飛ぶ夢をもう見ない【KAC20254】

🌸春渡夏歩🐾

僕はずっと空を飛びたいと願ってた

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 空を飛んでいる夢。


 文章を書くのが好きな僕は、ときどき小説投稿サイトで作品を公開している。

 見た夢の中に物語のタネがあるかもしれないから、枕元にはノートとペンを置いている。

 半分、寝ながら物語を考えていることもあるし、「うおっ! これだ!」という胸躍る夢を見ることもある。

 でも、起きると夢はすっかり忘れていて思い出せないし、夜中に書きとめた文字は自分でも判読できない。うーん、残念。


 子供の頃から、ずっと空を飛びたいと願っていた。

 腐海の森を自由に飛びまわるひとり乗りのアレや、資産家の科学者が着るロボットスーツに憧れた。


 空を飛ぶ夢の意味は「自由と解放感の象徴」らしい。


 夢の中の僕は、なぜか平泳ぎのように、必死に両手足を動かしてる。某著名アニメ監督がコメディ調で描写する、まさにあの姿。

 飛ぶといっても、せいぜい二階建ての屋根の高さくらい。

 起きたあとは、いつもなんだかぐったり疲れている。


 あまり、カッコよくはない姿だよね。


 ◇


 「初人はつと、頼むよぉ。一緒に行ってよ」

 幼稚園からの幼馴染、さとるがこうして上目遣いで頼んでくると、僕は断れた試しがない。


 ヤツの親戚が経営しているダイビングショップでは、最近はなかなかお客さんが集まらないらしい。お金のかかるスポーツだからね。

 

 水中ではバディといって、ふたりひと組で一緒に行動する決まりだ。

「俺、知らない相手と組むのはヤダ。小説を書くタネになるかもしれないじゃない? ね?」


 東伊豆にあるダイビング施設。

 オープンウォーターダイバーの認定証を取得するための座学、海水プールでの講習をみっちりと。


 深さ4mのダイビング用プールで……僕は、はまったんだ。


 中性浮力。

 うまくできると、水中で、浮きも沈みもせずに止まっていられる。重力からの解放。

 宇宙飛行士は、無重力状態でのトレーニングをするために、深いプールを使うと聞いたことがある。


 そう、僕が求めていたのは、コレだったんだ!


 勢いでダイビング器材ギア一式まで購入してしまった。ウェットスーツはもちろんフルオーダー。


 僕はもう空を飛ぶ夢を見ない。

 僕の願いは満たされたから。水中での僕は空を飛んでいるんだ。


 そう、鳥のように。

 

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