オレは、作家になりたい

花森遊梨(はなもりゆうり)

9回見るじまいなら、そろそろ方向転換が必要じゃない?

あの夢を見たのは、これで9回目だった


「オレは、作家になりたい」

マク○ナルドの店先にて、天崎類あまさきるい26歳、魂の叫びであった。

「その夢を見るのは、これで9回目だよね」

それを猟銃のごとき言葉で撃ち落としたのは、向かいの席でペンタブに視線を落としている白ベレー帽の少女だった。


彼女は天崎ユミリ。すでにイチから作家になった者の声を、自分と同じ籍というゼロ距離から浴びせられると、高校時代よりはるかに深く胸に突き刺さる。


天崎ユミリは26歳。書籍化作家でイラストレーターで、

「早すぎたクリスマス。黒サンタの最速お仕置き珍道中―アナタには血まみれの内臓がお似合いよ!この豚野郎!―」


…がアニメ化決定して結婚済み。そして外に出るときはいつもペンタブかスマホと睨めっこ、おかげでに流れるような黒髪の美しさや、物憂げで美しい横顔にも気付きづらい。


そしてここまで炎上用の薪が積み上がっているのに全く炎上しない。こうして動物園も同然にマクドナル○の野外席で夫婦揃って素顔を晒していても「お金を貸してくれ」や「転売用のサインを10枚おくれーっ!!」という人が殺到し、機動隊出動という気配はない。


「これが実現したのはさ、私だけの力じゃあないってのがフクザツな気分」


彼女のいう通り、アニメ化というのは高校時代からユミリにとっては夢の一つであり、それが叶えられる時に立ち会えたのは恵まれているとしか言いようがない。


それにしてもお互いの人生と生活は普通に続いている。だからユミリは現在進行形で仕事に精を出しているし、俺の携帯には「オメーの奥さん金もらいすぎ‼︎扶養入れらんねえから」という留守電が入っている。



ー書籍化?つまりお前の暮らしはもう何もかも違うんだろ?パスポートもらったようなもんで、本を出したんだから、何描こうが何やろうがみんな許してくれてにやりたい放題、もちろん儲かるぞ、と


ーそうやって書籍化に関するイメージが雑すぎるから現状に燻ってるんじゃない?

まだアニメ化という目標が私にはあるもの。


24歳の4月

「6年勤めてきた県庁を辞めてきた」

「退職届にハンコつく前に、誰かに相談しろよ」

「そっちこそ婚姻届を家に持って帰る前に相談しなよ」


入籍からしばらく経った7月

「ユミリ先生の今の作品はとりあえず一区切りということで、先生にはぜひまたうちで新しいものを描いていただきたいのです」

ユミリの書籍化作品は終わった。そして、書籍化作家として中途半端に収入があったため、失業保険など受けられず、俺の扶養に入ることすらできない。高卒と公務員の職歴しかない無職となった。この頃から仕事から帰宅したらいつ見ても赤ワイン、休日は朝からテレビを見ながらストロングEVOを飲んでいることが増えた。


9月

「ユミリさん、朝から死んだり恍惚化しそうな暮らしをしてるとこ悪いんですが、新作の締め切りが昨日なんです。あっしらは締切さえ守ってくれればどんな暮らしをしてようがかまへんのですが」


作家とは締め切りさえ守れば、あとはどう生活してもいいのだ。裏を返せば酒を飲もうが毒を飲もうが、締め切りはやってくる。


「類、ダメ。手が震えてキーボードが」

W7ウォーターセブンのココロばーさんかよ」

そして書籍化作家として返り咲くチャンスを前にアルコールの過剰摂取でユミリは執筆不能。


「類、私の作品は読んだことはある?」

「ああ、それは」

「読んでればノータイムで「はい」と言えるよね」


そんなわけで、実は読んだことがなかったユミリの作品を全巻お買い上げ、文体、世界観やキャラの造形、多用する言い回し、それらお可能な限り内面化した作家崩れの俺は、ユミリの自動手記人形ヴァイオレット・エヴァーガーデンになって、連載作品の代筆をしていたのはここだけのお話。


ー私は結婚しました。そう、炊事・洗濯・夫の夜の相手を適当にこなせば、そこから先は踏み込まれない。不自由と悲惨のベールの裏側で、誰よりも自由を謳歌する神秘の存在なのです。


という作者近影の文章は夫の俺が代筆したのさ。妙な気分だったんだぜ。


作家になるという夢がこんなおかしな形で現実化したとは、過去の自分に伝えたら嘘松扱いされてmixiワンの鍵垢で仲間内に晒していたに違いないお話だ


「あの時の類の作風に寄せたのが今のアニメ化作品だよ?それまで私の作品ってずっとアニメ化の最終選考まで残るんだけど、必ず最後に落ちる「ふたつ残ったけど、とりまこっち落とそう」って感じでさ?」

「そりゃ、民放でアニメ化するには、候補になるまでは人気があるとかすごい作品が選ばれるけど、選ばれてからはスポンサー企業を怒らせないような無難さが基準になるしな」

ここに関しては作家崩れの類が本職に引けを取らない唯一のポイントである


「イラスト描き終わったし、会計したらサソリドラッグいこ!赤ワインと一緒に飲むとすごくよく眠れる睡眠導入が昨日切れちゃってさ」


「だから睡眠薬をお酒で飲んだらダメだっての!ユミリさ、別に酔っぱらいたいとか寝たいんじゃなくて、ゆっくり話をしたいなら、俺という相棒がそれでいいってならないの?」


「それに関しては類どころか野球の大谷や将棋の藤井が彼氏になろうがムリだから諦めて」

嫌なやつ‼︎若くして功を立てたやつは自分のことを神様みたいに思いやがる、同じ籍を入れててもたまに聞き捨てならない。

「ただ、翔平も颯太も私に仕事をくれないことに関してはご同類、類だけが仕事をくれたという違いはあるのだけれどね」


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 オレは、作家になりたい 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224

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