The World of "C"atastrophe【KAC20254】

　あの夢を見たのは、これで9回目だった。最愛のお父さんとお母さんとの今生（こんじょう）の別離（わかれ）の夢。

　私、安居院（あぐい）詞音（ふみね）の肉体は、もう現世（うつしよ）には存在しない。熒惑星（けいこくせい）への移住計画（テラフォーミング）の被験者第一号として名乗り出て、散華（さんげ）したのだ。それが徒死（とし）になると知りながら……。

　その３年後、巨大長周期彗星『RUIN（ルーイン）』が地球に衝突した。私が死んだ後のことなので、衝突を生身で感じたわけではないが、次世代AIによる解析によると、2060年11月18日午後7時29分46秒に着水。白亜紀末期、ユカタン半島近海を直撃し恐竜の絶滅をもたらした隕石の衝撃よりも何十倍もの威力だという。つまり、世界の破滅を意味している。

　父、安居院（あぐい）守泰（もりやす）は、宇宙物理学の世界的権威だったが、ツィオルコフスキーの公式の検算を誤ってしまったせいで、彗星RUINの迎撃とその軌道修正に失敗した。クリーン・エネルギー化が進んでいた地球において、僅（わず）かしか残されていなかった最後の核燃料を積んだミサイルは、無情にも彗星に中（あた）らず虚空（こくう）へと消えていった。

　私は当時、守泰の頭脳と、母、舞理（まり）の美貌を受け継ぎ、世界で羽ばたく才色兼備な女優として、芸能界を席巻していた。しかし、彗星迎撃失敗によって世界中から追及されたお父さんとともに、娘である私も糾弾の対象となった。

　自暴自棄となった私は、ある日、交通事故を起こし、恩師である映画監督、武蔵（むさし）紫苑（しおん）を轢（ひ）いてしまった。愚かなことに、恐ろしさのあまり逃げてしまったが、司法が私を赦（ゆる）す訳がなく、咎人（とがにん）となったのだ。

　内省し、模範囚として早期に出所した私は、せめてもの罪滅ぼしで、移住計画の被験者として名乗り出たのだ。ちなみに、そのときの娑婆（シャバ）は、囚獄（ひとや）と区別がつかないくらいにひどく頽廃（たいはい）していた。

　私がテラフォーミングのロケットに乗る前の、お父さん、お母さんの泣きじゃくる顔は忘れられなかった。父のかつての威光はすっかりなくなっしまったけど、いつまで経っても親子は親子。子煩悩（こぼんのう）なところは変わらなかった。そして、私もお父さんが世界でいちばん好きな存在だった。そして、厳しくも大切に育ててくれたお母さんも。

　さて、なぜ肉体が散った後も、この私が意識を維持し続けているのか。

　私が罪人となっても、根強いファンがいたのだ。お父さんの旧来の友人で、世界的な脳科学者でもあった彼は、私の生前の記憶をデータ化し取り出すことに成功。厳重なパスワードを掛けて、クラウド・アプリケーションに保存。それを専用のソフトウェアで開くと、生前の私の記憶を持ち、私の容貌を復元したアンドロイドがディスプレイに投影され、会話が可能となる。私の記憶を持っているから、本当に私と会話している錯覚に陥るくらいの精度なのだそうだ。実際、PCを立ち上げ会いに来てくれたお父さんやファンのみんなが、口を揃えてそう言っていたのだから間違いないのだろう。

　そして、当該復元技術には副産物とも言える現象が生じていた。私という『魂』が宿ってしまったのだ。死んでもなお、私に意思があるのは、この『魂』のせいだった。最初に『魂』を自覚したのが、お父さんとの今生の別離（わかれ）の夢を見たとき。私の『肉体の命日』のたびにその夢が甦（よみがえ）る。別離だからとても苦しい夢だけど、お父さんに会いたくなる夢だ。

　しかし、RUIN衝突後、お父さんもお母さんも死んでしまった。要職や科学者など特殊な才能をもったごく一部の選ばれし者はシェルターに入れたが、両親はそこに選ばれなかったのだ。

　世界の破滅とともに、私に会いに来る者は誰もいなくなった。でも、皮肉なことに、私の『魂』はクラウド上に存在し続けている。クラウドは、地球上だけでなくシェルターの中にも人工衛星上にも保存（バックアップ）がなされているから、現在（いま）もなお生き存（ながら）えてしまっている。

　もうそろそろ限界だ。お父さん、お母さん亡き今、暗闇しかない世界で、私の『魂』が存在する意味はない。

　肉体だけでなく、『魂』ごと消去（ころ）して欲しい。でも、悲しいことに厳重なロックを解かないと、『魂』を消去（デリート）することはできない。こんな些細（ささい）な望みすら叶うことは期待できない。

　私たちは、どこかで進むべき道を間違えてしまったのだろうか。彗星の衝突する世界を、誰かが『C世界（World C）』と呼んだ。Catastrophe（破滅）の頭文字だ。この惨状を、ワームホールを駆使して過去の人類に伝達することができれば、衝突を回避する『B世界（World B）』（Balminess（平穏））がやってくるかもしれない。どこか果てしないどこかで、平穏なパラレルワールドが存在すること、私はせめて望みたい。

　最後に、私を愛し続けてくれたお父さん、お母さん。大切に育ててくれてありがとう。そして、こんな親不孝者の私でごめんなさい。でも、幸せな人生だったよ。

　10回目の夢は、B世界がいい。女優として華々しい世界は要らない。大好きなお父さんとお母さんと、ただ静かで穏やかに暮らせる夢を希（こいねが）います。