【KAC20254 特別編SS】阿部鈴音の秘密

宮沢薫(Kaoru Miyazawa)

阿部鈴音の秘密

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。いや、何度見たのかわからない。初めて見た時は中学生の頃、そこから大人になった今でもあの夢をみる。


 暗闇の中、見えない誰かの手が差し伸べてくる。寒い日でも手袋をせず、素手で何かに触れようとする。大きさ? 大抵はゴツくて大きい気がする。ほとんどは大人のものだと思う。暗闇の中だから、ちゃんとその手を、顔を直視したことがない。


 触れられる場所も上の方だったり、下の方だったり、欲張りな時は両方という時もあった。触られるとむず痒くなり、そこだけがカッと熱くなってしまう。その感触が一日中残り、何事にも集中できなくなった。


 さらにひどい時は、その身ぐるみをずらして、肌の温もりを探るかのように触れてくる。ずらすだけで、包んでいるものがはだけることはない。指の動きは徐々にいやらしく、時に激しく。指の先で柔らかい感触を味わうように、鷲掴みにしてもみくちゃにして、たまに硬いものを押し付けるように。その人によってさまざまだった。動けないのを理由に、その手は弄ぶ。


 途中から湿った息が首元を掠めてくる。息? いや、何かに興奮して発する息みたいなものだ。大抵は息が臭い。タバコや酒によるものか、不摂生ゆえなのか、体臭からなのかはそれさえもわからない。とにかく気持ち悪い。


 それよりイヤなのが、鈴音も息が漏れてしまうことだった。なぜそうなってしまうのかわからない。わかることは、相手にその息がわかると、興奮してその手が止まらなくなってしまうことだ。息を殺しても、肌の色か体液で反応されるのか、何をやっても抵抗できない。


 夢から目を醒めて、鈴音はハッとする。全身がドキドキバクバクし、イヤな汗がじっとりと全身を濡らす。身体のあちこちを触って異常がないことを確認すると、化粧台の前へ駆け込んだ。急いで顔を洗い、鏡を見る自分の顔を見てげんなりする。


 ――また夢か。

 

 平日の朝に見るあの夢ほどイヤなものはない。冷蔵庫からミネラルウォーターを手にし、一気に飲み干す。息を漏らして背伸びをする。


 この時に白いトリの降臨によってキレイさっぱり悪夢を消し去って欲しい。叶わない夢を思いながら、鈴音は朝食の準備をし始めた。

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