第8話 お姫様

朝。


それは、地球上のすべての人類に等しく訪れる──

が、俺にはまだ平等に感じられたことがない。



というのも、眠いのだ。


当然だ。

昨夜あんな目に遭わされた上に、ろくに休まる間もなく朝がくるなんて。

現代社会、ブラックなのは会社だけじゃないらしい。



スマホを手にとって確認。


時刻は午前七時三十分。



あー、微妙な時間。

もう一回寝るには惜しいし、起きるにはつらい絶妙なライン。

だが、俺には選択の余地などない。



そう、俺は今や──住み込みの執事である。

なぜこうなったのかは、過去の俺に聞くしかない。



顔を洗い、鏡に映る自分を確認。



「うん、まだ死んでない。なら良し」



そう呟いてから、昨日愛華に無理やり着せられた例の“仕事着”、

つまりいかにも執事です!って感じの服に袖を通す。



階段を下りて、屋敷のダイニングへ向かうと、

そこにはいつも通りの美佐子さんがいた。

おいしそうな匂いと、完璧に整えられた朝食がテーブルに並びはじめている。



「美佐子さん、おはようございます」



「おはようございます、山崎様。

……すみませんが、愛華お嬢様を起こしてきてくれませんか?」



「了解です」



俺はそう言って二階へと戻る。



愛華の部屋の前で、扉をノック。



「愛華? 起きてるか?」



反応なし。

無音。

沈黙の扉。

向こう側に生命体の気配はあるのか。



(……まさか、寝たまま魔界にでも召喚されたんじゃ……)



そんなありえない妄想をかき消すように、俺は意を決して、

そっとドアノブに手をかける。

ギイ、と音を立てて扉が開く。



そして──見た。



ベッドの上で、スヤスヤと幸せそうに眠る、

我が主・愛華お嬢様の寝顔を。



まるで、そう──この世のすべての平和を一身に集めたかのような姫。



その姿を見て、俺は思わず見とれてしまった。

あぁ、これが庶民とお嬢様の差か。

夢の中でも優雅なんだな、きっと。



……さて、姫様も結構だが、朝ごはんが冷めてしまう。



「愛華、朝だぞ。美佐子さんの朝食、一緒に食べよう」



そう声をかけながら、肩をゆすってみる。



すると──



「……うるさい、静かにして……」



と、呟いたかと思えば、コテンと寝返りを打って再び夢の世界へ。



うーん、まいった。



選択肢は二つ。

叩き起こすか、待つか。



だが俺は第三の選択肢を選ぶ。

すなわち──


「仕方ないな……」



俺は愛華の身体に手を回し、そのまま軽々と持ち上げる。



いわゆる、お姫様だっこ。



体重が軽いのか、俺が執事仕様に強化されたのかは知らないが、

すんなり抱えられるあたり、これはこれで悪くない。



「さぁて、行きますか。姫様を朝食の席へご案内──と」



まだ夢の中でまどろんでいる愛華を抱え、

俺はダイニングへと向かった。



この家、イベントが多すぎるだろ。マジで。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る