ブレイン・インベーダー

水瀬 由良

ブレイン・インベーダー

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 忌々しい。もちろん、悪夢だった。8回目はいつだったのか。最近はうまく防げていたが、侵入を許してしまった。インベーダーどもめ、ゲームのように撃ち殺せたのであれば、どんなに楽だっただろうか。

 星間戦争。地球に知的生命体がいる以上、この広い宇宙において地球外に知的生命体がいる可能性は否定できない。

 問題は友好的であるか、敵対的であるか。高度に発達し、地球にまで来るような文明なのであれば、友好的な可能性もおおいに期待できた。

 しかし、それは夢想に終わる。

 地球外生命体はいた。そして、その生命体は、明らかな敵意を地球の生命体に向けてきたのだ。地球外生命体BI(Brain Invader)である。

 

 ある時、世界中で脳死が増え、犯罪率が高くなった。その前には、同じような悪夢を見るとの相談が増えたとの報告があった。


 当初、その原因をつきとめるため、様々な角度からの検証がなされた。その原因として浮かび上がったのは、ある不可視光線による影響である。光線というのは、便宜上の呼称である。波動と粒子の両方の性質を持っていることが判明し、光とした。光の本質も解明中である人類には光としか呼称できなかったのだ。

 満月の夜になると、顕著にその不可視光線が多くなることが分かり、その直後に脳死と犯罪が多くなることが分かったのだ。

 もっとも、その不可視光線がなぜ多くなるのかが分からなかった。一過性のものとも考えられたが、世界中のどこにおいても満月の夜に脳死と犯罪が増え、それが数ヶ月では終わらないとなると、その考えも正解ではなかった。


 まさか、地球外生命体からの攻撃であるとは誰もが考えなかった。

 それが、地球外生命体からの攻撃であると分かったのは、原因究明のために、月に探査ロケットを飛ばすことに成功したからである。その際に、探査ロケットは月からの明確な物理的攻撃にあったのだ。探査ロケットを飛ばすのは失敗の連続であった。その失敗の原因も今ではBIに邪魔されたものであると判明している。

 少なくとも何らかの外敵が月にいる。


 満月の夜に決まって、不可視光線を発射しているのは奴らではないかと。そして、不可視光線により、脳死が増えていること、犯罪をした者の脳波を調査することによって、その不可視光線は脳に何らかの作用を与えているとの仮説が立てられた。脳への直接攻撃を主とする侵略者、Brain Invaderと名付けられた。


 研究が進み、人類はようやく対抗手段を発見した。

 ただ、それは対抗手段と言えるものであろうか。人類の中に先天的にBIの攻撃に対して、耐性を持ちうるものが見つかったのだ。

 それが俺達、ABI(Anti Brain Invader)である。ABIの発見により、BIの攻撃手段、光線がどのような性質を持つものであるかについては、解明が進み、攻撃が夢となって表れることが判明した。

 俺達はその直接攻撃を防御することができる。一種の超能力と言っていいだろう。もちろん、人類の圧倒的少数派である。その発見までの間に、人類の実に2割が脳に何らか異常をきたす事態となってしまっていた。


 現在、ABIは地球と月との間の衛星軌道上に投入されている。俺達は満月しか見ない。そのように制御されている。俺達で何代目になるかは分からない。ABIは簡単にいえば、人類の盾になっている。こうして、月と地球の間にABIを配置することで、BIの光線を受け止め、地上の人間には影響が出ないようにする。

 その効果は劇的であった。脳死者が激減したのだ。


 そうして、なんとか人類は滅亡までの猶予を得た。

 ABI達の犠牲の中で、地球側は反攻の手段を模索しなければならないことになったのだ。


 このままではジリ貧は明らか。

 それなのにABIたる自分が攻撃を許すなど……

 今日は、仲間が新たに加わると聞いている。それなのに、先輩として格好がつかない。ここ、ステーションは、人類の防衛線であると同時に敵との距離が最も近い最前線なのだ。最前線では弱みなどは見せられないのだ。また、ABIも当然、BIへの反攻手段を探さなければならない。それが生き残る確実な道にもなるからだ。ABIは盾である以上、攻撃を受ける。一番の犠牲者はABIなのだ。


 聞くところによると、新たな犠牲者……仲間ではあるが、そいつはABIではないらしい。そうであるにもかかわらず、そいつは何度攻撃を受けても全く異常はなく、それどころか、嘘か真かBIを撃退したというのだ。

 姿も見えない敵をどうやって撃退したというのか。

 いや、BI自体、姿が見えないのに、攻撃をしてきている。そういうこともあるかもしれない。


 そうした人物に興味がわかないわけがない。俺はこの日を待っていた。そうであるにもかかわらず、攻撃を受けたことにより、気分は最悪だ。

 

 そんな俺とは無関係に、ステーションにロケットが到着し、着任式が開催される。着任式と言っても、単なる挨拶、顔合わせ程度。それ以上のことをしている余裕などにない。即座に任務に戻る必要がある。

「人類の希望、吉高彩音きったかあやね! ただいま、着任しました!」

 実に、明るい。というか、そこの抜けたやつである。

 何回攻撃を受けても平気だって言うのに女か。俺と同じぐらいの年か。しかし、無駄に元気なところが幼く見える。自分で人類の希望って言うかね、本当に……


「ところで、最近、攻撃を受けた人! いませんか? 私につきあってもらいたいんだけど」


 着任式早々、何だって言うんだ。当然、だれも手を挙げない。

「そうだよねー、手を挙げるわけにはいかないよねー、攻撃を受けたこと自体がここでは恥だもんねー。でも、私には誰かわかっちゃうから、指名しちゃうね!」


 そういうと吉高は俺を指名した。

 恥をかかせやがって……


 吉高は、ステーションのラウンジで、一言。こういった

「君が一番、私の到着を楽しみにしてくれていたってことだね」


 楽しみにしていたのは、確かだが……

「どうして、そういう話になる?」

 俺は疑問を口にする。

 BIの話ではないのか?

「BIの話だよ。BIが攻撃しやすい人ってどういう時の人か分かる?」

 分かったら苦労しない。それが分かるだけでも防ぎやすくなる。

「簡単な話でね。チャンスはピンチってことなんだよ。つまり、やつらは機嫌がいい時に襲ってくる」

「なぜ、それが分かった? それにそんなに大事なこと、今まで言わなかったのか」

「単なる経験さ。さすがに攻撃回数が三桁にのって久しければ、攻撃されれば、どんな時に襲われたか?ってのも分かるよ」

「三桁?」

 三桁のあの攻撃を受けて、正気を保っていられるのか?

 精神が破壊されるか、脳が破壊されるか。なるほど、こいつは特例にもなる。

「研究機関にも言ったけどね。検証方法がない。それに最前線以外では伝えることも躊躇ためらわれたんだ。ABI以外にこの話がもれたら、最後、人間は自身で鬱症状になっていくのではないかってね。今回、私がここに上げられたのは、単に盾役というわけではなくて、このことを伝えるためでもあったんだ」

 なるほど、研究機関も簡単には伝えられなかったということか。

「そして、ここからが一番大切なことだ。人類、初めての反攻を私と一緒にしてもらいたい」

 ドキリとした。

 今まで、守るしかなかった人類の反攻。聞いただけで、胸が躍る話だ。しかし……

「できるのか、そんなことが」

「できる。実際に私ができた。でも、これは危険だ。だから、君だけに話した」

「どうして、俺なんだ」

「今、必要なのは、少しでも希望を強く持った人間なんだ。こんな守るしかない戦いでも希望をもった人間がね。でも、ABIはとてつもなく貴重なんだ。もし、全員に話して、私にしかできなかったら……ABIは全滅することになる。それは避けなければならないし、私もそう研究機関に言われてしまった。君にリスクを背負わせることになるけど。

「上の指示……か」

 絶望的な戦いの中で、相手に反攻作戦をしようと言う時にリスクはつきものだ。けれど、それで全てを失うわけにはいかない。慎重にならなければならない。全財産を博打につぎ込むわけにはいかないのだ。

「それに、私もいつどうなってしまうか分からないという話もあってね。私に言わせれば、私を倒したかったら、あの万倍の悪夢を持ってこいって感じだけどね。ただ、研究機関に言わせれば、私は一種のサイコパスなんだそうだ」

 吉高は特異点とも言うべき存在だろう。BIの攻撃にビクともしない。強靱にすぎるが、吉高がどうしてそのような境地に至ったのかは、おいおい知っていけばいい。


「分かった。聞かせてくれ」

 俺はリスクを飲み込んだ。今まで散々煮え湯を飲まされてきたのだ。反撃の一つでもしなくては気が済まない。

 たとえ、俺がダメになったとしても、その経験は必ず生きるはずだ。そのためなら、喜んでこの身を差しだそう。


 ……今夜で10回目となった夢。

 不貞の結果、生まれた子だと父親に殴られ、母親にはもっと早く気づけばとののしられ、誰からも蔑まれている現実だった夢。そして、その悪夢の最後で俺は必ず、母親に殺されるのだ。悪夢の最後は現実ではない。それはBIが作り出した幻。

 しかし、それは、確実にあるかのように繰り返されるのだ。こんなの1度でも味わいたくない。

 だからこそ、俺は母親を殴り飛ばし、蹴り飛ばした。

 吉高は言っていた。

「現在のところ、BIの目的はハッキリしない。地球侵略が目的なのか。それとも脳への攻撃それ自体が目的なのか。私は、こんな回りくどい方法をとるのであれば、後者だと思っている。実際に、探査ロケットは物理的に破壊された。そして、私は彼らをBIというのではなくHE(Hope Eater)と呼ぶべきではないかという仮説を持っている。つまり、脳にある気分がいいとか、そういう要素を食べるという説だ。その過程において、悪夢を見る。つまり、その悪夢を見ている最中に、悪夢を蹴り飛ばせば、もっと言うと悪夢の中心こそがBIであり、そいつを蹴り飛ばせば、やつらを撃退することができる。いい加減、うんざりして、夢の中で蹴っ飛ばしてやったのがきっかけだったが、そんな些細なことでよかったんだよ」

 最悪な夢を受け入れた上で、蹴飛ばし、その先にいたBIを見た。夢への攻撃を夢で返す。脳裏に浮かんだのは、数万という気味の悪い蜘蛛のような姿をしたエイリアンだった。


 翌朝、吉高と話して、撃退に成功したことを伝える。

「よかった。本当は心配で仕方なかったんだよ。私はともかく、普通、夢に干渉できるか分からなかったからね」

 自分のことを普通じゃないというのは、どういうことなのだろうか。吉高はそのことはあまり話さない。特に重要ではないかのように。ならば、そのことについては今は踏み込むべきではないのだろう。

 それよりも、聞くべきことがある。


「俺は、数万という蜘蛛のような物体を見た。あれがBI本体なのか」

「そうか、君も見たのか」

 吉高はそういうと首を振った。

「あれが、本体なのか私にも分からない。けれど、君も感じたはずだ。絶望的なまでの戦力差を。こちらは私を入れてもせいぜい数十人。敵は少なくとも数万で、倒せたのはわずかに1。これで何故、防御できているかも不思議な差だ。ABIの仕組みも分かってはいない。それでも、地道にやっていくしかない。決して、絶望なんてしてくれるなよ」

「ああ、蹴り飛ばした瞬間に分かった」

 BIにとって、絶望とは終了の合図なのだ。そうしたことを感じると脳を終わらせにかかってくる。その結果が、脳死であり、脳死しなかった場合でも理性が焼き切れ、犯罪に走ってしまうことになるのだ。


「しかし、やつらはいい性格してるよな、全く」

「全くだよ。絶望的な戦力差を見せてつけてくるのに、絶望したら終わりだなんてね」

 ただ、俺は今までになく、高揚していた。

 わずかに1、されど1。

 防御するしかなかったが、わずかに反撃できたのだ。これを希望といわずしてなんという。嬉しかった。


「吉高、俺はやるぜ。こんなことがあるんだな。研究機関は慎重にやれって言ってたかもしれないが、ここにいるABIは俺と同じ気持ちになるはずだ。大丈夫。ここからは反攻も可能。それだけで十分戦えるはずだ」


 俺はBIの標的になることも構わずに、そう宣言していた。

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