第9話 朝食
愛華をテーブルの椅子に座らせる。
もちろん、お姫様だっこからの着席サポート付き。
ここまできたら俺も立派な執事だ。
「ほら、朝ごはんだぞ。愛華」
そういって愛華の隣の席に腰を下ろす。
テーブルの上には、
もはや芸術作品の域に達している美佐子さん渾身の朝食が並べられていた。
トーストにスクランブルエッグ、
サラダにベーコン、ついでに湯気の立った紅茶のポット。
まるでホテルの朝ビュッフェ。
「お2人とも、料理が冷めない内に、お召し上がりくださいませ」
と、完璧な所作で美佐子さんが言う。
その言葉を最後に、彼女はエプロンを外して口を開いた。
「愛華さま、これから用事がございますので、私はこれで失礼いたします」
「ええ、お疲れ様。また明日、よろしくね」
いつものやり取り。
短く、優雅で、なんか貴族感ある会話だ。
美佐子さんは静かにうなずいて、玄関の方へと向かう。
「では、良い一日を──」
そう言い残して、彼女は屋敷を後にした。
──さて、残された俺と愛華。
料理が乗った皿を手に取る。
というか、正直食べる前から勝ち確の味なのが見ただけでわかるのがすごい。
食事中、愛華は紅茶のカップを片手に、ずっと俺を見つめていた。
……いや、なに? 見てる。
めっちゃ見てくる。
俺の顔にベーコンついてるとかじゃないよな?
その視線に耐えきれず、口を開こうとしたそのとき──
「今日は休みだし、遊園地に行きましょう」
さらっと爆弾発言。
「……遊園地?」
それは休日の健全なデート先ランキングで言えば不動の1位だが、
状況的には断トツでNG案件じゃないか?
だってさ──
「電車で行くにしても、あの黒い服の男が近くにいるかもしれないのに。
危険すぎるだろ」
俺の至極真っ当な意見に対して、愛華はふっと笑った。
「大丈夫。変装していくわ。それに──」
「それに?」
「テレポートの魔法を使えば、あの男に気づかれることなく目的地にいけるはずよ」
いや待て待て、普通に電車賃浮くなとか思っちゃった俺を殴りたい。
だが本気らしい。
愛華は立ち上がると、大広間へと向かい、
そのままタブレット片手に戻ってきた。
「ここに行くわ」
と、タブレットの画面を指差す。
表示された画像は──
え? どこ?
Googleマップでも迷子になるレベルのローカル感。
寂れた観覧車、色あせたジェットコースター、そして誰もいない園内。
「……マイナーすぎるだろ」
思わず言ってしまったが、愛華はにやりと笑う。
「だからこそ、なのよ」
テーブルの上の紅茶の香りが、ふと懐かしさを誘った。
あれは──まだ、俺が小さかったころ。
両親と一緒に、とある遊園地へ行ったことがある。
目がまわるほど回転するティーカップ、
天まで届くんじゃないかと思った観覧車。
どれも色あせているけれど、
不思議とはっきり覚えていた。
俺は、カップを置きながらその記憶をぽつりと口にした。
「そういえば、昔行ったことあるんだ。
あの遊園地に──両親と、一緒に」
すると、愛華の目がぱっと輝く。
「ちょうど良かった!知っているなら、わたしをエスコートすること!
いいわね?」
「おいおい、行ったのはかなり前だぞ。
たぶん、アトラクションも全部変わってると思うんだけど……」
「それはそれで構わないわ」
と、愛華はどこか楽しげに言った。
紅茶のカップを口元に運びながら、意味深に笑う彼女。
「ねぇ、私が一番乗りたいのは、なんだと思う?」
???
まさか……ジェットコースターか?
頼むからやめてくれ。
高いところ、苦手なんだ。
「わからない、なんだ?」
俺がたずねると、愛華は静かに答えた。
「内緒…」
ごちそうさま、と呟きながら席を立った愛華は、
手際よく食器を重ねはじめた。
「片付けなら俺がやるよ」
俺がそう言うと、愛華は
「あら、じゃあ、よろしく」
と言って軽く手を振り、そのまま部屋をあとにした。
食器を流しに運びながら、やれやれと小さくため息。
まさか、令嬢のお目付け役だけじゃなくて、
遊園地の同行まで求められるとは。
まあ、嫌じゃないけど。
皿を洗い終えて洗面所へ向かう。
歯ブラシを口にくわえ、寝ぼけ顔を鏡越しに見ていると──
「わっ!!」
思わず叫んでしまった。
鏡の中、俺の背後に――無言で立っていたのは、他の誰でもない彼女だ。
「その変装……逆に目立たないか?」
俺は思わず口にしていた。
黒いサングラスに真っ赤なリップ、
そして膝上丈の赤いワンピース。
愛華のその姿は、どこかの映画スターかと思うほど堂々としていた。
いや、むしろ堂々としすぎてる。
「うるさいわね。ほら、これでもかけて」
そう言って、愛華は黒縁の伊達メガネを俺に手渡してきた。
しぶしぶメガネをかけると、
鏡越しに少しだけ真面目そうな俺が映る。
違和感はあるが、まあ、変装ってことで仕方がない……。
「準備はいい?」
愛華がそう尋ねる。
俺は軽く息を吸い込み、うなずいた。
そして、彼女が俺の手を取る。
細くて柔らかい指先は少し熱を帯びているように思える。
そのまま二人で玄関へ向かい、靴を履く。
「行くわよ」
愛華が小さく呟くと、ふわりと風が巻いた。
それと同時に、なにかが俺たちの身体を包み――
──
次の瞬間、世界が塗り替えられた。
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