科学令嬢セレフィの魔法ミッション!【KAC20254】

花車

科学令嬢セレフィの魔法ミッション!

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。



『きみならできる』



 何度も夢で聞いたあの言葉が、私の胸の奥を締め付ける。


 天井には豪華なシャンデリア。


 宮廷の大広間には、貴族の紳士やご婦人、それから高名な科学者たちが、私の研究成果を聞くために集まっている。


 紳士たちはフロックコートを羽織り、ご婦人たちは格式あるドレスを身にまとっていた。一方で、科学者たちの服装はシンプルだ。


 もちろん科学者のなかには、私のような貴族も多いのだけれど、私たちの仕事は着飾ることよりも研究だった。



「セレフィ博士の研究が世に広まれば、いよいよ魔法の出番はなくなりますな!」



 新たに開発が進んでいるガス調理器具や暖房器具の説明が終わると、会場内の紳士からそんな声があがった。


 約五十年前から、私の所属する宮廷研究室では、風力発電や火薬による武器開発を推進し、それにより世界は魔法から解き放たれた。


 いまや人々は体や精神に負担をかける魔力の使用をやめ、科学の発展に力を注いでいる。


 人間の魔力はすっかり衰えて、すでに科学なしでは生きていけない。



「魔法って、いったいいつの時代の話ですか? マーレン伯爵」


「使えるなら逆にコツを教えてもらいたいものですな!」



 紳士たちの冗談に、会場内には失笑が漏れた。



「お静かに! まだセレフィ博士の発表は終わってませんよ! ここからが今日いちばんの重要な内容なんですから!」


「おー! 楽しみですな!」



 ざわざわしていた人々が、一斉に私の顔を見た、そのときだった。



 バーン! と騒がしい音を立てて会場の扉が開き、一人の青年が勢いよく駆け込んできた。



「みんな! 聞いてくれ! ドラゴンの大群が攻めてくるぞ!」



 会場内にざわめきが広がる。


 それもそのはず、この世界にはドラゴンなんて存在しない。そんなものは大昔の人が考えた御伽噺だ。


 私は思わずその男を睨みつけた。


 重ね着の長袖チュニックに、しっかりした革のブーツ。腰にはベルトとポーチのほかに、剣と拳銃が装備されている。完全に冒険者の出で立ちだ。


 にも関わらず、多くの貴族令嬢たちは、目を輝かせて彼にのぼせていた。



「トリの降臨の剣聖アリオン様だわ!」


「ステキ……!」



 そんな声が聞こえてくる。


 確かに、スラリとした長身にサラサラとした金色の髪、透きとおったグリーンの瞳は神秘的で、見惚れてしまうのもわからなくはなかった。


 しかも『トリの降臨』といえば、王家から直接依頼を受けるほど信頼のある冒険者ギルドで、国中にその名が知れ渡っている。


『剣聖アリオン』はトリの降臨のリーダーだ。


 普段研究ばかりしている私でも、その名を耳にしたことくらいはあった。


 だけど、それでも、こんなことは許されない。


 今日は私が長年必死に続けてきた研究の成果を発表する、一世一代の晴れ舞台なのだ。


 この国でもっとも権威ある科学者、宮廷天文官のヴィラー氏までもが、私の話を聞きに来てくれている。


 こんな意味不明な男に、邪魔されてよいわけがなかった。


 私が苛立った声を発する前に、ヴィラー氏が声をあげてくれた。



「ありえない。ドラゴンなどいるものか!」


「ありえねーなんてことはねーだろ! ドラゴンは魔法生物だぜ。千年に一度攻めてくるのはこの世界の定めみたいなもんだ。そして、一ヶ月後の今日が、前の襲撃からちょうど千年!」


「そんな馬鹿げた話を、だれが信じると思っているのだ?」


「信じたくねーからって、御伽噺にしちまったのはあんたらだろ。科学じゃドラゴンは倒せねー。まったく都合がわりーよな」


「王家に気に入られているからと調子に乗るな! 私は宮廷天文官だ! ドラゴンが実在しないことなどこれまで何度も証明してきた。いまは科学の時代だぞ!」



 アリオンは叫ぶヴィラー氏を無視して、つかつかと私の前まで歩いてきた。



「セレフィ・レヴァレン公爵令嬢。きみに魔法研究の王命が下っている。いますぐ俺と一緒に来てくれ。俺とドラゴンを倒すんだ!」


「ちょっと!? ふざけないで……! まずはヴィラー氏に謝罪して!」


「わーったわーった。ドラゴン倒せたら謝ってやるよ」



 必死の抵抗もむなしく、私はアリオンに腕を掴まれ、引きずられて会場を出た。


 会場の外には屈強そうな冒険者たちが待ちかまえており、私は彼らに取り囲まれた。



「はは。ほんとにご令嬢を攫ってきちまったのか」


「まったく。世界の危機とはいえ、やることが大胆ですよね、リーダーは」


「いいからセレフィを乗せろ。もうあまり時間がねーんだ。おっと、おまえら、変なところ触るんじゃねーぞ」



 アリオンが馬にまたがると、私はなかば強制的に担ぎあげられ、その後ろに座らされてしまった。



「ねぇ!? ちょっと、ほんとにふざけないで!? いますぐ降ろして!」


「いいから。落馬しねーようにしっかり捕まってろよ」


「捕まってろって!? うそでしょ? きゃーーー!」



 問答無用で馬が走り出し、私は慌ててアリオンにしがみつく。


 だけど、どうして、こんなに胸が高鳴っているんだろう。


 子供のころ、図書室で見つけた古い魔導書。好奇心で唱えたあの呪文。



「ねぇ! ドラゴン討伐なんて、私には無理よ……!」


「大丈夫さ。君ならできる!」



 何度も夢で聞いたあの言葉が、私の胸の奥を熱くしていた。





*************


<後書き>


 お読みくださりありがとうございます!


 こちらは「KAC2025 ~カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2025~」の第四回お題 の、書き出し指定「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」で書かせていただきました!


 書かないつもりだったのですが、お題を見た瞬間に思いついてしまったので。


 よろしくお願いいたします(#^.^#)

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