第11話 酔っぱらいとお茶漬けと一日の終わり

「なはー.....」


「ほら言わんこっちゃない」



 結局リーゼはぐでんぐでんに酔ってしまった。俺が担ぎ、『元禄』の前でキヨコは渋い顔だった。



「ちゃんと帰れるの? これ」


「どうなんだろう。え、ここから担いで徒歩なのかな」



 来た時は家の屋根を飛んできたから良いが、道路を普通に歩くとなると軽く1時間以上かかる気がした。時刻は1時。タクシーを呼べば良いと言えばそれまでだが。



「馬鹿にしないでよ、らくひょーよ」



 ややろれつが回っていない状態でリーゼは指を振る。途端に俺の体の自由が奪われた。



「またこれ!?」


「ああ、彼に連れてってもらえるのね。なら大丈夫か」


「俺はあんまり大丈夫じゃない」


「じゃあ、明日は気を付けてね。あんまり彼をこきつかうんじゃないわよ」


「わーってるわよ!」



 キヨコはタバコをふかしながら俺たちを見送った。


 俺の体はリーゼをかついだまま飛び上がる。操られているから当然だがまるで重みは感じない。そのまま家々の屋根を超えていく。背中に背負ったリーゼは静かだった。



「おい、大丈夫なのか」


「あんたが動いてるってことは大丈夫よー」


「じゃあ、お前が寝たら」


「むふふ、落ちちゃう」


「むふふじゃないんだよ」



 どうやら俺がこうして操られるのはリーゼの意識あってのことらしい。リーゼによれば俺はこの高さから落ちても死なないらしいが、本当かどうかは確かめていない。もしかしたら無残なことになるのかもしれない。途端に青ざめてくる俺。



「頼むから寝ないでくれよ」


「むにゃむにゃ」


「むにゃむにゃじゃないよ!」


「冗談よぉ」



 リーゼはヘラヘラ笑っている。完全に酔っぱらいだった。



「あー、当たってる」


「なにが!?」


「エッチ!」


「めんどくさいな!」



 リーゼの絡みは面倒くさいことこの上なかった。色々当たっているのは事実だが、残念ながらとうの経ったおじさんには耐えられる範疇だった。人生経験の賜物だった。ドキドキはしているが。だが、若干この主の横暴さへの怒りが上回っている状態だった。



「家に帰ったらお茶漬けよ!」


「さっき4杯も食ってただろ!」


「まだ食べたい!」



 すさまじい面倒くささだった。体が操られてなかったら投げ飛ばそうか真剣に考えるレベルだった。だが、そういった自由は俺にはなかった。


 そんなアホなことを言いながら家々の屋根を飛び回り、そうこうしているうちにあっという間にマンションだった。


 俺はそのまま自分の部屋の前までぴょんぴょん飛ばされ、ドアの前でようやく体が自由になった。



「なんとか意識は保ったか」


「お茶漬け!」


「分かったよ! 出せばいいんだろ出せば!」



 俺は部屋に入り、とりあえずベッドにリーゼを転がす。それから台所に行って冷蔵庫にあったご飯をレンジに入れ、ヤカンの乗ったコンロに火をかけた。


 奥の部屋ではリーゼがうなりながら寝返りをうっている。



「本当に明日大丈夫なのかあいつ」



 あの状態で明日病院の調査なんか出来るのだろうか。というか、魔族とかいう大層な肩書のクセに人間と同じくらいの量でぐでんぐでんになってしまった。知り合いの酒豪の方がずっとお酒に強いほどだろう。


 だが、日中の様子を見るに強さだけは本物なんだろう。魔族としては多分結構ちゃんとしているのだと思う。多分だけど。



「まだー?」


「はいはい! もう出来ますよ!」



 俺はレンジから出したどんぶりのご飯にお茶漬けの素を乗せ、お湯を注ぐとリーゼの元に持って行った。



「ありがとー」



 そう言いながら満足そうにリーゼはお茶漬けを食べ始める。



「明日は昼前に出るわ」


「ああ、その辺の意識はしっかりしてるのか」


「私は強い魔族なの!」



 あんまりしっかりしてないかもしれなかった。



「メドゥーサっていう魔族が一番力が弱まる時間だからか?」


「そいうこと。あいつは夜に力が強まって、逆に昼は弱まるわ」


「まだ居るかは分からないんだろ?」


「その辺も含めた調査よ」


「調査って言うけど、どうやるんだ?」


「とりあえず普通に患者として病院に入って、私がこの部屋でやったみたいに気配探知するわ。それで大体病院に魔族が居るかとか、痕跡がどこにあるか分かるはず」


「へぇ、便利だな」



 ここでメドゥーサの痕跡を見つけたように、病院でもあのゾワゾワするやつをやるのだろう。



「もし、メドゥーサが病院に居たら最悪戦闘よ。覚悟しといてね」


「俺、一般人なんだけど」


「今は違うわ。まぁ、私が指示するから黙って従って」



 黙って指示に従ったくらいで夕方みたいな戦闘に対応出来るとは思えないのだが。しかし、逆らっても無駄らしいのでそれ以上は何も言わなかった。とにかく、明日はもう諦めてリーゼに従って、魔族の争いに関わるしかないらしい。


 本当になんでこんなことになってしまったのか。一日の終わりになって振り返っても答えはなかった。


 もう、ただただ運が悪いだけとしか言いようがなかった。


 偶然メドゥーサと出会って、目を付けられて、魔族を送り込まれて、その巻き添えみたいにリーゼの下僕になった。


 あまりに夕方から今までハチャメチャ過ぎた。本当に10時間も経っていないのか。夕方から前と後がまるで別世界過ぎた。


 だが、どうやら残念ながら諦めるしかない。


 30年を超える人生経験がこれは諦めるしかない類のものだと告げている。


 メドゥーサとの戦いが終われば開放するとリーゼは言っている。協力してなるべく早く終わらせる以外に出来ることはなさそうだった。



「ごちそうさま。さて、もう寝ようかなぁ」



 お茶漬けを食べ終わったリーゼはそのまま眠たくなったらしかった。なんという酔っぱらいムーヴ。



「ていうか、そこ俺のベッドなんだけど。寝るなら布団を.....」


「あっつい」



 俺が言いかけた時だった。


 リーゼは唐突に服を脱ぎだしたのだった。



「お、や、やめろ! ここは俺の部屋で.....」


「あっついなぁ」



 そう言いながら上の服を脱ぎ棄て、下着姿になるリーゼ。豊かな胸が目に入ったがそれどころじゃない。今度は下まで脱ぎ始めたのだ。



「もぉおおお!! 酔っぱらいかよぉお!」



 俺は急いで寝室を出てリビングに避難した。戸をピシャリと閉める。最後のリーゼの姿が頭の中に残っていたがなんとか振り払った。



「大丈夫なのかあいつは!」



 色々心配だった。しかし、とりあえず俺もいい加減眠たかった。俺は眠り慣れたベッドを恋しく思いつつ、もう寝室から布団も出せないので仕方なくリビングの床で寝るのだった。



「もぉお....」



 とにかく酔っぱらいというのは面倒だと思いながら。

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