緋色の風のディアベル-Diavel of the Scarlet Wind-

プロローグ

 マンションの屋上に女が立っていた。


 放棄され、廃屋と化したマンション。窓は割れ、外壁は荒れ放題。高さは5階建てほどだろうか。


 そんなマンションの屋上に女が立っていた。


 俺は、自分のアパートの6階の部屋を出たところでその光景に遭遇したのだ。



「なんだ...」



 俺はぼそりと呟いた。


 廃屋の屋上に立つ女が異様だったからだ。


 女は鉄柵に座り、周りの住宅街を眺めているようだった。栗色のセミロングの髪をなびかせ、ありふれた街の女のような服装で女はそこにいる。


 廃墟なんか簡単に入れるわけないし、その屋上に若い女が鉄柵に座り揺れている。どうも普通じゃない。



「ん?」



 そこで、女は俺に振り返った。さっきのつぶやきが聞こえていたのか。なかなかの地獄耳だ。



「おはよう。良い日和ね」


「あ、ああ」



 女は普通に会話をしてくる。自分が相当異様なのに気づいていないのか。



「これから仕事?」


「ま、まぁ」


「へぇ、社会人ってやつか。私には良く分からないな人間のそういうの」


「は、はぁ」



 どうも不思議な会話だった。


 しかし、とりあえず、



「そこでなにしてるんですか? 危ないですよ」



 俺は倫理観からその言葉を発した。


 あなたがしていることは一応違法行為であり、そしてそんな不安定なところに居るのは命の危険がありますよと。暗に言った。



「ああ、それなら大丈夫。こんなところから落ちないし、落ちても死なないし。私魔族だから」


「なに言ってるんですか?」



 女の言うことが全然分からなかった。ただ間違いないのはどうやら変人らしいということだった。普通の人間はこんなところに居ないし、普通の人間は自分が『魔族だ』などと名乗らない。


 というかヤバイ人なんじゃないのかこの人。さっさと会社に向かった方が、



「あ、私のことヤバイ人だと思ったでしょ。人間ってみんなそうなのよね。正直に身分を明かしてるだけなのに、なんでかこう言ったらみんな挙動不審になるのよ」


「そ、そりゃあ」



 当たり前のことだとは言わなかった。刺激しない方が良い気がしたからだ。



「なにしてるかって聞いたわね。私は敵を探してるの。魔界の脱走者。そいつがこの街に逃げ込んでるみたいだから」


「こんな田舎の地方都市に?」



 一応この街は県の県庁所在地の街であり、それなりに賑わってはいる。しかし、所詮田舎にしてはだ。都会に比べれば見る影もない。そんな田舎町に魔族が? 設定を作るのが下手なのか?



「人間の都市の事情は知らないけど、この街にいるのは間違いないの。だからこうして高所から索敵してるわけ。このマンションを選んだのは廃れた感じが気に入ったから」


「そ、そうなんですか」



 趣味の話まで聞く気はなかったが。


 というか、本当になんかめちゃくちゃな人だ。絶対これ以上関わらない方が良い。俺はそーっと移動を開始する。不快感を刺激をあたえないようにゆっくりと。



「あ、もう行くの?」


「ひっ! あ、はい。会社に」


「そんなにビビらなくても良いのに。別に私は食人する種族じゃないし」



 なんか怖いことを言っている気がした。



「ん~、索敵もちょっと疲れたし。私も朝ごはんにしようかな。コンビニでおにぎりでも買おうっと。最近馬鹿みたいに高いけど」



 そう言って女は伸びをする。なんと、鉄柵の上に直立で立ってだ。



「あ、あぶない!」



 思わず叫ぶ俺だが。



「なに? 今まで警戒してたのに今度は心配? お人よしなのねあなた。じゃあ、私行くわ。お勤めご苦労様」



 そう言って、女はふいに鉄柵を蹴った。



「な.....!」



 しかし、女は落下しなかった。どころか、すさまじい距離を跳躍し、隣の少し低いマンションに飛び移り、そのまま下の住宅街の屋根を跳ねまわり遠くに行ってしまった。



「な、なんだったんだ」



 俺は絶句した。なにがなんだか分からない。



「あ! ヤバイ、時間が!」



 と、ふいに見えた腕時計の針は遅刻のタイムリミットぎりぎりを指していた。


 訳が分からなかった。今見た景色が現実なのかすら疑わしかった。ひょっとして疲労で幻覚が見えるようになってしまったのか。


 しかし、なにはともあれ、社畜は出社してしまうのだった。

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