諦める勇気

@afterstory

諦めることは難しい

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 そして今回もまた、挫けてしまった。

 何度、これを繰り返すのだろう?

 何時まで、これを続けるのだろう?

 どうして、これを続けているのだろう?

 この問いすらも、これで9回目だ。

 そしてきっと、明日にでも、10回目の夢を見るのだろう。

 自分ではなれないものを想像して。

 自分ではできないことを妄想して。

 自分では至れない場所に憧れる。

 無謀だと初めからわかっていた。しかし、それが余りにも眩しかったから。

 手を伸ばしてしまった。

 でも、あまりにも遠すぎた。

 手の届くものに憧れればいいものを、何をしても届かないものに憧れてしまった。

 だからこれは、分不相応な夢をもった者への罰だ。

 その輝きに脳を焼かれたから、私は現実に戻れず、夢に浸り続けてしまう。

 その輝きに耳を焼かれたから、周りの音や声が雑音になった。

 その輝きに目を焼かれたから、私は足元が見えなくて何度も躓く。

 その輝きに口を焼かれたから、私は嘆くことも悲鳴を上げることさえできない。

 このまま行けば、次に腕を焼かれ、夢と現実のバランスが取れなくなるだろう。

 それでも進めば、次に足を焼かれ、夢に近づくことも遠ざかることもできなくなるだろう。

 そうなれば、あとはお終いだ。

 最後に身を焼かれ、屍になるだろう。

 夢に焼かれ、敗れた、哀れな敗北者として。

 そして、失敗者の例として次の人の礎にされるのだろう。

 塵になろうとも、積もれば山となり、山があれば道が出来、道があれば進めるのだ。

 そうして、これほどまでに遠かった夢は、いずれ手の届く現実へと姿を変える。

 今はまだ、遠い夢であったらしい。

 だから何度も挫け、何度も折れて、何度も立ち上がった。

 その度に、周りが言うのだ。

「まだ諦めてなかったのか」

「その夢まだ続いていたんだ。すごいね」

「諦めないなんてすごいよ!応援するね!」

 違う、違うんだ。

 すごくなんてない。諦めたくないんじゃない。続けたいんじゃないんだ。

 もうこの夢は、憧れではなくなっている。

 だって、もう目が焼かれているのだから。

 どれくらい眩しかった?どれほど素晴らしかった?どんなモノだった?

 もう分からない。何もわからないんだ。

 覚えてはいる。もちろん、忘れたことなんて一度もない。でも、確認しなきゃその記憶が正しいのかも分からないではないか。

 でも、それを見る目は、もう焼かれてしまった。

 自身の道が正しいかもわからないまま、私は亡者の如くさまよっている。

 あの日見たあの夢が、まだそのままなのか分からない。

 それが、まだ夢なのかすら分からない。

 だけど、既に目は焼かれている。既に脳は焼かれている。耳も口も。

 焼かれてないのは腕と足と体だけ。

 だから、この夢にしがみつくのだ。

 今まで築き上げたそれを捨ててしまったら、何も残らないじゃないか。

 だから縋るのだ。かつて見た夢に、腕を足を体を摺り寄せて、意味が、結果が、存在が、無くなってしまわないように。

 諦めたくないんじゃない。諦められないのだ。

 もう、その段階はとうに過ぎた。

 だからこそ、私は夢を見る。

 あるかも分からない夢とあったかもしれない現実の区別もできないまま、何度も躓き、何度も立ち上がり、何度も縋り、何度も這いずり、何度も歩いて、いつかたどり着くそこをみて、必死に生きていこう死んでいこう

 それでも、いつかまたこう思うのだ。


 あの夢を見たのは、これで10回目だった。

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