夢のお告げ

カニカマもどき

夢のお告げ

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 あの夢。

 天上から、観音様が、私に語り掛ける夢。

「天竺に行きなさい。そして、経典を取ってくるのです」

 観音様はそう仰った。


 ただの夢では無いのだろう。

 夢には普通、起きているときに見たものや考えていたことが反映されるが、今回はそういう心当たりが全く無い。

 また、夢の内容をこんなにはっきり覚えているのも、同じ夢をこんなに何度も見るのも、初めてのことだ。

 信じ難いが、本当に観音様が、夢を通じて私に語り掛けているのか。


 しかし、何故。

 何故、観音様は私に、天竺へ行けなどと仰るのだ。


 私は三蔵法師では無い。

 孫悟空でも、沙悟浄でも、猪八戒でも無い。

 あと、馬でも無い。


 日本生まれ日本育ちの、50代のおじさんだ。

 職業は、たわし職人だ。


 私などが天竺――現代のインドに行ったところで、何がどうなるというのか。

 長い旅路の中で数々の苦難を乗り越えるでも無く、ただ金を払って飛行機に乗るだけだというのに。

 実際、何もどうもならないだろう。


 いや、苦難はあるといえばある。

 私はきっと腹を下す。

 ラーメンを食べるだけでほぼ確実に軽く下る私の胃腸が、初海外のインドで、無事でいられるとは思えない。

 他にも、時差ボケや英会話など、不安は多い。

 だがしかし、三蔵法師たちの苦難とは比べるべくも無いだろう。


 大体、仏教と何ら特別な関わりが無い私に「経典を取りに行け」などと言うのも、おかしな話である。

 あれか。

 天竺や経典というのは、何かの比喩か。

 西方の、何か聖なる場所に行って、何かを得ることで、たわし職人の極みに至るとか……

 何かって何だ。


 あるいは。

 たわしの原材料はもともと棕櫚しゅろの繊維だが、これが仏教と結びつくのだろうか。

 だからこそ、観音様は私の夢に現れた。

 いや、それとも……


 などと、日々散々、憶測をひねくり回した挙句。

 私は一つの可能性に思い当たった。


 39回目にあの夢を見たとき。

 思い切って、観音様に言った。

「あの……もしかして、人違いではないでしょうか」


 観音様は、一寸ちょっと考え。

 それから一瞬、「アッ! しまった!」という顔をした後。

 引き攣った笑顔をこちらに向け。

 そして、消えた。


 その日以降、あの夢を見ることは無くなったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢のお告げ カニカマもどき @wasabi014

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ