新人賞受賞の夢

レネ

⭐️

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 その日私は、2ヶ月にわたってワードで念入りに推敲した400字詰め原稿用紙120枚分の作品をA4の封筒に入れ、自宅から徒歩5分の郵便局へと向かった。規定は70枚以上150枚以内だからちょうどいいだろう。内容も悪くない。単に純文学を気取っているわけではなく、実際に個性もあれば今までにない新鮮さもあるつもりだ。

 今度こそ、私の夢は叶うかもしれない。そう、つまりあの夢とは、

「新人賞受賞!」

 今までは8回一次選考で落ちた。箸にも棒にもかからなかったというわけだ。だけど今度のはひと味もふた味も違うんだ。いや、全然違うと言っていい。かなり自信があるだけに、次第に9回目の夢が膨らんでいく。授賞式にはどんな格好で行こうか。サングラスでもして、ちょっと気取ってみるか。いや、元の顔がいいんだからサングラスで目を隠すのはもったいないかもしれない。

 どんな選評がつくかな。賞金の百万は何に使おう?

 そんなことを考えているうちに郵便局に着く。

「簡易書留で」

「はい」

 窓口の女性が重さを計り、

「790円です」

「うむ」

 重い790円だ。これには自分の血と汗が詰まっているんだ。頼むぞ。

 こうして9回目の新人賞受賞の夢をみる日々が始まる。

 まあ見てろ。いつもオレを見下している課長も、あっと驚くだろう。それだけじゃない。この新人賞を受賞すれば、まず間違いなくその作品は芥川賞にノミネートされる。芥川賞の選考会が開かれる日は、オレはわざと自分のオフィスで仕事をしているフリをするんだ。新聞社、雑誌社の記者たちが、課長などへでもないという態度でオレのまわりにスタンバイして、受賞の瞬間をスクープしようと待ち構えているのだ。

 もし芥川賞までとっちゃったらどうするかな。社内ではオレは英雄だな。重役たちに呼び出されて食事会に招待され、いやいや、芥川賞受賞記念パーティーを社内でも盛大にやるだろうな。

 ざまあみろ。オレは一夜にして有名人の仲間入りだ。

 うふ、うふふ、たまんねえな。

すると何部くらい売れるだろうか?最初はとりあえず五万部くらい目指して、まあ最終的にはベストセラーの百万部だな!

 するとあちらこちらから小説の依頼が来て、エッセイ、いや、その前にいろんな取材を受けることになるだろうな。

 ああ、夢は膨らむ一方だ。たまんねえな。おっといけない。郵便局の帰り、自分の家の前をとおりすぎるところだった。

「あなたあ!洗濯物入れてくれるー⁈」

 家に帰ると途端にこうだもんな。まあいい。9回目の夢は、まだ始まったばかりなのだから……。

(おわり)

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新人賞受賞の夢 レネ @asamurakamei

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