EP 2:災難は人から

 (ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ……)


 「おーい!アイルー起きろー大丈夫かー?」


 俺は今、気絶したアイルを起こす為アイルの頬を軽く叩いている最中だ。

 結構な時間叩いているが中々起きない。


 (ペチペチペチペチ……)


 すると後ろからリリスさんが近づいてきた。


 「おいステイ変われ、俺様がやる」


 え?マジで?


 「リリスさんちょっ待って」


 俺は咄嗟にリリスさんの手首を掴み静止した。

 もしも石を投げただけで巨大なゴキブリを吹き飛ばしてしまうリリスさんの力で叩いたら最悪アイルの首が吹き飛んでしまうかもしれないからだ。

 それだけは回避させなければ。

 

 「…心配すんなよ、ちゃんと加減はするから」


 いやいやいや、それでも全然心配だわ。


 「…………本当に手加減するから、なっ」


 「そ、そうですか……」

 

 リリスさんがそこまで言うので仕方なく俺はリリスさんの手首から手を離した。


 後に俺は手を離した事を後悔した。


 リリスさんは倒れているアイル頭上に周りこみ頬に手を当て叩く位置を確認した。

 リリスさんの手のひらはアイルの顔の2倍くらい大きさがあった。


 「リリスさん、本当に加減してくださいよ……」


 「だー!わかってるって」


 リリスさんは手首をスナップする様にビンタした。


 (バチンッ!)


 うわっ凄ぇー音。

 鞭みたいな音だ。


 「いっだーーー!!!」


 アイルはビンタを打たれた瞬間目を覚まし飛び起きた。

 

 「よしっ起きた!」


 いや『よしっ』って。

 見てみろ、アイルの綺麗な褐色肌を貫通するぐらい頬が紅くなってるぞ。

 あれは1週間ぐらい痛みが引かないんじゃないか。

 かわいそうに。


 「痛ってー!痛い痛い!食われた!死んだー。お母さーんお父さーん助けてー!!!」

 

 アイルはあまりの激痛にゴキブリの魔物に食われたと勘違いし暴れだした。

 

 「おいアイル落ち着け落ち着け。大丈夫だから、俺達死んでないから!」

 

 俺は混乱し暴走したアイルを止めるため脇を抱えこんだ。

 それでも落ち着くまでの数秒、俺はアイルの暴走で顔面に彼女の肘が何発か当たった。


 「助けてー!!あー!………………って、あれ?…ステイくん?生きてる?」


 「生きてるよ」


 彼女は口を開け呆然としていた。


 「あれ?魔物は?なんで私達生きてるの?」


 「リリスさんが助けてくれたんだ」


 「リリスさん?」


 「あぁ、ここにいるだろ」

 

 俺はアイルを抱え込んだままリリスさんを紹介した。


 「こちら俺達の命の恩人のリリス・アクリアさんだ。ちゃんとお礼言っとけよ」


 リリスさんを見たアイルは目を丸くして驚いていた。

 まぁこんな見た目が派手な人間見れば誰だって驚くよな。


 「す、凄い。き、鬼人だ………!!」


 奇人?確かにリリスさんの見た目は奇抜だが、初対面でしかも命の恩人にそんなことを言うなんて案外アイルは失礼な奴だな。


 「始めて見た……!」


 早くお礼しろよ。


 「あっ。た、助けていただきありがとうございます。私アイル・ストゥーって言います」


 アイルは目を輝かせリリスさんを見つめていた。


 「おう、リリス・アクリアだ。良かったな俺様に助けられて」


 リリスさんはアイルの目線までしゃがむとアイルの頭を優しく撫でた。

 撫でられているアイルはとても嬉しそうだった。


 ……なんか2人のこの構図、すげえ画になるな。


 「…なんだステイ?お前も撫でてもらいたいのか?」


 やべっ、2人を凝視してたからリリスさんに勘違いをされてしまった。

 まぁ、ぶっちゃけ超してもらいたい!

 けど俺見た目は子供だけど中身が40歳近いから流石に恥ずいわ。


 「違いますって。俺は別にそういうのいいです」


 あーぁ。もったいねぇーことしたー。


 「ふーん、そっ。じゃーステイの分までアイル撫でるわ」


 「……好きにしてください」

 

 (さすさすさすさす……)


 …リリスさんがアイルを撫で続けて数分。

 俺がゴキブリの死骸を片付けていると何かが焦げた様な臭いが漂ってきた。

 それはリリスさんとアイルの方からだった。


 2人の方を見てみると、なんとアイルの頭から煙が出ていた。


 「うわっ!ちょっリリスさんストップ!」


 「ん?何を?」


 「撫でるの!」


 リリスさんの撫でる力が強すぎるせいでアイルの髪の毛とリリスさんの手のひらで発生した摩擦熱で発煙していたのだ。

 だが当の本人は何事もなかったように笑顔だった。


 「おい…アイル大丈夫か?」


 「えっえ?何が?」


 マジかこいつ。

 自分の髪の毛が焦げて無くなってんのに気づいていないだと。


 「『何』じゃねぇよ!頭だよ!」


 「えっ!?何かなってる?」


 「なってるよ!…っていうかなくなってるよ!」


 アイルは自分の頭部に手を当て始めて自分の髪が焦げて無くなっている事に気がついた。


 その時のアイルの表情は『無』そのものだった。


 「…………う嘘…でしょ」


 アイルは放心状態となり動かなくなってしまった。

 

 「……ちょっリリスさん。何かないんですか?」


 「何かってなんだよ」


 「このままだとアイル、ショックでまた倒れますよ」


 「その時はまた俺様が叩いて起こしてやる」


 そういう事じゃねーよ!

 なんだこの人!?脳筋がすぎるだろ。


 「な、なんかアイルの髪の毛治す方法とかないんですか?」


 「うーん……………あっそうだ!」


 リリスさんは何かを思いついた様で凄くニコニコしている。

 

 「………教えてください」


 「カツラ買えば解決するぞ!」


 元も子もねぇ。この人はアホというより天然だな。

 

 「いやいや、それだと何の解決にもならないですよ。もっとこうないんですか……ほら、魔法とか?」


 そうだよ、この世界には魔法がある。何かの魔法1つや2つで何とかなりそうじゃないか。


 「………いや、俺様魔法とかそういう難しい事分かんないんだよな」


 「確かに」


 「『確かに』?」


 やべっ、あまりにリリスさんの人物像通りだったからつい口が滑った。


 「ん゛ん゛ッ、なんでもないです。それより本当にどうしますか?」


 「うーん……」


 咳払いで何とか誤魔化せた。

 よかった天然で。


 (バタン!)


 何かが倒れる音がした。


 「おっ!?」


 音のする方を見るとそこにはアイルが仰向けでぶっ倒れていた。

 ショックに耐えきれずに倒れたっぽいな。

 

 「よしっ俺様の出番だな」


 リリスさんは意気揚々と足早に倒れたアイルの頭上に回り込んだ。

 なんでちょっと嬉しそうなんだよ。

 

 「リリスさんっ!」


 「だー!わかってるって加減だろ!?」


 「それもそうだけど!」


 (バチン!)


 あーぁ、今度はさっきと逆の頬が真っ赤に腫れ上がってしまった。

 だが今回はアイルが目覚めなかった。


 「あれっ?弱かったか?起きねーぞ」


 いやいや全然弱くねぇーだろ。真っ赤に腫れ上がってますもん。


 「もう一発いっとくか!」


 は?こいつアイルを殺す気か!?


 「リリスさんっ!待っ…」


 (バチン!!)


 あー……終わった。

 歯、今ので全部砕けたんじゃないか?

 頬が赤通り越して真っ青になってるし。


 だがそれでもアイルは起きなかった。

 近くに行き脈を確認したが一応、生きてはいた。


 「起きない………もう一発…」

 

 う、嘘だろ。

 もうこいつは『天然』以前の問題だ。

 あぁ、殺される。このままだとアイルが殺されてしまう。

 

 (バチン!!)


 もう敵だろこの人。

 俺達の命の恩人だからって流石にこれは酷すぎる。

 魔物に襲われてた方がまだましだったんじゃないか?


 アイルの顔は風船の様にパンパンに膨れ上がっていた。

 だがそれでもアイルは目覚めなかった。

 まずいぞ、このままだと永遠に起きなくなってしまう。

 

 「リ、リリスさん。もうやめましょう、このまま続けたらアイル死んじゃいます」


 リリスさんは『?』みたいな顔をしている。

 もう本当に怖いんだけどこの人。


 「アイルは俺が何とかしておくんでリリスさんはもう帰ってもらって大丈夫です」


 「そ、そう…じゃー俺様はもう街に行くとするよ。お礼はまた会った時に返してくれよ」


 できればもう会いたくないな……。


 「……は、はい!また会えるといいですね。ではさようならー」


 俺はアイルを背負いリリスさんから逃げる様に街に戻った。


 少し歩いて振り返った時にはリリスさんの姿はもう何処にも無かった。



――



 リリスさんと別れてから40分くらい経っただろうか、俺達はギルドに戻って来ていた。

 アイルは未だ目を覚まさないでいる。

 俺はギルドに戻るとすぐさまアイルの治療に取り掛かった。

 ここには俺が家から持って来た大きな籠が置いてある。

 その中にはギルドが買い取ってくれず余った薬草と薬液が少しばかり残っている。

 それを使えば僅かだが頬の腫れは引くだろう。


 「本来ならこんな事しなくて良かったのに……」


 (ポチャ)


 薬液をアイルの頬に垂らし指で優しく広げた。

 その後薬草を薬液に浸し、頬に当て放置しておけば一応大丈夫だろう。

 

 俺はアイルをギルドの奥の方にある長椅子に横たわらせた。

 早速だが頬の腫れが小さくなって来ている気がする。

 さすが母さんの薬草と薬液だ。


 「まぁ、回復魔法あれば一瞬なんだけどなー……」


 母さんに聞いた事がある。

 回復魔法は魔法の中でも使うのがとても難解だという事を。

 使える様になるには最低でも1000年単位の修練が必要となると言われているらしい。

 誰が使えるんだよ。

 まぁ、だからこうして薬草と薬液がこの世界でも需要があるのだけど。


 …それにしても本当にギルドには色んな人がいるな。

 あれは獣人だろ、横にいるのは魔人だよな。それにあそこにいる綺麗な姉ちゃんはエルフか。

 俺みたいな普通の人間もそこそこいるけどやっぱこうして全体的に見ると目立たないな。

 

 「うぅ……」


 横から唸り声がしたので見てみたらアイルが頬を抑え起き上がっていた。

 薬草と薬液はちゃんと効果を発揮してくれたみたいだ。


 「おお!アイル、やっと起きたんだな」


 「う、うん?ここ何処?あれ?魔物は?」


 起きたばかりのアイルはどこか虚な目をしていた。


 「何言ってんだアイル?魔物ならリリスさんが倒してくれたってさっき言っただろ」


 アイルは眉をひそめていた。


 「だ、誰?リリスさんって?」


 「えっ?!」


 「…え?」


 起きたアイルはリリスさんとの記憶を無くしていた。それほど髪の毛を失ったのがショックだったという事だろうか。

 

 「いや思い出せって、ほら全身赤くて大っきい人だよ」


 アイルは眉をひそめたまま首を傾げて顎に手を当てた。


 「ごめんステイくん……思い出せないや」


 おいおい、って事はその焼け焦げた髪の毛はどう説明すればいいんだよ。

 さすがに薬草と薬液でも髪の毛は治らないぞ。

 だが幸いリリスさんの事を忘れてるって事は今の所アイルは自分の髪の毛が無い事を分かっていない。

 何とか誤魔化さなければ。


 「………な、なぁアイル、あそこに犬の獣人がいるだろ」


 俺は受け付けの近くにいた獣人の中でも特に毛がふさふさしている1人の男を指差した。


 「う、うん。そ、それがどうしたの?」


 「あいつを見てどう思う?」


 「えっ?…ど、どうって……まぁ触ってみたいかな」


 「ほう、それはどうしてそう思ったんだ?」


 「……ふさふさだから…かな」


 「うん、そうだな俺もそう思う。じゃあ次はあそこにいるトカゲの獣人を見てみろ」


 次に俺は仲間達と楽しそうに食事をしている男を指差した。


 「う、うん」


 「あいつをどう思う?」


 「また?…えーっと………鱗がつるつるして綺麗……とかかな」


 「うん、俺もそう思う」


 「えっ?ステイくん、急に何?何か言いたいの?」


 「あぁ…つまり人間はどんな奴でも良い所があり、他人の良い所は無い者にとって憧れの対象となるのだよ」


 「は、はぁ…」


 アイルはまだ眉をひそめて首を傾げていた。


 「…それはアイルも同じだ!その綺麗な金髪も!綺麗な褐色な肌も!その………ッ」


 ダメだ!言葉を詰まらせるな俺!


 「そ、そのっ!焼け焦げた頭頂部だって…誰かからは憧れの対象として見られているんだ!」


 アイルは目を丸くしていた。


 「や、焼け焦げた……頭頂部?」

 

 アイルはゆっくりと自分の頭頂部に手を当てた。

 その時のアイルの顔はまた『無』そのものだった。


 「………………キャァアァア!!??!!??」


 アイルは数秒の『無』の後、大きな悲鳴をあげた。

 その悲鳴はギルド中に響渡り、俺の鼓膜にダイナマイトだった。

 

 「な、ななな何で!?何で髪無いの!?ねぇ!ねぇ!ステイくん何で!?ねぇ何で!?私の髪が!」


 (ダァン!)


 アイルは俺の肩を掴み床に押し倒した。


 「おい、おお落ち着けって。なっ?」


 「落ち着けるかァ!」


 ごもっともである。


 「何で無いの?ねぇ!」


 「リ、リリスさんがやったんだ」


 俺は正直に話した。まぁ本当の事だし俺自身に問題はないのだが…。


 「だから誰だよぉ!リリスさんって!?」


 アイルがリリスさんの事忘れちゃってるから話が通じない。

 あぁ、こんな時にリリスさん本人がいれば楽なのに。

 

 「おいおい、喧嘩は辞めろよ、なんなら俺様が仲裁してやろうか?」


 アイルに押し倒され、アイルが陰になって良く見えないが俺には分かる。

 この一人称。

 この透き通った声。

 間違いないリリスさんだ!


 「ちょっお願いします!アイルをどかして下さい!」


 「おう!任せろ」


 (ぐおっ)


 リリスさんはアイルは持ち上げ俺から引き剥がした。

 と思っていた。

 だがアイルが持ち上げられ俺の視界に入って来たのは全然知らない奴だった。

 赤くなく黒い肌。

 銀髪などそこにはなく全身黒毛。

 金色の瞳どころか顔が深すぎて瞳はみえなかった。

 っていうかメスゴリラの獣人だった。


 「誰だテメェェェェ!!お呼びじゃねぇわ!」


 (ベチンッ!)


 メスゴリラにビンタされた。


 「痛゛っ………なんで!?」


 メスゴリラはアイルを降ろし、向こうへ帰って行ってしまった。

 アイルは降ろされた瞬間すぐさま駆け寄って来て胸倉を掴み引っ張った。


 (ぐいっ)


 「髪返せぇぇ!!」


 アイルの顔はくしゃくしゃで今にも泣き出しそうであった。

 なにより目が充血して真っ赤だ。

 

 「かえせェエェェ!!キィェェェェェ!!!」


 アイルはもう完全に我を失っていた。


 「おいお主ら、良い加減喧嘩はやめるのじゃ」

 

 (バシャ!)


 すると突然横から俺とアイルに大量の冷水がかけられた。

 横を見るとそこには1人の女児がいた。 

 女児は自分の身長の倍はありそうな杖を持っていて被っている帽子も明らかにサイズが合っていない。

 身につけている装飾も煌めいていたがこれもサイズが合っていなく、まるで体を小さくされた人の様だった。

 

 「のう、お主ら何をそんな暴れておるのじゃ?まったく儂のような老体にも気を遣っておくれよ…」


 老体?それに見た目とそぐわない『のじゃ老人』口調だ。


 「……もしかしてそっちの半長耳ハーフエルフの髪が無い事が原因かの?」 


 ハーフエルフ?……アイルの事か?


 「あ、あぁそうだ。髪が無くなったから混乱して暴れてるんだ」


 「なるほどの……おい小僧。その子をしっかり抑えておくんじゃぞ」


 「?…あぁ」

 

 小僧?


 すると女児は持っている杖をアイルに向けた。


 「『神は救わない。神は見放した。ならば汝は誰が救う?汝は儂に救われる。代償は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎から1年分。……回復ヒーリング』」

 

 女児の言っている事はあまり理解できなかった。

 だがその瞬間、アイルの頭頂部が光輝きだした。


 「うっ!」


 あまりの眩しさで目が開けられない。

 光が収まるまで少し時間がかかったが光が収まる時にはもうアイルの髪の毛は元通りになっていた。

 それだけではなく腫れていた頬も治っていた。

 

 「か、回復魔法……!?」


 「そうじゃ、凄いじゃろ」


 「あ、あぁ…」


 回復魔法、使えるまで1000年以上の修練が必要な魔法だ。

 なんでこんな女児が使えるんだ?

 

 「……ステイくん!髪戻った!戻った!」


 髪が生え治ったアイルは正気に戻り俺の胸倉から手を離した。

 

 「おう…良かったな」


 「ご、ごめんなさい。さっきはあんな態度とって」


 本当にな。

 それにアイルが別人みたいで怖かった。

 だが俺にも幾らか落ち度があったからもういいだろう。

 

 「あ、あの!か髪っ治していただきありがとうございます」


 アイルは女児に向かってお礼をした。


 「お礼などいらんのじゃ。儂は儂の為にやっただけなのじゃから」


 「で、でも凄いですね回復魔法使えるなんて!」


 「本当だよ、なんで子供が回復魔法なんて使えるんだ?」


 「フッ、儂を子供扱いするでない。儂は今年でもう2025歳じゃ」


 「2025歳?」


 西暦かよ。


 「おう。なんせ儂はそこの半長耳ハーフエルフと違って純長耳族エルフじゃからの」


 「はぁ…」


 へぇー、エルフが長生きなのはなんとなく知っていたがここまでなのか。

 

 「じゃ、じゃあなんでそんな子供の見た目なんだ?」


 「んー…まぁ別にどうだって良いじゃろ。お主らには関係ないのじゃ。では儂は戻るとするよ、じゃあの」


 「は、はい」


 エルフの女児?はサイズの合わない服を引きずりながら自分達のパーティらしき人達の所に戻っていった。


 「ス、ステイくん。そろそろ兵隊の募集しに行こ」


 「…そうだな」



――



 1時間後。

 

 「はい、後はここに名前を書いて書類の手続きは完了です。えーっとステイ・セント君9歳ですね。ということは10歳以下なので兵隊になる為の試験は行いません。

 ですが王国で働く様になるまでは5年間、貴方の身柄は我々が管理させていただきます。では7日後の朝9時にお城の隣にある『ジケイ会館本館』入口に来てください」


 「はい…わかりました」


 7日後…来週末か意外と早いな。


 「ステイくん、終わった?」


 アイルは一足先に手続きが終わったようで、後ろで待ってくれていた。


 「おう、今ちょうどな」


 「良かったね……」


 「…そうだな」


 なんだ?

 アイルが何か言いたげにウズウズしている。


 「ど、どうかしたのか?」


 アイルは『バレた!?』見たいな面をした。

 わざとらしい。


 「い、いやー……そのなんというかー…」


 「いいから早く言えよ」


 「……う、うん…その…来週末まで、ステイくん家に泊めてくれないかなーと…」


 「お前もしかして家無いのか?」


 「う、うん」


 なるほどな、まぁ俺的には問題は無い。

 むしろウェルカムだ。

 だが俺ん家は経済的に厳しい状況だ、食費だってそんな余裕は無い。

 

 「うーむ…」

 

 …………が、まいっか。

 アイルにも仕事の手伝いとかしてもらっとけば良いだろ。

 食費のことだって俺の分から引けばいいだけだし。

  

 「良いぞ、家来いよ」

  

 女の子を家に呼ぶのは何年ぶりだろうか。

 ドキドキしてしまう。

 

 「あ、ありがとう!」

 

 「だけど家の手伝いとかしてもらうからな」


 「う、うん!」

 

 ギルドの窓から外を見てみたらもう真っ黒だった。

 いつの間にか夜になってる。

 

 「じゃっ、そろそろ帰るか」


 「うん」


 俺達は薬草と薬液が入っていない大きな籠を背負いギルドを出た。



――


 

 俺達は行きと同様細い裏道を歩いていた。

 そろそろ家だな。


 「アイル、そこの角を右だ。曲がったら薬局が見える、そこが俺ん家だ」


 「わ、わかった」


 だがアイルは角を曲がらず立ち止まった。


 「おい、どうした?早く行けって…」


 「ね、ねぇ…ステイくん家って薬局って言ったよね?」


 「あぁ」

 

 「な、なんか沢山人いるんだけど」


 俺はアイルを押しのけ裏道を出た。

 アイルの言っていた通り家の周りに人だかりができてた。


 「なんだ?」


 近くに寄っていくに連れ異臭がしてきた。

 嗅いだことの無い臭いだった。

 俺は人だかりを掻き分けながら家の玄関にたどり着いた。


 「おいあんた、もしかしてセントさんの息子さんかい?」


 近くにいた老人が話しかけてきた。


 「あぁ?……そうだよ」


 「そうかお気の毒に…」


 『お気の毒』?何言ってんだこのジジイ。

 ………『お気の毒』っていえば最近俺ももどっかで使ったな。


 俺は玄関のドアノブに手をかけた。

 

 (ガチャー……)


 「ステイくん!待って!」


 ドアを開けると目の前に2つの死体が転がっていた。

 よく見るとそれらは借金取り達だった。


 「………は?」


 するもドアを開けた振動で死体に集っていた虫が一気に外に飛び出した。

 後方では虫が出てきて慌てて逃げる人達の声がする。

 だが俺はそれどころじゃなかった。

 ただその死体を理解するのでいっぱいだった。

   

 なんでだ?

 訳がわからない。

 母さんが殺したのか?

 借金を返すのが限界になったから?

 いやそれは違うだろ。

 じゃあ誰が?

 なんで?

 

 (カチャカチャ)


 家の奥から軽い金属同士がぶつかる音が近づいてきた。

 

 「おー、おかえりステイ。待ってたぞー」


 家の奥から来たのは俺の名前を気軽に呼ぶ、金髪で肌白い1人の若い男だった。

 その男は何故か全裸であった。

 だが腰には剣を携えている。

 

 「早く玄関閉めろよ、寒いだろ」


 「だ、誰だよお前。お前がこいつら殺したのか?」


 「あぁ、そだよ」


 「な、なんで?」


 「『なんで』って…ハハっ。俺の女が知らない奴等とヤってたら誰だって殺すだろ」


 そう言う男は笑っていた。


 「お前は……」

 

 「…『お前』じゃねぇよパパだ」

 

 「…パパァ?」


 こいつが?

 この未だ10代くらいのこいつがパパ?


 「う、嘘だ……」


 「本当だわバーカ」


 「…………母さんは?……母さんはどうした?」


 「シーランなら疲れてたから上で寝てるぞ。

 いやーやっぱシーランのまんこが1番具合良いわ、前より少し緩くなってたけどな。

 ハッハッハハ」 

 

 「なんで……」


 「…あぁ?」


 「なんで今まで帰って来なかったんだよ」


 「……冒険者だから」


 俺の中で何かが切れた。


 「ふっ…ざけんな!!テメェがいねぇ精で母さんがどれだけ苦しんだと思ってる!あぁ!?

 お前がいれば!お前がいれば!母さんはこんな苦しむ必要無かった!風俗で体も売る必要も無かった!

 借金取りの機嫌取りの為に奉仕する必要も無かったんだぞ!!」


 「うるせぇ、こっちは疲れてんだよ。それにもう心配ないだろ」


 「……なにがだよ」


 「死んでんじゃん、そいつら」


 男は床に転がっている死体の顔を足で踏みつけた。


 「それに金ならもう十分ある。さっきシーランに渡した。ざっと金貨400枚だ」


 「………」


 「なぁステイ、それよりさっきからずっと気になってたんだけどお前の後ろにいる子誰?」


 男は俺の後ろで縮こまっていたアイルを指差した。


 「ねぇ誰?もしかしてお前の妹?」


 (ガシッ)


 男はゆっくり近づいて来て俺の髪の毛を引っ張った。


 「なぁ説明してくれよステイ」

 

 男は全く笑っていなかった。


 「た、ただの友達だよ」


 くそっこいつ、何年も俺たち放置してた癖に独占欲の塊かよ。


 「………あっそ…まぁ確かにシーランに少しも似てねぇな」


 「……… 分かったら離せよ、あといい加減服着ろって」


 「あー悪かった悪かった。その子、女だもんな」


 俺に対しては謝罪ねぇーのかよ。

 

 「…………」


 「ねぇねぇ、君名前は?」


 男はアイルに呼びかけた。


 「えっ、わ私?」


 「うんそうだよ!」


 「ア、アイル・ストゥーです…」


 「そうかそうかアイルちゃんか、よろしくね」


 「よ、よろしくお願いします」

 

 男は笑顔に戻っていた。


 「何歳なんだい?」


 「………9歳です」


 「ふーん……」


 男はアイルを舐め回すように見つめて、性器が少し大きくなっていた。  

 キモい……。


 「……っおい!お前この死体どうするんだよ?」


 「お前じゃない、パパだっつってんだろ」


 「……じゃあせめて名前教えろよ」


 「パパの名前は[マースメロ]だよ」


 「じゃあマースメロ、この死体どうするんだよ?」


 「……さぁ?そろそろ衛兵が来るんじゃないか?」


 「……あっ…そうかよ」


 「………なぁ息子よ、少し眠ってろ」


 「あ?」

 

 (ドッ!)


 気づいた時にはマースメロに後頭部を殴られていた。


 そして気絶した。

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