夢のまた夢
空本 青大
夢に見た君
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
同じ人、同じ場所、同じ展開……
ここ九日間、毎晩決められたように同じ映像が夢に現れる。
起きるとまたかとうんざりした気持ちで朝を迎える。
夢ということもあり記憶がボンヤリしており、ところどころしか覚えていない。
なんにせよ奇妙な体験だ。
神様からの警告か?と答えが出ない答えを考えながら、僕は身支度を済ませ学校へと向かった。
*
学校が終わり家に帰る途中、車通りが多い交差点を通りかかった。
赤信号で待っていたとき、目の前にいた女子高生がフラフラと道路に飛び出そうとしていた。
「危ない!」
とっさに女子高生の腕を掴み、歩道側へ引っ張る。
「えっ?えっ?な、なに?」と驚きの声と困惑の顔を僕に見せる。
「車道に飛び出すところだったよ?」と説明をすると、「あっ……す、すみません……」とバツの悪そうな表情を浮かべる。
……とっさだったから気づかなかったけどこの子の顔には見覚えがあった。
そう、夢の中に出てきた子だ。
それに今彼女を助けたシーンも夢の中で見ていた。
忘れかけていた夢の内容が徐々に脳裏に蘇ってくる。
「助けていただいてありがとうございます……」
深々と頭を下げられ、恐縮しながら礼を受け取りつつ僕は次のシーンを思い出していた。
(確か、キーホルダーがカバンから落ちて……)
その子が頭を下げたとき、スクールバッグから犬のキャラクターキーホルダーが地面へ音を立て落ちた。
(それを僕が拾い上げて……)
「落としたよ?あ!これってわんわんフレンズのチャッピー?」
「は、はい!ご存じなんですか?」
「うん、僕も持ってるよ」
そう言うと僕はカバンにつけてあるキーホルダーをその子に見せつける。
「わっ!レインボーチャッピーだ!すっごいレアな奴じゃないですか!」
「ガチャガチャで1000円以内でゲットしたんだ」
「いいな~私なんて3000円かけてもでないのに~」
(そうだキーホルダーがきっかけでこの後……)
「あ、あの!助けていただいたお礼とわんフレのお話したいんですけど、今お時間大丈夫ですか?」
「え?う、うん大丈夫だよ」
女子のお誘いに少しドギマギしながら僕はお誘いを受ける。
(このあと喫茶店に行って……)
「すぐそこに行きつけの喫茶店があるんです!そこでいいですか?」
「うん、いいよ」
自分たちがいたところから二分歩いたところにある昭和レトロな雰囲気の喫茶店に入り、僕たちは時間を忘れおしゃべりを楽しんだ。
「……あっ!もうこんな時間!すみません、こんな時間までお時間いただいちゃって……」
彼女が腕時計を見たのにつられて僕もスマホで時間を確認すると、17時を過ぎていた。
「いいよいいよ、楽しかったし。あと今更だけど同い年なんだしタメ口でいいよ」
「ありがとうございま……ありがとう!なんかクセで敬語になっちゃうんだよね」
「へぇそうなんだ。じゃあとりあえずお店出よっか」
「あっ!その前に聞いていい?LIMEやってる?」
「え?うん、やってるけど」
「良ければなんだけどフレンドになってくれないかな?」
「ぼくで良ければ喜んで」
「ほんと⁉ありがとう~」
僕たちはお互いのスマホを見せ合いLIMEのQRコードを読みこんだ。
「まだ話し足りなかったから、時々連絡させてもらうね」
「実はこっちもそう思ってたんだ」
「良かった~それじゃあ今日は奢らせてもらうね」
チリンチリン
お店のドアに取り付けられたベルの音を鳴らしながら僕らは外へと出た。
「それじゃあ私家こっちなんで。またねバイバイ!」
「うんまたね、バイバイ」
お互い笑顔で手を振りあい、僕と彼女はその場を後にした。
その帰り道今日の出来事を思い出す。
(あの子を助けて、キーホルダーを拾い、喫茶店で話して、LIMEのフレンドになって……全部夢のまんまだ)
ゾッと背中に悪寒のようなものが走る。
おぼろげながらこのあとの展開も覚えている。
このあとも彼女とは何回も会うことになり、どんどん仲良くなるんだ。
そして最後に僕はその子に……刺される。
夢の中では音声?みたいなものは無く、景色や場面しか見られなかったから僕と彼女の間に何があったかはよくわからない。
でも確かに刺されたとき彼女の顔を見た。
まさかサイコパスな殺人鬼なのか?
だけど僕を刺したその子の顔は怒りと悲しみが混じったような表情をしていた。
僕が何かしでかすのか?
人から刺されるほどのやらかしって相当だぞ?
自分で言うのもなんだけど僕はそこまで迂闊な人間じゃないと思う。
なんにせよ気を付けて接したほうがいいかもしれない。
……ちなみに彼女と会わないという選択肢は無かった。
正直めっちゃ可愛いんだ。
女の子と縁遠い僕にとってはまたとないチャンス。
命と天秤にかけて浮かれてる自分にあきれるが、まぁ気を付ければなんとかなるだろうと根拠のない自信が僕を前向きにさせていた。
そして―
その後はやはり夢で見た通りの展開だった。
毎日連絡を取り合い、たまに会っておしゃべりしたり、遊びに行ったりもした。
二人の距離は日に日に近くなり、僕は夢の結末を忘れこの時間を大いに楽しんだ。
ある日の帰り道、僕たちは人気のない公園でブランコに乗りながら語り合っていった。
「今日も楽しかったなぁ、ふぁ~……」
「なんか最近寝そうだね?」
「あ、ごめんねここのところ欠伸ばっかで……」
「いいよ、それよりなんかあった?」
「実は……」
神妙な面持ちで彼女は語り始めた。
彼女には妹さんがいて、学校には通っておらず家に引きこもっていた。
妹さんは姉である彼女にだけ心を開いており、家にいるときはベッタリなんだとか。
それで毎晩妹さんが眠くなるまで一緒に遊んだり、勉強を見てあげたりしているとか。
「そうなんだ、毎日とか面倒見がいいね」
「妹はなんというかメンタルが不安定で……一緒にいてあげないと壊れちゃうんじゃないかって怖いんだ……」
「僕が最初助けた時ももしかして?」
「うん、あの時も寝不足で頭がボンヤリして気づかず道路出ちゃってたんだ」
「妹さんに頼んで早く寝かせてもらえないのかな?」
「ん~……愚図りそうだけどダメ元で頼んでみようかな」
「うん、きっとわかってくれるよ。それはそうともう暗くなってきたし、送っていくよ」
「ありがと、じゃあ帰ろっか」
夕焼け色に染まった道を二人で並んで歩いて数分、彼女の家に前に着いた。
「いつも送ってくれてありがとね、また遊ぼうねバイバイ」
「うん、またね」
別れのあいさつを交わし、僕は自分の家のほうへと足を向ける。
数歩歩いたところで今のこのロケーションに強烈な既視感を感じた。
(あれ?もしかしてこの感じ……)
例の僕が彼女に刺されたシーンが思い起こされる。
(似ている……刺されたときの場面に)
だけど確かに僕は彼女が家に入っていく姿を見ている。
まさか追いかけてくるのかと思い後ろをチラッと確認するが、彼女どころか人ひとりいない。
そもそも彼女に気に障ることなんてしていない……はず。
もしかして予知夢がはずれた?
だとしたら僥倖だ。
これからは純粋に彼女との時間を楽しめる。
そうウキウキしながら曲がり角を曲がったとき、街灯の下に人の姿を見た。
パーカーの帽子を深くかぶっており顔は見えないが、女性とわかる小柄な体格をしていた。
パーカーのお腹部分のポケットに両手を入れて、こっちを正面から見据えていた。
気味の悪さを感じた僕は小走りに横を駆け抜けようとしたとき、
「ねぇ」
と聞きなれた声で話しかけられ、思わず立ち止まってしまう。
少し後ろにいた僕は振り向くと、声をかけてきたその人は至近距離まで距離を詰めてきた。
「え?あの……」
僕の目の前に立ち止まるその人に戸惑っていると、パーカーに入れていた手が勢いよく出されそして—
ドン
自分の腹部に衝撃が走った。
何かと思い視線を下に移すと、果物ナイフが僕のお腹に垂直に刺さっていた。
制服がジワジワと赤黒く染まっていく。
体から力が抜けていき、後ろにゆっくりと倒れていく。
倒れるさなかその人のパーカーの帽子に手がかかる。
地面に仰向けに倒れこんだ僕は、帽子が外れたその人の顔を見上げた。
そこにいたのは僕の好きな人、彼女だった—
「あんたのせいでお姉ちゃんとの時間が少なくなっちゃったじゃん。ふざけんなよ」
もしかして双子?
薄れる意識の中、彼女の妹さんは僕に馬乗りになる。
「お姉ちゃん最近あんたの話ばっかでさぁ……あたしのお姉ちゃんに手出しやがってよぉ!」
僕の腹に刺さったナイフを引き抜き再び刺し、また抜いては刺しを繰り返した。
「死ね!死ね!」
痛みを感じなくなり、体温が下がっていく。
あぁやっぱり夢の通りになってしまった。
こんなことになるなら夢は夢のままであって欲しかった。
むしろ今が夢なら良いのにな……。
————————
——————
————
チュンチュン
窓の外から朝日とスズメの鳴き声が差し込んでくる。
心臓の激しい動悸とともに布団から飛び起きる。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
しかし本当に夢なのか?
今でも殺された感触が生々しく残っている。
夢の中で夢を見て今は……。
今は……現実なのか?
わからない……わからない……。
僕は布団のなかに潜り込む。
現実なら母が起こしに来るだろう。
そうじゃないなら……。
僕は目を閉じた。
次はいい夢であると信じて―
夢のまた夢 空本 青大 @Soramoto_Aohiro
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