を間に受けてしまったド天然リリスさんは、先程の恥じらいは何処えやら…全く気にしている様子ではなかった。
「ステイ!さっきから凄い見られるんだけどやっぱ俺様が可愛いからだよな?な!」
リリスさんは満面の笑みで問いかけてきた。
悪ふざけて誘った俺としても申したわけないと思ってきてしまった。
「……え、えぇそうです!リリスさんが超絶可愛いからです!」
悪ふざけが過ぎているだろうか……確かに冷静に考えればこんな痛々しい……可愛らしい人と普通に並んで歩いている俺も側から見れば異常者なのかもしれない。
まー別にいっか、知り合いに見られる訳でもないし!
そして、俺とリリスさんは仲良くスキップでもしながらギルドに向かった。
――
ギルドに着いた。
ギルドに着くまで何人に冷やかな目で見られただろうか……さすがに疲れた。
リリスさんを誘ったのは俺なのだから自業自得と言えばその通りだ。
だからギルドに入ったらさっさと仕事してさっさと帰ろう。
そして帰ったらリリスさんに2度とその服を着ない様言わなければ。
そうして俺達はギルドの扉を開け中に入った。
外にいた時から中から大きな音がしていたのでわかっていたが、ギルドでは宴会が行われていた。
俺達は宴会を横目に受付まで歩いていき、薬草と薬液が入った籠をおろした。
「お姉さん、これの換金お願いします」
「は、はい……えーっと薬草と薬液の換金ですね。少々お待ち下さい」
少々お待ちくださいと言われたので、俺達はその場で少々待つ事にした。
「………にしてもリリスさん。あの宴会、何の集まりなんでしょうね?」
「さーな、詳しくは分かんねーけど…あれだろ…あれ…………………………………………………………………………………………………………」
「………結局なんなんだよ」
でもまぁ、宴会か……前世では会社の飲み会とかしか参加してこなかったからなー。
あんな楽しそうな声が聞こえてくると羨ましいと感じてしまう。
そうして俺がボーっと宴会を眺めているとある1人に目がいった。
そいつは周りの人間と比べて異色過ぎた。
頭にドクロを被り、背中からは大きな羽が生えている有翼人。
それは今日の昼型、ジケイ大戦のトーナメントを決める時に部屋にいたゲャミー・ピンクだった。
俺は彼か彼女かわからないがジロジロ見過ぎたのだろう。ドクロ越しに目が合ったのが分かった。
俺は咄嗟に目を逸らしてしまった。
別にやましい事などないから堂々としていればいいものの、俺はその異様な容姿にビビってしまったのだ。
「……ステイ、なんかドクロの野郎が近づいて来たぞ」
「えっ!?」
俺がゲャミー・ピンクに視線を戻すと本当に近づいて来ていた。
「ッ…リリスさん、なんかあったら守ってくれますか?」
「………ん?あー大丈夫だろ。敵意は感じねーし」
「そすか……」
リリスさんが言うのだからそうなのだろう…が、一応警戒はしておく。
そして気づけばゲャミー・ピンクとの距離は間近に迫っていた。
「………」
「………」
「君は…ステイ・セント君で間違い無いね?」
確かにゲャミー・ピンクの声からは敵意を感じなかった。
「えぇ、ステイです。あなたは魔法部師範のゲャミー・ピンクさんですよね?」
「はい、いかにも」
「宴会ですか?明日はジケイ大戦ですよ?」
「ハハっだからこそです」
「ふーん……で何か俺に用ですか?」
「いえ、そんな大した事ではありません。ただの挨拶がてら少し貴方とお話がしたくてですよ」
「…俺でよかったら是非」
「おおっそれは良かった、ステイ君、貴方はクァイと違って礼儀正しいですね」
「?……クァイさんも礼儀正しいですよ?」
「ハハっ、確かに今はそうですが昔は酷かったですよ彼。何か気に食わない事があれば直ぐ暴力をふるって来ましたし、王直属の兵士だというのに言葉使いも汚かったですねー……まぁと言っても何十年も前な話なんですがねー」
なんか、思ったより気さくな人だな。
「そうなんですか……」
クァイさんか……そう言えばクァイさんはあれからどうなったのだろう?
城に報告しに行ったのは知ってるけどそれ以降の事は何一つ情報が無い。
もし城や首都にいるなら久々に会いたいな。
「ゲャミー・ピンクさん……クァイさんって今何処にいるか知ってますか?俺も久々に会いたくて…」
「あぁ……聞いてなかったんですか、クァイなら遠方の国に飛ばされましたよ」
「えっ!?………………………良かったー」
俺は心から安堵した。
「『良かった』?」
ゲャミー・ピンクは俺の反応を聞き困惑した様に首を傾けた。
「えぇ、ぶっちゃけ処刑されて死んでると思ってましたもん」
そう、これが俺の本音だったからだ。
そして何故この様な考えに至ったのか……それは俺が今までの人生を普通に生きてきたからだ。
ぶっちゃけこの考えに確信めいたものを感じたのはつい先程行われたジケイ大戦のトーナメントを決める時、クァイさんがこの国の王直属の兵士だと分かったからだ。
そしてクァイさん周りの違和感を繋いでいけばなんとなくストーリーが見えて来る。
まずクァイさんと言えばクレンの護衛。
老兵とはいえ王直属の兵士がたった1人を守るとなったら、その対象は大物となる。
つまりクレンは何かの重要人物という事になる。
そして俺が捨てられる前に泊まる予定だった宿、あの宿は
そして最後に、俺がクァイさんと別れる直前、クァイさんは「なんて報告すればいいんだ!」と言い、キリコさんは「とりあえずクァイは城に戻るといいですよ」と言った。
これだけの情報があれば馬鹿じゃない限り見えてくる。
クレンは国の王の娘…つまりお姫様でクァイさんはそんな大事な大事なお姫様の護衛って所だろう。
そしてここからの話は分かっていると思うが、クァイさんはクレンを護衛する仕事を失敗した。
それは一国のお姫様を失った事を意味する。
命を失うには十分過ぎる程の理由があるのだ。
だから俺はクァイさんは既に殺されている者だと思っていた。
のだが、ゲャミー・ピンクが言うにはクァイさんは遠方の国に飛ばされた様だ。
殺されないって事はクァイさんは余程この国と王に真摯に支えてきたのだろう。
トーナメントを決める時、クァイさんの名前が出ただけで俺が認められたのもクァイさんというブランドがあったから…。
クァイさん………とっくに殺されてしまったと思ってたから生きていて本当に良かった。
本当に心からそう思う。
「良かった……生きてるんですね」
「?…あ、あぁ。詳しい事は分からないが生きてる事は確かだ。保証しよう」
「ありがとうございます」
「それと……ステイ君、話は変わるが……君、その後ろの半魔とはどういう関係なんだい?」
ゲャミー・ピンクは俺の後方を指差した。
「……『半魔』?」
だが俺の後方にはリリスさんしかいない。
「ステイ、気にすんな。ソイツがただ時代遅れの老害ってだけだ」
リリスさんの目つきが鋭くなってゲャミー・ピンクを見下ろし睨みつけている。
その視線からは明らかに怒りを感じた。
「えっと……半魔ってのは良く分かんないんですけど…彼女は俺の……
「パートナーだ!」
俺のセリフに被せリリスさんは意気揚々に答えた。
「パートナー?ハハっ………
「?………はい」
「ッ…………………そうですか、では私は失礼します」
今の一連の会話にどんな意味があったのだろうか。
だがほんの一瞬、俺が「はい」と言った瞬間、ゲャミー・ピンクから凄まじい殺意を感じたのは何故だろう?
「薬草と薬液の鑑定が終わりましたー」
ゲャミー・ピンクが戻って行って丁度、鑑定が終わった。
「……じゃあ帰りますか、リリスさん」
「ん」
――
薬草と薬液の鑑定を済まし、帰り道の途中…。
「あの野郎ッ!人の事魔物扱いしやがって!クソッ!俺様をあんなカス共と一緒にすんじゃねー!!」
リリスさんは珍しくキレていた。
「………半魔ってやっぱそういう」
鬼人を差別する用語なのだろう。
「あの野郎ー……次にまた言ってきたらぶっ殺してやる!なぁステイ!」
「……………………リリスさん、今日はその格好で抱かせてください」
「あー?なんだ急に?……俺様を慰めてんのか?」
「いえ、俺がそうしたいだけです」
「……………あっそ」
「……………」
それから俺はリリスさんと横並びに帰路を辿った。
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