第4話 珍奇な女と赤い風
──キシャアアア!!
女の登場と共に、化け物は動きを止めた。そして、女を振り返る。今まで俺以外には目もくれなかった化け物が、明確に女に視線を向けていた。
「低級魔族か。私の探してるやつの手下ってところね」
女は言う。しかし、なにを言ってるのか分からない。
「危ないぞ! 逃げろ!!」
俺は叫ぶ。
「逃げろって、あなたの方がヤバイ状況だと思うけど」
「ま、まぁ、それは確かに」
場違いに間抜けなことを言った気がした。というか、
「お前、こいつが見えるのか?」
思えば、あれだけの騒ぎがあったのに誰もマンションから出てこなかったのも、すれちがったカップルが大した反応をしなかったのも、もちろんこのコンビニの店員も、みんな化け物が見えていなかったのだ。そして、化け物が行う破壊活動も。
「そりゃあ、見えるわよ。私も魔族なんだから。ただの人間には認識阻害で全部無いことになるけど」
「にんしきそがい?」
「世界の書き換え、まぁ、ただの人間のあなたに言っても仕方ないか。ただの人間なのになんでか魔族に狙われてるみたいだけど」
女が言ったときだった。
──キシャアアア!!!
化け物が吠え、女に飛び掛かった。
「危ない!!!」
俺は叫ぶ、しかし、
──グギャアア!!
女に飛びついた瞬間化け物はそのままはじき返された。見れば、女は足を振りぬいた形で止まっている。、蹴り飛ばしたのか? このどう見てもヒグマよりでかい化け物を。
「お客様! 店内で騒ぎを起こされては困ります!!」
店員がまるで緊迫感のない言葉を発する。やはり、女と俺以外なにも見えていないのか。
「ちょっと黙ってて」
女が指を振ると、店員は急にぷつんと糸が切れたように黙った。それきり、店員は静まり返る。
──キシャア....
そして、蹴り飛ばされ、トイレのドアをぶち抜いた化け物が起き上がる。
「なんなんだ、お前」
しかし、俺はこの化け物への恐怖も去ることながら、この女がなんなのか分からなかった。なんで、この化け物が見えるんだ。なんで、こんな化け物を蹴り飛ばせるんだ。なんで、魔術師みたいに店員を黙らせれるんだ。
「私は上級魔族。こいつみたいなののもっと偉い存在ね」
「そんな馬鹿な」
魔族? 悪魔みたいなものか。そんなものがこの世に居ると? そういえば朝もこの女は自分を魔族と名乗っていた。だが、簡単には信じられない。だが、目の前の状況を見るとその言葉がまるっきり嘘とも思えない。少なくとも、目の前では今までの常識では説明できない異常なことが起きているのだ。
俺と女が話していると、
──キシャアアア!!
化け物が吠え、俺に飛び掛かった。
「うわぁあああ!!」
死んだ、そう思ったが。
「ああそう。一応格の違いが分かる程度の知能はあるんだ」
化け物は俺を殺しはしなかった。ただかわりに俺をその腕で押さえつけ、その鋭い爪を俺の首に突き立てていた。腕で抱えられ、銃を突きつけられているのに似た格好だ。この場合、銃の代わりが爪だが。
これは、まるで人質に取られているようだった。
「なな、なんだよこれ」
「そいつはあんたを人質に命乞いしてるみたい。ここから出るまで手を出すな、手を出したらこいつを殺す、みたいな?」
「やっぱりまだ絶体絶命じゃないか」
まだまだ、全然死にかけの状況らしかった。
しかし、この化け物。人質を取る程度の知能はあったのか。ただの怪物だと思っていたが。
「ていうか、その人を人質に取って私が交渉に乗ると思ってるの? まとめて殺すとか考えないわけ?」
「頼むから助けてくれ!!!」
女がとんでもないことを言い出したので俺は叫んだ。状況的に、俺を助ける正義の味方に見えていたが。当の本人はそんなつもりあんまりないらしい。
「うーん、仕方ないなぁ。あ、そうだ!」
女は「良いこと思いついた!」みたいな感じで表情を明るくした。
「じゃあ、あなた私の下僕になってくれる?」
「はぁ?」
──キシャアア!!!
俺が叫ぶと怪物は俺の首に爪を食いこませてくる。血が流れているのが分かる。怖い、死ぬ。
「今、私ある敵を探してるんだけど、人手が足りないのよね。下僕になるなら助けてあげる」
「悪魔か!」
この状況でそんな交渉を持ちかけるか!?
しかし、俺が叫ぶとさらに爪が食い込む。どんどん血が流れている。
「そりゃあ、魔族だもの」
女はそんな風に返した。当たり前ですみたいな顔をしている。下僕、良く分からないが実に嫌な響きだ。なんか、どんな理不尽を受けても仕方ないような印象を受ける。
しかし、
──キシャアアアアア!!!
怪物は業を煮やしたのか、さらに爪を俺の首に突き立ててくる。いい加減に肉が裂けていっている。このままだと人質の役目を果たさないまま死ぬ。加減を知らないのかこの化け物は。
「分かった! 下僕になる! 助けてくれ!!!」
俺は叫んだ。それ以外に選択肢はなかった。
「契約成立ね」
女が言ったと同時だった。
風が、コンビニの中に風が吹き始めた。いや、吹き荒れ始めた。床に落ちた商品が舞い上がる。風には色が付いている。風に色なんかあるはずないのに確かに色がついている。鮮やかな赤色。赤い風がコンビニの中に吹き荒れていた。
その風が吹き始めたのと同時だった。
──キ、キキキ、グギャ
俺を抱えている化け物、その化け物が俺の拘束を外し、頭を押さえて苦しみ始めたのだ。
──グギャアアアアア!!!!
そして、化け物は叫ぶ。その叫びとともに、化け物の体がボロボロと崩れ始めた。文字通りだ。化け物の体が、頭から、肩から、足元から、ボロボロと形を失っていくのだ。
──ギャアアアアアアア!!!!
そして、最後の叫びと共に化け物は完全に形を失ったのだった。
「はい、お仕舞」
そして、女はあっさりとした口調で言った。
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