9回目の夢が覚めたとき

藤浪保

本編

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 結果発表の瞬間、心臓が跳ねる。名前が呼ばれない。頭が真っ白になり、視界がぼやける。

 横からわっと喜びの声が上がる。

 願いは簡単に砕けて消えた。

 私はまた、オーディションに落ちた。


 中学2年の頃からアイドルを目指し、数えきれないほどのレッスンを受けてきた。これまでの8回のオーディションは、どれも最終選考までは残るのに、最後の最後で落選していた。

 そして迎えた9回目。今度こそ、と全力を尽くした。でも、結果は変わらなかった。


 駅へ向かう帰り道、スマホの通知が目に入る。

『オーディション結果発表! 合格者はこちら!』

 一般向けの発表記事。それを見ても、何も感じない。心が空っぽだ。


 あと1回。それが最後のチャンス。

 オーディションに10回落ちたら、今いる養成所を退所しなければならない。

 あと1回。たった1回しかない。


「もう……いっか」


 足が止まる。

 ショーウィンドウに映る自分の顔は、どこか他人のようだった。


 自分でもわかっている。いいところまで行くのに最後の最後で落ちてしまうのは、私にアイドルの素質がないからなんだって。


 だから、もう、次は受けない。


 自分で決めた事なのに、つぅっと涙が頬を伝った。


 その時、公園から音楽が聞こえてきた。小さな子供たちが、ぎこちないステップを踏みながら踊っている。見よう見まねのつたないダンス。でも、みんな笑っていた。


 そうだ。私もあんな風に、ただ踊ることが楽しかった。音楽に乗って体を動かすことが、何よりも好きだった。

 ステージに立ちたい、アイドルになりたいと思ったのは、その気持ちの延長だったはずなのに、いつの間にか、「合格すること」だけが目標になってしまっていた。


 私は9回も落ちた。でも、9回も挑戦できた。それだけ、夢に向かって努力していた。

 オーディションは駄目だったけど、歌もダンスも、最初よりもずっと上手くなっている。


 ふっと肩の力が抜けた。


 まっすぐ家に帰り、スマホを取り出す。ずっと投稿するか迷っていた、自作のダンス動画。アイドルにはなれなかった。でも、私は踊ることはやめたくない。


「私は、私のやり方で夢を追いかける」


 投稿ボタンを押した時、涙はもう乾いていた。

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9回目の夢が覚めたとき 藤浪保 @fujinami-tamotsu

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