あんな夢、もう見たくない!

折原さゆみ

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


「同じ夢を9回見ました」


 明け方見た夢を夫に話す。今は朝食時で、すぐに出勤時間がやってくる。


「私、遅刻とか現実でしたことないです。高校は電車通学で、始業30分前には必ず教室にいました」


「それは優等生」


 私は遅刻する夢を9回も見ている。夢の中で、私は毎回寝坊する。ベッドの上で目を覚ましたところから夢は始まり、その後、慌てて出掛ける用意をするが、目的地に着く前から遅刻が確定していた。


「そもそも、私はすでに社会人。それなのになぜ、夢の中の私は律儀にも学生なのでしょう?」


「それは僕にもわかりません」


 まったく嫌になってしまう。とはいえ、のんびり夫と話しているわけにはいかない。テーブルに置かれたスマホを確認すると、家を出る時刻までの時間が迫っている。


「とりあえず、現実世界でも遅刻しないようにします」


 朝食のパンを食べきり、コップの中の牛乳を飲み干す。私は仕事に行く支度を急いだ。



「それは、先輩の心のなかに焦りや不安があるからです。学生で遅刻の夢はそれらの象徴みたいです」


 仕事の昼休憩中、後輩に夢の事を話すと、なんとも的確な答えが返ってきた。なるほど、焦りや不安。それならたくさん抱えている。


「このままダラダラと生きていいのか。良いネタが浮かばず、停滞している小説投稿。仕事のストレス。いろいろあります」


「1つ目と3つ目は誰にでも当てはまりますね。まあ夢のことは気にせず、先輩は先輩らしく気張らずに生きていけばいいと思います」


 それだと、私は遅刻する夢をこの先も永遠と見続けそうだ。



「遅刻した」


 次の日、私の遅刻する夢は通算10回目に達した。そして、最悪なことに夢から覚める直前、とんでもないことが起こった。


「これが現実となってしまったら」


「どうしました?」


「私、頑張りますから、り、離婚はしないでください!」


「いきなりですね。また例の夢ですか?僕はあなたが遅刻したくらいで離婚なんて」


「うわあああ」


 夫の言葉に涙腺が崩壊してしまった。


 誰か、遅刻する夢を見ないようにする方法を教えて欲しい。あんな夢、もう見たくない。学生なのに夫に離婚を突き付けられる矛盾に気付くことはなかった。

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