ゆめかうつつかここのかとおか

大黒天半太

あの夢を見た

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 多分9回目で間違いは無いだろう。繰り返す夢に、夢で良かったと胸を撫で下ろしたのは2回目までだった。


 3回目で「またこの夢か」と、既に怒りが湧いていた。

 現実同様に、夢の中でも無力な私は、抵抗すら出来ずに追い回され、殴られ、蹴られ、力尽きてただ見上げるだけの私に、ヤツがナイフで止めを刺すのだ。


 2回目も3回目も為す術もなく、恐怖に呑まれ、ヤツにいいようにされた。

 何がそんなに悔しかったのかはっきりとは憶えていないが、3回目の夢から醒めて一番にしたことのは、その詳細をできるだけ思い出そうと試みたことだ。

 何時のタイミングで、どんな方法でなら、抵抗・逆襲が出来たのか。

 一方的に3回も殺されれば、もう気分はうんざりだやってられない


 ヤツに何を言われているのかは、わからないが、威圧的に声を掛けられ、何事かと振り向きざまに最初の拳が来た。

 腹部ボディに入って、声も出せない。

 痛みに腰が引けたところに、次のフックが下がった顎に来て頭を揺らされ、地面が急接近した。

 腹を、脚を、腕を蹴られ、痛みと眩暈であっと言う間に無力化された私は、首を斬り裂くナイフの刃と出血の感触を最後に、意識を失った。出血が多量だったか、ショック状態だったのかも知れない。


 4回目の夢では「これは夢だ」という認識はあるのに、身体は欠片も思い通りに動かせず、記憶の通りになるのを確認することしか出来なかった。

 唯一の違いは、ヤツの顔をはっきり見て認識出来たことだけだった。

 なぜ夢の中なのに痛い思いをするのか、なぜ同じ展開になるのか、ヤツは何者なのかは全くわからないが、ヤツを敵として明確に認識は出来た。


 5回目の夢では、ヤツを見た瞬間、来るとわかっている腹部への初撃と頭部への第二撃を、大きく動いてかわす。

 そのまま走って逃げることにしたが、追って来たヤツに後ろからタックルをくらい、顔面から前方に着地した。

 そのまま後頭部への鈍い衝撃と痛みを感じて、意識は消失した。


 確かに、夢から醒めれば身体は無傷だったが、夢の中で死ぬ苦痛は変わらない。特に、蹂躙された精神面メンタルは、積み重なり、回復はしない。

 夢を見ただけで、その中での死の苦痛と屈辱を、重い頭痛と疲労感が思い出させる。


 6回目の夢からは、反撃に専念した。最後は殺られてしまうにしても、ただやられて終わるのは、癪に障る。


 ヤツが怒声を浴びせて来るのと同時に、振り向き、ショルダーバッグで初撃の拳ボディを受けた。フラップ留め金具のある前面で受けた瞬間に合わせ、払い除ける。バッグの厚みでダメージを避け、金具で拳を払った際に、ささやかな引っ掻き傷を付ける。

 が、左の拳が来るのを避けられず、6回目も敗北で終わった。


 7回目の夢では、左右の拳はなんとか防いだものの、蹴りが腹部に入って、その後はグダグダで終わった。


 8回目の夢は、バッグで左右の拳と脚を受けた。ストラップ肩掛けを掴んで、バッグ部分を振り回す。もちろん盾代わりにしていたのだから、重い。最初の内は速さもないので、余程の速度でなければダメージは出ない。軽く交わされて、懐に入られ、いいように打ちのめされた。


 そして、あの夢の9回目だ。


 罵声とともに飛んで来る最初の拳ボディを、ショルダーバッグで受ける。

 続く二撃目フックもバッグで受け、そのままバッグをヤツに投げつけた。

 遠心力で加速した振り回したバッグでさえ交わしたのだから、ただ投げただけのバッグが避けられないわけは無い。


 投げた瞬間に、私も動いた。

 バッグはヤツの向こう側へと行ったが、そのストラップを、空中にある内に私は掴んでいた。


 ヤツはバッグを交わしたが、バッグと反対側に動いた私は、そのストラップを握りしめて跳ぶ。


 ストラップを最大限伸ばしても1メートル半、両端がバッグに繋がっているから75センチメートル。だが、ヤツの首に絡みつけるには充分な長さだ。


 右手はストラップを、左手でバッグの方を掴み、交叉させる。ストラップに掛かる行き違うヤツの荷重を、瞬時に背負って、跳ね上げる。


 身体を捩って半回転し、ストラップを更に巻き付け、地面に投げ出されたヤツの身体を強引に背負うと、もう一度投げる。


 首の骨が折れる感触と、ヤツが脱力し抵抗する力が感じられなくなると、念のためもう一度背負って投げる。


「夢と現実を往復しているのか、実際に死んで、生きている時点まで遡って同じ時間を繰り返オーバーアンドオーバーしているのか、自分でもわからなくなって来た」


「ここで私が寝てしまうと本当にどっちかわからなくなるから、もう私は寝ないよ」


 ヤツの屍体しかばねが、ゆらゆらと消え去る。その瞬間、意識はそのまま、身体だけベッドの中に戻る。


「やはり『時間遡行タイムリープ』は、ヤツの能力か……」


 殺された時間遡行能力者タイムリーパーなら、自己防衛のための発動だが、殺すヤツ時間遡行能力者タイムリーパーなら、快楽殺人者が何度も楽しむためだ。


 そして、攻守は交代した。


「目が醒めたら、生き返らタイムリープしなければ良かったと思うまで殺してやるよ。少なくともお前が殺った8回は、な」

 

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