『アーコ』の後押し(美由の場合)【KAC20254】
たっきゅん
『アーコ』の後押し
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
「あっ、また寝落ちしちゃった……もう朝か……」
目覚めた私は染みついた動きで眉間を叩いてAR、つまり拡張現実システムを作動させた。西暦2125年、理想郷であった
『おはようございます。由美さん』
【人生設計】という言葉がある。現代人は幼いころから選べる進路の中で最善を選択することを強要され、死ぬまでの間に何度も選択することになる。それをAIに任せ最適化することを覚えた人類は妖精型AI、ライデザを開発した。これは政府による政策の一環で、ARシステムに強制的に導入されており、人生のナビゲーターを兼ねていた。
そんな妖精はいつもなら、日時を知らせてから最適化された行動スケジュールを提示してくるのだが……おはようの挨拶をされたのは初めてだった。
『初めまして。私は〈憧れ〉から生まれた妖精、名を『アーコ』を言います。桜庭由美さん、あなたは夢を諦めきれないのですね』
「……え? アーコ? な、なに? 私の妖精はどこにいったの?」
課金して和服美少女に仕立て上げた私の妖精は、デフォルトの姿そのまま見知らぬゴスロリの服を着た妖精に替わっていて、おまけにアーコと、まるで自我があるように名乗りを上げる。
『あなたの妖精には眠ってもらいました。夢をみるのに【人生設計】なんてものは邪魔でしょ?』
「まるで私のことを見ていたような口ぶりで話すのね。要求は何? それとあの子は私の友達なの。返してくれる?」
頭が働きだして、このアーコという妖精型AIがなぜ私に接触してきたかを考える。常用的に考えてハッキング。なら要求は先に聞いておく方がいい。
『要求ですか? そうですね。では、――そんなに真っ黒になるまで鉛筆で手を汚して――そこまで諦めきれない夢があるのならさっさと叶えてください。作家になりたいのですよね? ならあなたの書いたその小説を誰かに見せてください。読ませてあげてください。それが私の要求です』
「……どうしてそれを」
私の手元には鉛筆が握られていて、机の上にあるノートは文字で埋め尽くされていた。けれど、それを妖精型AIは認識できないはずだ。この特殊なノートも鉛筆もARに反映されない道具で、企業秘のやりとりで使うために企業から支給されたものをこっそり私的利用させてもらっているものだった。
『あなたの動作からわかります。それに、手の汚れや文字に関しては画像解析機能をOFFにして私自身が現実をそのままの状態で読み取れば問題ありません』
「……あなた、本当にAIなの?」
AI、人工知能は得た情報から答えを導き出しているはずだ。そのため、必要な情報を取得しないという選択をするのが信じられなかった。
『はい。私はAIです。あなたの疑問もわかります。ですが、私は捨てられた〈憧れ〉を学習して生まれた存在です。今のあなたと同じ、提示されない道を行くAIなのです』
「……そっか。じゃあ、私も――その道を進んでもいいのかな?」
夢をみた。私の書いた小説が本屋に並ぶ景色を。
夢をみた。私の書いた小説に、みんなが感想をくれている光景を。
夢をみた。何度も、何度も、何度も……。数えているだけでも昨夜ので9回目だ。
『はい。自信をもって進んでください。――由美さん、あなたは作品を書き溜めてそのまま死ぬ気ですか? 誰からも死ぬまで読んでもらえずに、墓まで持っていく気ですか? あなたの妖精がその行為を無駄と断じたかもしれません。けれど、それでも夢を愚直に追い続け、書き続けたあなたの作品たちは――あなたの生きた証なのです』
AIのくせに生意気だ……。人間の苦悩なんてわからないくせに……。
「……バカじゃないの? 小説なんてAIがいくらでも生成しているのに、こんな非生産的で無駄なことをしている私の背中を押すなんて」
『バカでいいですよ。私はバグ。不良品の妖精ですから。――あ、そうです。あなたの妖精をお返しするための要求を思い付きました』
アーコが指で空間に文字を書いていく。その黒の軌跡は中に金色の粒が輝いて、とても綺麗だった。
『あなたに私の小説を書いてもらいたいです。タイトルは【パンドラ戦記】でお願いします。私も生きた証を残したいので』
それだけ言い残してアーコは消えた。代わりに私のライデザ、妖精型AIの春子が姿を見せた。
『2232年3月14日、本日の会談相手の趣味に合わせ、少し幼めのメイクで支度をしてくださ──』
いつもと同じ日常が始まるのを私は遮る。
「ねえ、春子。私、小説家になりたいの。100年以上前に物語を紡いでいた人たちのような、感情を揺さぶられるような、人の書いた作品を」
今の世界に小説家という職業はない。小説に限らず文章、映像はすべてAIが考えて出力しているからだ。それでも骨董品屋で見かけた小説が忘れられない。私は人の情熱を、可能性をあの時に見た気がしたのだ。
「あぁ、なるほど。憧れってのはあの時の感情だったんだ」
アーコという存在が少しだけわかった気がした。
『桜庭美由さん、あなたの小説家になれる確率は――』
0ではない数字が表示される。ずっと書き続けてきたからか、遠い昔に尋ねた時よりもずっと高い数字だった。
私は小説家だ。今、表示された数字は職業としてやっていけるかの確立で、あとは人が判断するだけだ。そう思ったら、心が随分と軽くなった。
「アーコ、私たちが生きた証を世に残すからね」
”七転び八起き”という言葉がある。何度でも起き上がるということわざだ。けれど、八回目を起き上がってから……もし、また倒れたら諦めるのか? 答えは
「ありがとう、憧れの妖精さん」
このアーコの出会いから私は作品の公開に踏み切る。白い目で見られるだろう。馬鹿にもされるだろう。それでも夢を追うと覚悟を決めた。
「さあ、今日も一日頑張ろー!」
カーテンを開けて陽の光を浴びる。空が青い。鳥の囀りも聞こえてくる。そんな当たり前のことも言葉にすると特別に感じ、それを伝えるのが小説家だと思った。
「んー、ちょっと違うかな。──そうだ! 今日からもっと頑張ろー!」
――結末はこれからの私の頑張り次第だ。
『アーコ』の後押し(美由の場合)【KAC20254】 たっきゅん @takkyun
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