ずっと続けばいい。
くすのきさくら
2人で1人
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
『なんか――確かに変だね』
『だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ』
「――!」
また駅の改札で去っていく後ろ姿を見ていた。
あの時繋いだ手を離さずにわがまま言えば良かった。
もう同じ夢を何度も見ているのに、いつも離してしまう。離されてしまう。
気が付いた時にはもう目の前の光景が滲んでいる。
目を覚ますと手に伝わって来るぬくもりはある。
そのことに少し安心しつつ少し細くなった腕が寒くないようにそっとベッドの布団の中に入れる。
普通なら寝ている時に少し触れば起きるはずなのに――今は目を覚まさない。
自分は変な姿勢でここ最近寝ているからか身体が重い。
でも今離れたら本当に会えない気がするから。今は自分の事などどうでもいい。
「おはよう」
返事が無くても今日も挨拶から始める。
≠
時が経つのは早いことで、もう一週間以上前のことだ。
高校を卒業すると同時に、地元の保育園から高校までずっと同じだった幼馴染は都会の大学へと進学するため。地元を離れることが決まっていた。
そして卒業式のあと新生活の準備もあるため幼馴染は早々に出発することになっていた。
小さな田舎町のためお隣さんとなればそれはもう一緒に住んでいるかのような生活で昔からずっと一緒に居るような感覚だった。
遊ぶ時も常に一緒。
ご飯だってほとんど毎日どちらかの家で食べていた。
小さい頃は風呂だって寝るときだって一緒だった。
学校に通学するのも一緒。
喧嘩しても必ず顔を合わせるので、気が付けばいつも通り。
隣に居ることが当たり前だった存在と離れることが決まったのは高校3年生の時。
もともと幼馴染には夢があった。
その夢のために大学進学を希望していることも知っていた。
一方で自分は町に残り祖父母が行っている家業を継ぐつもりだった。
本当は父親がのちのと継ぐ予定だったが。数年前腰を痛めてしまったため。今の祖父母の代で家業を閉じることを寂しそうに話していた祖父母をみて自分が継ぐと伝えていた。
なので幼馴染と別々の道を進むことは確定していた。
ちなみに家族はそんな俺の決定に――反対していた。
『若いときは自由にしろ』
『なんで付いていかないの』
『わしはまだ現役じゃ』
『一緒に住めばいいだろ』
家業を継ぐと言ってからまあ毎日毎日考え直せと言われる日々だった。
というか一緒に住めという理由は謎だったが――。
また幼馴染の方も何故か『1人で行くのか?』『首輪でも買いに行く?』などと毎日言われていたようだ。
というかこちらの首輪発言も謎だが――。
とまあ俺と幼馴染。謎な家族に囲まれつつも高校卒業までは今まで通りの関係で過ごした。
そして別れの日――。
≠
「やっぱ。なんか寂しいね」
卒業式後の夕方。
大きなキャリーケースを持ち。駅の改札で生まれてからずっと一緒に居たのではないかと思えるくらい長い時間一緒に居た幼馴染としばしの別れの前に話をしていた。
「別に電車で2時間だろ?」
「そうだけどさー。急に1人ってやっぱ心細くなるよ」
「誰だよ。『自由だ!これからは1人だ!』とか騒いでいたのは」
「いや、まあそれも本音だけど――でもさ。いざその時になると――ってことで、私は忙しいから遊びに来て」
「思った以上に電車代が高くて気軽に帰れないとか言っていたから俺に払わせるつもりか」
「そうだよ!」
「素直だな!って、気が向いたら夏休みくらいに――」
「来週!」
「無理だわ!って、大学の入学式すらまだじゃねーか」
「片付けの自信がない!」
「そんな自信いらねー。って、片付けさせるつもりか!」
「はい。指切りー」
いつものように言い合っている中。幼馴染の小指に自分の小指を絡める。
「拒否だ!って、無駄に小指強ぇー!」
「鍛えてるからね」
「小指を鍛えるな!って――さっきから生暖かい視線あるからこういうのやめろって」
「あー、まああれは――なんだろうね」
幼馴染と共に少し振り返ると、近くの植え込みから見える複数の影。完全に不審者。そして完全に知った顔が見えたような気もする。
「不審者だろ」
「だね。完全に不審者。って、とりあえず来週遊びに来る約――」
「だから金ないから無理!」
「歩いてきたらタダ!」
「何日間歩かせるつもりだ!?」
いつものように馬鹿やってると。ふいに植え込みの方から声が聞こえて来た。
『とりあえず付いていけー』
『既成事実作ればOK』
『その子に余分にお金持たせてるわー』
どうやら今のこちらの光景を何やら勘違いしている様子だ。
「なんか――確かに変だね」
「だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ」
すると幼馴染の方も何やら居心地が悪くなったのか。恥ずかしかったのか。少し照れつ小指を払われてしまう。
「あ、ちょ約束ー」
「そのうちそのうち」
荷物があったので追いかけることが出来ず。また幼馴染の言うように遠くから踏切の音が聞こえて来たこともあり。
結局次の約束はちゃんとできないままの別れとなった。
≠
バタバタした変な別れになってしまったが。
でも、もう会えないわけじゃない。
家についてからメッセージでも送っておけばよい。
もしかすると電話がかかって来るかもしれないが。
とにかくあの場は外野のせいで居心地があまり良くなかったので、これで正解だと思う。
今はとにかく早く家に帰ろう。
――そのうちまた会え……。
次の瞬間。片側から激しい衝撃を受けた。
≠
一報を聞いたのは家に着く直前だった。
『――!今すぐ総合病院に行け!』
急に父親から連絡があって何事かと思えば――しかしその後のことはあまり良く覚えていない。
とにかく余分に持っていたお金ですぐにタクシーを拾い総合病院へと向かった。
総合病院へと着くとすでに病室にはみんなも到着していた。
『今夜が山場――』
ちょうど先生からそんな話が行われているところだった――。
ベッドの上で機械に繋がれた姿を見ていると次第に視線がぼやけてきた。
≠
『なんか――確かに変だね』
『だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ』
あれ?この光景見覚えが――。
≠
『なんか――確かに変だね』
『だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ』
うん?この場面――あ。
≠
『なんか――確かに変だね』
『だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ』
まただ――そうだ。ここで――あっ……。
≠
『なんか――確かに変だね』
『だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ』
またか。確か――って、そう……。
≠
『なんか――確かに変だね』
『だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ』
――待って!
≠
『なんか――確かに変だね』
『だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ』
違う――ここで動いたら――。
≠
『なんか――確かに変だね』
『だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ』
行っちゃだめなんだよ!気が付――。
≠
『なんか――確かに変だね』
『だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ』
なんで変わらないんだよ!
≠
もうすぐだ――。
わかってる。
夢の中――大丈夫――このまま――。
『なんか――確かに変だね』
『だろ。ってことで俺は帰る。もう電車来るだろ』
ここで払いのけられる!
「あ、ちょ――ダメ!!」
繋がっていた小指に力を込めると――抗えた。
いつも見送ることしかできなかったけど。
『ぎゃぁぁぁぁぁああああ。俺の小指ぃぃぃぃ!』
幼馴染の悲鳴と共にまた視線がぼやけて――いやはっきりしていった。
≠
(――どこだ?白い壁。いや天井か)
寝すぎたかのように身体が重い。
視界もぼんやりしている。
身体を動かそうとしても力が入らない。
(なんだこれ?)
身体が不思議な感覚だ。
俺は何をしていた。
そうだ。確かあいつを見送りに行っ――うん?何か手だけ暖かい?
目だけ何とか動かし動かない手の方を何とか見ると――見覚えのある寝顔が見えた。
次の瞬間。
――パキッ
「ぎゃぁぁぁぁぁああああ。俺の小指ぃぃぃぃ!」
何故かはっきりと小指が折られたことを認知したのだった。
あっ、声出た。
≠
「ぎゃぁぁぁぁぁああああ。俺の小指ぃぃぃぃ!」
「ひゃっ!?」
急に近くで悲鳴が聞こえて慌てて目を覚ます。
キョロキョロ周りを見渡すが――ここ最近で見慣れた空間に私はいた。
「――あれ?悲鳴?」
確かあの夢を見たのは、これで――。
と、ここ1週間以上同じような寝起きだった私だが今日は今までと違うことに気が付き――ふと手元を見る。
するといつもは手を握っていたはずだが。今日は何があったのか。彼の小指だけをしっかり握っており――おかしな方向になっていた。
慌てて彼の方を見ると――。
「折れたぁぁ!」
久しぶりに聞く元気な彼の声。
彼の目を見るとまた視線がぼやけてきた。
けれど今日の目覚めは違う。
「はぁ――10日間も寝るとか――おはよう」
「違う!指ぃぃ!ってここどこ!?」
久しぶりに起きている彼に挨拶をする。
挨拶が返って来るのはもう少し後かもしれないけど。
あ、廊下から足音が聞こえてくる。
ちょっと騒ぎすぎたみたいだけど、今はいいかな。
「あっ、そうそう片付け手伝ってね」
「今それどころじゃねぇぇ!」
「大丈夫離さないから」
「折れてる!絶対折れてる!」
この後病室へとやって来た2人の両親があたたかい目で2人を見たのは言うまでもない。
了
ずっと続けばいい。 くすのきさくら @yu24meteora
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